つぶ問2-2(財務諸表論)―棚卸資産の評価


【解答例】
① 棚卸資産の評価益や固定資産の帳簿価額の切上げが認められないのは、実現主義に反するためである。仮に実現主義に反して評価益等を計上してしまうと、未だ確定していない利益が計上されてしまい、これを配当した後に販売価格や回収可能価額が下落した際には会社財産を毀損することになる。そこで、取得原価基準により有用な原価は繰り越すが、繰り越された原価を上回ることになる評価益や戻入れは認められない。


② 棚卸資産の評価損の洗替えはいったん費用処理した金額を戻し入れることになるため、原価を繰り越す思考に反すると考えることもできる。しかし、戻し入れることにより正味売却価額の回復という事実を反映させることができ、収益性の低下に着目した簿価切下げの考え方と整合する。それに対し、固定資産の減損損失は、棚卸資産の評価損とは異なり減損の存在が相当程度確実な場合に限って認識することに加え、戻入れによる事務的負担を増大させるおそれがある。このような違いから、処理が異なる。

【解説】
① 帳簿価額の切上げが認められないのは取得原価基準が適用されるためですが、なぜ取得原価基準がとられるのかに踏み込んで説明する必要があります。この説明をするためにポイントになるのが実現主義です。実現主義とは財貨または用役の提供と対価として貨幣性資産を取得した時に収益を認識する考え方です。詳細は本誌9月号の簿記論を参照してください。そして、本誌10月号の財務諸表論で説明したように、実現主義と取得原価主義が表裏一体の関係にあります。

他にも財務会計の概念フレームワークで説明されている事業投資と金融投資という考え方から答えることもできます。事業投資とは、主に企業の事業活動を通じて成果を得ることを目的とするものを指します。つまり、商品ならば仕入から保管、営業、運送、陳列などを通じて販売することで成果としてキャッシュを得られますし、固定資産は販売活動または一般管理活動を通じてキャッシュの獲得に貢献します。これらの資産は、事業活動を通じて何らかの結果が出た時に投資のリスクから解放されたものとして収益を認識すべきと考えられ、保有中の時価の変動は事業活動から生じるものではないため、期待した成果に該当せず収益を認識すべきではないということがいえます。


② 評価損や減損損失の戻入れは、元の帳簿価額までとはいえ、ある意味では簿価の切上げと見ることもできます。よって、取得原価のうち有用な原価を翌期へ繰り越す取得原価基準の考え方と、繰り越すのではなく戻入れてしまう処理は整合しません。しかしながら、新たな収益を計上するのではなく、過去に計上した費用を戻す処理であることからすれば、実現主義や取得原価基準の考え方のもとでも容認する余地があります。そこで、棚卸資産では資産の収益性の回復を会計に反映させることや、短期間で販売することを前提とすれば決算で評価損を計上した後に翌期決算まで保有し続けて戻し入れることは多くないこと(切放し法と結果が大きく変わらない)などを踏まえて洗替え法が認められています。

それに対して、固定資産では本誌で説明したように減損の処理が複雑で、特に将来キャッシュ・フローや使用価値は見積りが難しいものとなります。また、回収可能価額ではなく割引前将来キャッシュ・フローとの比較により減損損失を認識するかどうかの判定を行うことにより、相当程度確実な場合に限り認識を行うことになっているため、戻入れも容易に認める必要がないともいえます。

つぶ問は、2018年9月号~2019年8月号までの連載「独学合格プロジェクト 簿記論・財務諸表論」(中村英敏・中央大学准教授/小阪敬志・日本大学准教授)に連動した問題です。つぶ問の出題に関係するバックナンバーはこちらから購入することができます。

【つぶ問】一覧
つぶ問1-1(財務諸表論)
つぶ問1-2(財務諸表論)
つぶ問1-3(財務諸表論)-概念フレームワーク
つぶ問1-4(財務諸表論)-企業会計原則
つぶ問2-1(財務諸表論)-棚卸資産の評価
つぶ問2-2(財務諸表論)―棚卸資産の評価
つぶ問2-3(財務諸表論)―固定資産の減損
つぶ問2-4(財務諸表論)―棚卸資産
つぶ問3-1(財務諸表論)―リース
つぶ問3-2(財務諸表論)―資産除去債務
つぶ問3-3(財務諸表論)―資産除去債務
つぶ問3-4(財務諸表論)―研究開発費
つぶ問3-4(財務諸表論)―研究開発費
つぶ問4-1(財務諸表論)―有価証券
つぶ問4-2(財務諸表論)―有価証券
つぶ問4-3(財務諸表論)―有価証券
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つぶ問10-2(財務諸表論)―連結、のれん
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つぶ問10-4(財務諸表論)―連結、のれん
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