【編集部から】
公認会計士試験に合格した後のキャリア。
真っ先に思いつくのは、監査法人への入所でしょう。そして、その高い専門性からビジネス社会全体に活躍の場は広がり、「組織内会計士」としてキャリアを積む人もいます。
そこで、この対談企画では、ライフプランナーとして多くの会計士の人生設計をサポートしている菊池諒介先生(プルデンシャル生命保険株式会社:写真右)をコーディネータとし、「事業会社で働く会計士のリアルを知りたい」「興味があるけれどよくわからない」という人に向け、資格との親和性やキャリアの多様性などについて語っていただきます。
第1回目のゲストは、新卒から「事業会社一筋」の川口達也先生(楯の川酒造株式会社:写真左)です。
【前編】では事業会社での経験についてたっぷりお話いただきました。
DeNA→宿泊予約サイト運営会社→酒蔵へ
菊池 「組織内会計士のキャリア」をテーマに、監査法人や会計事務所とはまた違ったフィールドで活躍している方とお話したいと思います。
第1回目は川口達也さんにお越しいただきました。お互い、組織内会計士協議会広報専門委員を務めているので、顔を合わせる機会がよくありますが、今日はキャリアについて改めて深掘りできたらいいなと思います。
まずは簡単に経歴を教えていただけますか。
川口 2012年に早稲田大学を卒業し、新卒で株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)に入社しました。そこが「事業会社一筋」というキャリアのスタートです。
DeNAでは、事業部の経理からスタートし、単体決算、IFRSの連結決算、原価計算、固定資産などに加えて会計システムの刷新まで、幅広い経験を積むことができました。
そして2017年2月、ホテル・旅館の宿泊予約サイト「Relux」を運営する株式会社Loco Partnersに転職します。ここでは、IPOやM&Aを見据えて、経営管理体制を強化していく目的があったので、クラウド会計を導入するほか、総務や労務まわりの整備、最後は人事部長の役割も担って、いわゆるバックオフィス全般を経験することができました。
そのかたわら、実家が小売酒屋をしている出自から、ビジネスとして「日本酒」に興味を持っており、「美味しいけれど安すぎる」という課題感を「価値」ということに向き合う職業でもある会計士として抱いていました。
そんななか、知人からの縁で、2021年1月に楯の川酒造の佐藤社長とオンラインで話す機会があり、「上場を目指している」とか「ITが好きで業務にも導入している」など、面白い話を聞かせてもらいました。それがきっかけとなり、楯の川酒造で副業を始めたのですが、「会社の成長のためにもっと力を貸してほしい」と声をかけていただき、2021年9月から現職に就いています。
新卒から事業会社を選んだ決め手
菊池 それでは、少しキャリアを遡ってお聞きしたいと思います。一般的には、監査法人で3~5年程度の経験を積んでから上場企業に転職するケースが多いなか、川口さんが新卒で事業会社かつDeNAを選んだ決め手は何ですか。
川口 実家が小売酒屋であり、商売が日常の一部と化し、その面白さを身をもって感じていたので、商売を営む側、つまり「数字を作る側」で公認会計士のスキルを活かしたいと漠然とは考えていました。
公認会計士は高校生のときから目指していて、大学入学後にCPA会計学院の早稲田校にも入学し、いわゆるダブルスクールを始めました。そこで「会計士のキャリアは“掛け算”だ」と聞いたことがきっかけで、「自分なら何を掛け算するべきか」と考えるようになりました。
試験勉強をするなかで、監査は社会的にも意味があることは理解しましたが、自分にとって腹落ちする仕事は、日常の一部と化していた「商売」でした。また、専門学校で勉強するなかで、1年や2年で合格する方を見て、監査法人に入所したらこんな人たちと戦わなければいけないこと、公認会計士資格をみんなが持っているため、キャリアの差別化の要素にならないこともわかっていました。
それなら思い切って「事業会社」に目を向けたほうが面白いと思い、会計士のキャリアに「事業会社」を最初に掛け算することを決め、大学3年次に一般の学生と同じように、新卒の就職活動を始めました。
当時、夏ごろからインターンシップや企業説明会が始まっていたので、12月の短答式試験に向けた勉強と並行して、気分転換もかねて就職活動をしていました。特にIT系やコンサル系の採用活動が早期に始まっており、そのなかで出会ったのがDeNAです。
現・会長の南場智子氏が社長を務め、外資系コンサルティング会社のマッキンゼー出身の女性社長として注目されていました。ただ、私は就職活動とはいえ、気になる企業の有価証券報告書を分析したうえで面接に臨むという、わりと変わったタイプだったので、DeNAもいつもと同じように有価証券報告書を分析することにしました。そうしたところ、当時の営業利益率が40~50%という想定外の事実を目の当たりにし、「なぜこんな利益率が出せるのか」と、DeNAへの興味がますます強まり、「これは入社して中に入らないとわからない」と思い、どちらかというと好奇心の赴くままに選考を進めていきました。
結果的には、2011年2月に内定をいただいたのですが、3月に東日本大震災が発生しました。その結果、就職活動を効率的に続けるのが難しい状況になり、また、論文式試験が8月に控えており勉強に時間を費やしたかったので、「これはもうDeNAに入社せよということだな」と運命を感じて、入社を決めました。
でも、そんな菊池さんも、なかなか思い切ったキャリアですよね(笑)。
菊池 当時はまだ「組織内会計士」という言葉も根付いていなかったと思いますが、そんななかでの選択でしたよね。
私も、会計事務所でキャリアをスタートし、偶然、プルデンシャルのマネージャーに声をかけてもらったのが組織内会計士になるきっかけです。保険業界の話を聞いたとき、「営業力やコミュニケーション能力を武器にする人が多い業界で、そういったスキルを磨きつつも会計・税務の専門知識や会計士のバックグラウンドを武器にするのは面白いかもしれない」と思いました。
そう思うと、会計士試験で勉強したことも、けっこうビジネスに直結するんですよね。
川口 会計士試験はビジネスの基礎知識を満遍なく学べる構成になっていると思います。
DeNAで経理部に配属されたときも、会社法を勉強していたので、たとえば隣の法務部の方とも、「法」に対する共通認識を持って話ができました。会計士試験を通じて堅い文章も読み慣れているので、契約書への抵抗感もそこまでなく、基準や法令などの一次情報に遡る大切さを知っているので、インターネットの情報を鵜呑みにせず仕事をする習慣も役に立ちました。
受験生だった当時は、「この勉強が何の役に立つのか」と思うときもありましたが、今は会計士の勉強をして本当によかったと思います。
キャリアの多様性に気づかせてくれた2社目
菊池 DeNAからLoco Partnersに転職されたわけですが、きっかけを教えてください。
川口 修了考査に合格したとき、自営業の環境で育ったこともあって、もともとあった「手に職を持って生きたい」や「自由になりたい」という願望が強くなりました。大きな方向性としては、DeNAに残るか、転職するか、独立するか、まっさらな状態で考え、自分が想定したキャリアを先に歩んでいる方のヒアリングをして、情報収集するなかでキャリアの方向性の解像度を上げていきました。
一方で、実家に目を向けると、酒類業界がずっと右肩下がりであることが気にかかっていて、「このまま何もせずに実家の酒屋がなくなるのはいやだな」とも思うようになったんです。
そこで、DeNAで学んだ「IT」と自分の日常の一部である「酒」を組み合わせれば何かできるかもしれないと考えはじめ、「副業で家業に時間を割くことを認めてくれる会社」というのが1つの会社選びの軸になりました。
また、せっかく会計士になったのだから、最終的にCFOというキャリアも視野に入れたいと思い、「マネジメント経験ができること」も会社選びの条件になり、さらに、あわよくば「やりたいことの延長線上にあるようなビジネスに関わりたい」と考えるようになりました。
そんな自分の条件に合致したのがLoco Partnersでした。Loco Partnersが運営する「Relux」は全国各地の旅館・ホテルの宿泊予約サイトなので、この業界にいれば、同じく全国各地にある酒蔵とつながれるのではないか、という仮説もありました。
ただ、キャリアを選択したときに「正解」になるわけではなく、最終的に自分で努力して、仕事で成果を出して、その選択を「正解」に変えるしかありません。転職したときは、「絶対にこの選択を正解にする」と腹を決めていましたね。
菊池 おっしゃるとおり、「正解」の道を探すのではなく、選んだ道を「正解」にしていくしかないですよね。客観的に、当時DeNAで経理経験を積んだ川口さんを、転職市場はどう見ていたと思いますか。また、転職先としてのLoco Partnersの魅力についてもお聞きしたいです。
川口 今でもそうですが、ありがたいことに「上場企業の経理部長」「上場準備企業のCFO候補」「IFRSの連結決算担当」などのポジションでオファーが来ることは実際よくありました。つまり、「単体でも連結でも財務諸表が作れる」ということを評価していただいている側面はあるのかなと思っています。
ただ、DeNAで必要だった経理としてのレベルが100とすると、当時のLoco Partnersで必要な経理レベルは40くらいでした。そのため、余った60をどの業務にどう振り分けてキャリアの幅を広げていくかを意識していましたし、実際にLoco Partnersは色々なチャレンジをさせてくれる会社だったので、予想以上にキャリアの幅を広げることができました。
経理のキャリアは1つではなく、それを軸に様々な会社でキャリアアップできるチャンスがあって、もっとダイナミックな仕事もできるのではないか、そう思わせてくれたところに魅力を感じました。
菊池 たしかに、経理の仕事というのは経営の根幹に関わる大事な仕事ですよね。もっとスポットライトが当たってもいいんじゃないかなと思います。
川口 ただ数字を作るだけだと面白みがないですし、クラウド会計が入っていれば単なる入力作業になりがちですからね。
そうではなく、「システムをうまく使いながら数字を作る」というのが求められていると思います。さらには、「数字に対して示唆を出す」のも大切ですね。
数字を作るのも大変なことですが、それよりも、数字が完成したときに、「予算と実績との差はなぜ生まれたのか?」とか「その会計事象は将来発生すると想定していたものなのか?」など、数字や専門知識をもとに話ができるかどうかがポイントだと思います。
後編に続く
【対談者のプロフィール】
◆川口 達也(かわぐち・たつや)
楯の川酒造株式会社 取締役
認定NPO法人3keys 監事
組織内会計士協議会広報専門委員
公認会計士
1988年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)に入社。2012年11月、DeNA入社1年目に公認会計士試験論文式試験に合格。2017年2月よりホテル・旅館の宿泊予約サイト 「Relux」を運営する株式会社Loco Partnersに入社し、バックオフィス全般を管掌。2021年9月、楯の川酒造株式会社 取締役就任。
◆菊池 諒介(きくち・りょうすけ)
プルデンシャル生命保険株式会社 東京第三支社
コンサルティング・ライフプランナー
公認会計士
1級ファイナンシャルプランニング技能士
2010年公認会計士試験合格。約3年間の会計事務所勤務を経て、「自身の関わる人・企業のお金の不安や問題を解消したい」という想いで2014年、プルデンシャル生命にライフプランナーとして入社。MDRT(下記参照)5年連続入会の他、社内コンテスト入賞や長期継続率特別表彰など、表彰多数。2016年より会計士の社会貢献活動を推進するNPO法人Accountability for Change理事に就任。公認会計士協会の活動として組織内会計士協議会広報専門委員も務める。趣味はフットサル、カクテル作り、カラオケなど。
MDRTとは
1927年に発足したMillion Dollar Round Table(MDRT)は、卓越した生命保険・金融プロフェッショナルの組織です。世界中の生命保険および金融サービスの専門家が所属するグローバルな独立した組織として、500社、70カ国で会員が活躍しています。MDRT会員は、卓越した専門知識、厳格な倫理的行動、優れた顧客サービスを提供しています。また、生命保険および金融サービス事業における最高水準として世界中で認知されています。
個人ページ:https://mylp.prudential.co.jp/lp/page/ryosuke.kikuchi
【編集部からお知らせ】
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