【対談企画】なぜ「組織内会計士」というキャリアを選んだのですか? File.3:大企業で働くダイナミズムとは? 監査法人から大手タイヤメーカーにキャリアチェンジを果たした横井智哉氏の話(前編)


【編集部から】
公認会計士試験に合格した後のキャリア。

真っ先に思いつくのは、監査法人への入所でしょう。そして、その高い専門性からビジネス社会全体に活躍の場は広がり、「組織内会計士」としてキャリアを積む人もいます。

そこで、この対談企画では、ライフプランナーとして多くの会計士の人生設計をサポートしている菊池諒介先生(プルデンシャル生命保険株式会社:写真右)をコーディネータとし、「事業会社で働く会計士のリアルを知りたい」「興味があるけれどよくわからない」という人に向け、資格との親和性やキャリアの多様性などについて語っていただきます。

第3回のゲストは、大手監査法人に就職後、日本が世界に誇るタイヤメーカーに転職した横井智哉先生(株式会社ブリヂストン:写真左)です。

【前編】では、これまでのご経歴や転職時の思いについて、たっぷりお話しいただきました。

法学部から会計の世界へ

菊池 「組織内会計士のキャリア」をテーマに、監査法人や会計事務所とは異なるフィールドで活躍している方とお話しするこの企画、第3回は横井智哉さんが勤めるブリヂストンの本社にお邪魔しました。横井さんは、2009年トーマツの名古屋事務所に就職され、2015年ブリヂストンに転職されています。横井さんが会計士試験に合格した2009年は就職難もあって大変な時代だったと思いますが、そのような情勢のなかで会計士を目指したきっかけは何だったのでしょうか。

横井 実は「なし崩し的に目指した」というのが正直なところです。最初は会計ではなく法律を勉強したいと思っていました。中学時代、学校に大学の法学部の先生が来てくれたことがあって、そのときに教えてもらった民法が面白く、高校卒業後は中央大学法学部に入りました。そこで司法試験に挑戦する友人もたくさんでき、私も「せっかくだし」と思って勉強していたのですが、当時は予備試験もない時代。私にはとても難しく感じてしまい、2年生の秋頃にリタイアしてしまいました。ただ、「今まで勉強してきたものをもう少し活かしたい」と思い、色んな資格を見比べるなかで会計士にたどりつきました。

菊池 会計士のどのような点に魅力を感じたのでしょうか。

横井 父が税理士なので、会計分野にまったくなじみがないわけではなかったのですが、個人的に会計士に一番、キャリアを広げられる可能性を感じました。振り返ると後付けかもしれませんが、監査という独占業務がありながらも、働き方に多様性があるのがいいな、と思ったんですね。実際、税理士や弁護士、医師などと比べると「狩猟民族」というのでしょうか(笑)、好き勝手にキャリアを広げている人が多くて面白いと感じています。

菊池 たしかに会計士は、最初から「こんなキャリアを歩みたい」とか「こんな仕事がしたい」と明確に決めて目指す人は少数派かもしれませんね。「キャリアの選択肢を広げる」といった感覚で目指す人が多いイメージがあります。ちなみに、少し話を戻すと、横井さんは大学では法律を学ばれたわけですが、大学での勉強が会計士試験の役に立ったことはありますか。

横井 まず、周りに司法試験を受ける友人が多かったので、「自分も頑張ろう」とモチベーションが上がる環境があったのはよかったです。私が通っていたキャンパスは東京といっても田舎にあったので、勉学に励みやすかったというのもありますが(笑)。勉強を習慣づけるという意味では、環境に恵まれていたと思います。また、私は論文式試験に2回目で合格したのですが、1回目の受験では監査論で足切りになった一方で、企業法と租税法、それと選択科目の民法は科目免除を獲得することができました。最終的に論文式試験に合格したのは卒業後ですが、法律科目にはかなり助けられましたね。

菊池 法学部の強みを存分に活かされていますね〜! 選択科目が民法というのもかなり珍しいですよね。合格は卒業後とのことですが、就職せずに勉強を続けることに不安はなかったのでしょうか。

横井 不安はありましたが、「科目免除があっても合格できないなら諦めよう」と、自分の中に1つのデッドラインを設けていたので、全力で勉強にあたるだけでした。ただ、やはり不安は大きかったですね。卒業旅行にも無理やり行きましたが、周りが就職や大学院に進学するなかで1人だけニートのような感覚で…(笑)。

菊池 わかります。周りに会計士を目指す人が少ない環境だと、なおさらそうですよね。僕も受験生時代はコンビニの店員さんとしか話さない日もありました。1日に発した会話が「こちら温めますか?」「あっ、はい。」だけみたいな(笑)。ちなみに、もし同じ状況の後輩がいたら、今どのようなアドバイスをすると思いますか。

横井 「自信がないならやめたら?」でしょうか。会計士試験は決して簡単とは言えないハイリスクハイリターンの試験です。私も科目免除がなかったら揺らいでいたと思います。特に多くの方が受験勉強をされるであろう20代は、将来の可能性を広げることのできる貴重な期間ですから、私のような外部の人間に「やめたらどうか」と言われて揺らぐくらいなら、その程度の覚悟なのかもしれません。厳しい言葉にはなってしまいますが、自信が持てないのなら見切りをつけるのも1つの選択肢なのかな、と思います。

菊池 おっしゃるとおり、せっかく挑戦するのなら、「必ず合格できる」と思えるまでやり抜いてほしいですよね。まさに文字通り「自分を信じる」ことができるかを試される試験だと思います。

監査法人で感じたやりがいとジレンマ

菊池 続いて、監査法人時代のお話を聞かせてください。横井さんはご出身が名古屋で、試験合格後にトーマツの名古屋事務所に入所されました。当初から地元で働きたいと考えていたのでしょうか。

横井 「大手監査法人に就職さえできればよかった」というのが実情です。当時は会計士試験合格者が大幅に絞られ、そのなかでも監査法人の採用人数がさらに絞られているような状況です。試験直前なのに、就職説明会を予約するために朝からパソコンの前に待機して申込ボタンを連打する、そんな時代でした。そういう環境下でしたので、「早く内定をもらわないといけない」という焦りのほうが強く、東京と名古屋で就職活動をしたのですが、最初に内定をもらったのが名古屋だったので、そのまま入所を決めました。ただ、名古屋では大手監査法人のなかでトーマツの規模が比較的大きく、当時は地区ごとの採用・人材育成にも力を入れていたので、地方事務所といっても監査に加えてIPOやDDの補助など幅広い仕事を経験できる点は魅力に感じていましたね。

菊池 そこからトーマツで5年半ほど経験を積まれます。スタッフ時代の思い出はありますか。

横井 トーマツの名古屋事務所では、とにかくたくさんのクライアントを回りました。最初の1年で何十社もお客様のところに行くので、色んなクライアントを見れたのは新鮮でした。しかも、名古屋は東京と違って中小企業も多く、様々な企業の雰囲気を知れたのも面白かったですね。

菊池 シニア時代はどうでしたか。

横井 まずは、だんだん仕事が面白くなってきた時期でした。1人で現場に行くことも増えたり、そこに後輩を連れていったり、スタッフ時代とは違うやりがいはあったと思います。一方で、監査という仕事が自分の中でしっくりこなくなった時期でもありました。というのも、求められるところと自分のやりたいところがずれてきていると思ったんです。監査は、健全な証券市場のためになければいけない仕事ですが、果たしてそれが今目の前にいるクライアントの役に立つのかというと、そうではないかもしれないと思うようになりました。IPO支援業務に携わる機会もあり、それについては「目の前のクライアントと共通の目標に向かって動く」という点でやりがいを感じていました。ただ、監査法人の正道というのでしょうか、ストレートな「監査」という部分については、やりがいを見出せなくなったんですね。それがシニアスタッフになって、インチャージを経験したくらいのタイミングです。

菊池 そうだったのですね。たしかに、監査は社会的意義のある素晴らしい仕事だと思いますが、万人にとってやりがいを感じられる仕事か、といわれると難しいところですよね。

横井 私も、監査は会計士のコアスキルとして素晴らしいものだと考えています。実際に今も、監査の経験があるからこそ、他社の資料を見たときにスッと内容を理解することができています。ただ、それを極めて、自分の最大の武器にしようとすると向き不向きがある世界なのかな、とは感じますね。

苦戦続きの転職活動

菊池 ジレンマを感じるシニアスタッフ時代を経て転職に至ったわけですが、その経緯をお聞きしたいです。何がきっかけとなって転職を決意されたのでしょうか。

横井 「事務所のメインストリームから外れた」と自分自身が感じたときに転職を決意しました。事務所が実際にどう捉えていたのかはもちろんわかりませんが、どの監査チームにアサインされるのか、どのクライアントのインチャージを担当するのかで、事務所からの期待役割や今後の可能性が見えてくる印象が当時はありました。名古屋事務所の場合、大手企業のインチャージを経験し、そこから海外駐在を経てステップアップするのが王道のように見受けられたのですが、私はそのルートにいないことがわかり、それなら違う道も見てみようと考えるようになりました。

菊池 なるほど。それをきっかけに、まず最初にどんなアクションを起こされたのでしょうか。

横井 まずは、1年後に辞める計画を立てました。ご存じのとおり、監査法人の業務には季節性があるので、私の転職によって事務所やクライアントになるべく迷惑はかけたくないと思いました。そうなると、転職すべきタイミングは6月末です。そこから逆算し、何をしようか考えていました。しっかりと転職活動もしなければいけなかったので、1年ぐらいの期間は必要でしたね。実際、トーマツの最終出社日が6月29日で、6月30日に名古屋から東京へ移動、そして7月1日がブリヂストンの勤務初日でした(笑)

菊池 何事にも期限を設けることは大切ですよね。たまに「辞めたい」と言いながらも行動しない方もいますが、個人的には「もったいない」と感じています。現職に残るのであれば、しっかり情報収集したうえで前向きに残ったほうがモチベーションもパフォーマンスも上がりますし、辞めるのであれば期限を決め、それまでに得られる最大のメリットをしっかり取りにいったうえで次のステージへ向かうほうがいいと思います。ちなみに、しっかりと転職活動もされたとのことで、そのときのお話も詳しく教えてください。

横井 転職活動では、まさに新卒の学生が行うような活動をしていました。エントリーシートや職務経歴書はもちろん、TOEICや適性試験の対策、面接練習など、学生時代に周りがやっていたことに何年か遅れで取り組んだ感じです。ただ、年内に情報収集を終え、年明けにはエントリーを始めたのですが、書類がまったく通らなくて…。最終的に20社くらいにエントリーしましたが、入口で弾かれたのが15~16社だったように記憶しています。

菊池 引く手あまたなのかと思いきや、それは意外ですね。

横井 おそらく、会計士の監査法人の外での働き方というのでしょうか、ポテンシャルがあまり認知されていなかったのかな、と思います。私も一応、事務所に留まる選択肢を検討しており、「出向のような形で事業会社に行けないか」と上司に相談もしたのですが、当時は名古屋ではそのような事例はほとんどなく、出向するにしても「マネジャーになって、より深い経験を積んでから」という雰囲気もありました。そういった意味でも、若手会計士が監査法人の外で働くというキャリアは、あまり一般的ではなかったのかもしれませんね。

ブリヂストンを選んだ決め手

菊池 そのようななかで、最終的にブリヂストンを選んだ決め手は何だったのでしょうか。

横井 当時、ブリヂストンのほか大手医療機器メーカーにほぼ同時に内定をいただきました。そこでブリヂストンを選んだのは、名古屋で働いていたこともあって、製造業のクライアントとの関わりが多く、特に日本が今なお世界の市場で戦えている自動車業界の仕組みやあり方をもっと知りたいと思ったからです。また、これはどうしようもない理由なのですが、もう1社は医療機器メーカーなので、入社前にかなりしっかりした健康診断があったんですね。当時の私は転職活動と退職準備でボロボロだったので、そこで引っかかるのではないかと思った、というのもあります(笑)。

菊池 メディカルチェックで落とされる可能性も考慮されたのですね(笑)。ちなみに、2社とも日本を代表する企業ですが、大企業中心に転職活動をされた理由も教えていただけますか。

横井 1つは、数字がビジネスにどう使われているのか知りたかった、という理由があります。そのため、制度会計部門ではなく、最初から事業管理や経営管理といった、いわゆる管理会計部門に絞って転職活動をしていました。監査法人時代は、企業の数字をチェックし、経理部とのやりとりで留まる仕事が多かったので、実際その数字がどのように社内の経営意思決定に使われ、世間にどのようなインパクトをもたらすのかを知りたいと思いました。もう1つは、安定感です。というのも、個人的にはIPO企業やベンチャー企業に飛び込む覚悟はまだないと考えていました。そのような企業の場合、自分で1から作っていかなければいけないことも多く、モデルケースを学べるかというと、そうではないのかな、と。それよりは、日本を代表するような大企業が今どう動いているのかを、数字の観点から見てみたいと思いました。

菊池 なるほど。実際に入社してみて、どうでしたか。

横井 今の部署柄、経営層への報告に携わる機会は多いのですが、数字の見方が監査法人と経営層では違いますね。気にするポイントが異なります。

菊池 それってかなり奥の深い話だと思いますが、あえて一言で言うとしたら、どのような違いがあるのでしょうか。

横井 「将来の成長を志しているかどうか」です。監査法人の場合、「今、正しい数字を出しているか」、「今の取引を適切に反映しているか」が基本的な思考軸になると思いますが、経営層は数字を見て、「成長のための会社の課題は何なのか」、「どうすれば解決できるのか」を考えています。数字に基づいて様々なシミュレーションをして検討を重ねています。実際に私も転職後、IFRSの導入や、経営体制の変更、新型コロナウイルスの影響など、様々な状況に直面してきましたが、そのように重要な意思決定の際に数字がどう用いられるのかは、監査法人では知りえなかったのかな、と感じています。

◆モータースポーツ「SUPER GT」の社内応援団に参加した際にもらったブリヂストンの帽子。SUPER GTでは多数のチームがブリヂストンのタイヤを装着している。

後編に続く


【対談者のプロフィール】

◆横井 智哉(よこい・ともや)

株式会社ブリヂストン
グローバル連結業績管理部
ソフトロボティクス事業準備室(兼任)
公認会計士・税理士
日本公認会計士協会組織内会計士協議会 専門委員

2009年公認会計士試験合格。同年12月より有限責任監査法人トーマツ名古屋事務所に入所し、製造業を中心とした上場企業の監査に従事する一方、IPO支援業務やデューデリジェンス業務に携わるなど広く監査関連業務を経験。
2015年7月に株式会社ブリヂストンに入社。国内販売統括会社に出向し事業管理業務全般に約3年間従事。2018年6月より現部署に所属となり、IFRS導入や経営体制の変更、新型コロナウイルス対応など社内外の環境変化に応じた業績管理体制構築に従事。
また、2021年7月より新規事業開発部門に兼任所属となり、財務の観点からの事業化推進を広く担う。

1986年生まれ、愛知県出身。中央大学法学部卒。

◆菊池 諒介(きくち・りょうすけ)

プルデンシャル生命保険株式会社 東京第三支社
コンサルティング・ライフプランナー
公認会計士
1級ファイナンシャルプランニング技能士

2010年公認会計士試験合格。約3年間の会計事務所勤務を経て、「自身の関わる人・企業のお金の不安や問題を解消したい」という想いで2014年、プルデンシャル生命にライフプランナーとして入社。MDRT(下記参照)5年連続入会の他、社内コンテスト入賞や長期継続率特別表彰など、表彰多数。2016年より会計士の社会貢献活動を推進するNPO法人Accountability for Change理事に就任。公認会計士協会の活動として組織内会計士協議会広報専門委員も務める。趣味はフットサル、カクテル作り、カラオケなど。

MDRTとは
1927年に発足したMillion Dollar Round Table(MDRT)は、卓越した生命保険・金融プロフェッショナルの組織です。世界中の生命保険および金融サービスの専門家が所属するグローバルな独立した組織として、500社、70カ国で会員が活躍しています。MDRT会員は、卓越した専門知識、厳格な倫理的行動、優れた顧客サービスを提供しています。また、生命保険および金融サービス事業における最高水準として世界中で認知されています。

個人ページ:https://mylp.prudential.co.jp/lp/page/ryosuke.kikuchi


【バックナンバー】
File.1:新卒でメガベンチャーへ、その後、老舗酒蔵へ転職した川口達也氏の話
前編
後編
File.2:ビッグ4から28歳でIoT×SaaSベンチャーへ、若くしてIPOを成功させた村上航一氏の話
前編
後編


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