【編集部から】
公認会計士試験合格後のキャリアとして真っ先に思いつくのは、監査法人への入所でしょう。中には、会計士の高い専門性から、ビジネス社会全体に活躍の場を広げ、「組織内会計士」というキャリアを選択する人も多くいます。
そこで、この対談企画では、ライフプランナーであり公認会計士の菊池諒介先生(プルデンシャル生命保険株式会社:写真左)をコーディネータとし、公認会計士資格と様々なキャリアとの親和性や多様性などについて語っていただきます。
第6回のゲストは、グロービス・キャピタル・パートナーズ株式会社プリンシパル・磯田 将太氏(写真右)です。
<全3編>
①前編:ベンチャーキャピタリストとしての仕事
②中編:ベンチャーCFOになるために目指した会計士資格
③後編:ベンチャー・スタートアップ業界で求められる会計人材
答練ビリから奮起できたのは現役会計士の話を聞いたおかげ!
菊池 前回は、現在のお仕事について伺いましたが、磯田さんはもともとどんなきっかけがあって公認会計士を目指したのでしょう?
磯田 僕が高校3年生の時に、リブセンスの村上太一さんが25歳という史上最年少で東証一部(当時)に上場したというニュースがありました。
村上さんは同じ高校の卒業生ということもあり、ニュースやドキュメンタリーなども興味を持って見ていたと同時に、「起業家」という働き方を知ったきっかけでもあります。
社会の仕組みを良い方向に変えながら、かつお金も稼げる仕事が存在するのだと思い、起業家に憧れるようになり、他にもDeNAの南場智子さんやサイバーエージェントの藤田晋さんの本やブログを読むようになったのですが、創業当時のエピソードを知れば知るほど、「偉大な起業家はとんでもないハードシングスを数々乗り越えていて、メンタリティ・バイタリティが外れ値だな」、「僕は起業家タイプではないな」と感じました。
ただ、先天的なタイプの違いで起業家にはなれないけど、「努力すれば起業家の右腕にはなれるかもしれない」と思い、公認会計士を目指すようになりました。
菊池 なるほど、起業家への憧れが原点にあったのですね。公認会計士試験の受験に対してはどんな印象をお持ちでしたでしょうか。
磯田 受験への不安はものすごくありました。高校時代、飛び抜けて優秀な成績だったわけでもないので、もしかしたら試験勉強期間が長引き大学卒業後も勉強しているかもしれないと思いながら始めました。
といいつつ、大学生活も少しは両立したいので、野球サークルに入ったり、焼肉屋でアルバイトもしたりしていました。僕が専門学校のチューターだったら、受講生に「辞めたほうがいい」とアドバイスするような、会計士受験生ではありえない状態でした。
そんな生活だったので、一度、2年目の時に答練で最下位の成績をとったことがあり、さすがに「もう在学中には受からないな」と思いました。
菊池 優秀なイメージしかなかったのですごく意外です。ただ、そこから大学3年生で在学中合格されたということですが、どのように挽回されたのでしょうか。
磯田 答練でビリをとったことで、そこからバイトも月1回に減らし、サークル活動にもほぼ行かず、1日14時間くらい家にこもって勉強していました。圧倒的な量をこなした結果、3ヵ月程で成績上位層まで挽回できました。
菊池 メンタル的にもハードだったと思いますが、ターニングポイントはありましたか。
磯田 答練でビリをとって「これは無理かもしれない」と思ったら、さすがに「受験、諦めようかな」と一瞬思うわけです。
先の見えないストレスで突発性難聴になるほどで、少しメンタルが安定しない時期もあったのですが、そんな時に偶然、CPA会計学院の国見先生が、現役会計士向けのキャリアセミナーをするという情報をTwitter(現X)で見て、「学生でも参加できますか?」とDMを送りました。
そのセミナーではビズリーチ(現Visinal)の南さんのお話を聞いたのですが、「公認会計士の仕事ってこんなに広がりがあるんだ。もしかしたら受験勉強にもう2〜3年かかるかもしれないけど、目指すに足るものだな」ともう一度エンジンが入ったと同時に、改めて起業家と働きたいという想いを強めました。
菊池 学生の時からすごい行動力ですね。繋がりがなくても会ってみたいと思う会計士の先輩に「話を聞かせてください!」と連絡してみることは、すごく大事なことだと思います。もし行き詰まっている受験生がいれば、ちょっと行動してみるといいかもしれませんね。
磯田 学生時代という刺激の多い時期で周りは遊んでいるし、インスタ見たら超楽しそうで、そんな中で答練の成績が戻ってきて、「点数が悪くても受かるのかな」とか、そんな不安は受験生みんなが抱えていますから。
逆に、自分の勉強時間を投稿したり、励まし合ったりする文化もあるので、SNSを自分のポジティブなエネルギーに変換できれば良いと思います。ネガティブな方向に進むと時間も無駄にしてしまうので気をつけないといけませんね。
監査法人に入る前に描いていたキャリアプラン
菊池 合格後、大手監査法人に入社されましたが、当時、自分のキャリアをどのように考えられていたのでしょうか。
磯田 「将来はベンチャーCFOになりたい」と思っていたので、会計士試験が終わると同時に、専門学校の講師や監査法人の先輩にお願いして、現役のベンチャーCFOや上場会社のCFOの方々を何人かご紹介いただきました。
さまざまなアドバイスを頂いた中でも共通していたのが、「若いのだから、アカウンティングもファイナンスもどちらも経験してからでも、ベンチャーの世界に飛び込める」ということでした。
なので、監査法人で3年程度、投資銀行で3~5年程度経験を積んで、20代のうちにベンチャーに転職できればいいなというイメージで監査法人に入りました。
菊池 監査の仕事はどうでしたか?
磯田 僕は結構楽しかったです。ベンチャーCFOへの道はしっかり考えていましたが、それと同時に、監査法人の就活では「こういう大人になりたい」と思える魅力的なパートナーにもたくさん出会えたので、自分が監査法人の中で上を目指す道も考えるようになりました。
なので、自分に選択肢がある状態で3年後を迎えるためにも、監査の仕事ときちんと向き合おうと思い、就活でも少し強気で、「このクライアントの、この現場の、この人のもとで働きたいので、ここにアサインしてください」と希望を伝えて、法人選びをしました。
菊池 そういう主張ができるのも、磯田さんが早いうちからいろいろな人に会いに行って、話をより具体的に聞くことで、キャリアに対する解像度を上げたからこそですよね。当然、失礼にならないような相手への配慮は大事ですが、自分の主張は言葉にしないと伝わらないですから。
磯田 今は、たとえばCPA会計学院の国見先生が先輩会計士たちに横断的に話を聞ける場として、CPASSというコミュニティを作っていたり、他にもさまざまな会計士コミュニティが増えたりしましたが、僕の就活当時はまだ多くなかったので、個別にお願いするしかありませんでした。
だから今、そういうイベントが増えているのは羨ましいことですし、自分も公認会計士という資格によってキャリアを拓くことができたので、同じ資格を目指す人たちの支援がしたいと思っています。
菊池 会計士向けのキャリアイベント、近年本当に充実していますよね。ただ、それゆえに、就活当時の磯田さんのように、一対一で時間を取ってもらう機会は減っているのかもしれません。
これについてあえて踏み込んだ意見をいうと、キャリアイベントでたくさんお話はできますが、どうしても一般論になりがちなので情報の密度は変わります。
なので講演を聞いて全て分かった気になるのではなく「もう少し詳しく聞きたいので、近々オフィスにお伺いしてもいいですか」というお願いまで頑張ってできると、個別の悩みも相談しやすくなります。
一対一で話すことで「素敵な先輩がわざわざ自分のためだけに時間を取ってくれたのだから何としてでも自分の糧にしよう」「期待に応えよう」とポジティブな気持ちが湧いてくることも多いと思います。またご自身が置かれている個別の状況に応じてより具体的なアドバイスがもらえることも大きなメリットですね。
ベンチャーCFOではない道もあった
菊池 では、グロービス・キャピタル・パートナーズへ転職を決めるまでのプロセスを、う少し詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか。
磯田 ベンチャーCFOを目指すためにアカウンティングとファイナンスの両方の経験を積みたいということで、最初は投資銀行への転職を考えていました。
結果的に行かなかった理由の1つとして、そもそも可能性がなかったからです。というのも、当時、外資系の投資銀行への転職は、業界未経験の場合、英語力が相当高くないと基本的には採用しないという方針だったのでエージェントに紹介してもらえませんでした。
そこで、レイターステージのスタートアップ企業を探すことにしました。
菊池 投資銀行への転職はやはりハードルが高いのですね。レイターステージの企業を探すことにしたのはどのような狙いがあったのでしょう。
磯田 実はちょっと打算的な考えもあって、レイターステージのスタートアップ企業CFOにはゴールドマン・サックスなどの出身者もいて、当時外資系の投資銀行に伝手がなかったので彼らと知り合うことで古巣を紹介してくれないかとか思ったりもしてました。ただ話を聞いて行く中で、プロファームでファイナンスにアドバイザーとして関わるのではなく、スタートアップ側で実務を通じて試行錯誤した方が力がつくのではないかと思うようになり、関心を強めました。実際にオファーを頂いた会社もありましたが、結果的には転職しませんでした。
25歳という若さと公認会計士という資格があるような、最もキャリアのリスクを取れるタイミングなので、もっと人が選ばない道を選びたいと思ったからです。そのため、より早いステージのスタートアップ、とりわけ創業初期の会社と何社かお会いしました。
ただ、なかなか決めきれず、公認会計士の先輩に相談したところ、「VCなら1社のベンチャーに絞らずに一緒に働けるのではないか」とアドバイスをもらい、それまではCFOの選択肢しか考えていなかったのですが、別の道があると気がついて、ベンチャーキャピタル、グロービス・キャピタル・パートナーズにたどり着きました。
菊池 僕も25歳で会計士から生命保険のライフプランナーへの転身という振れ幅の大きいキャリアチェンジだったので、キャリアにおけるリスクの取り方にも共感するところがあります。20代だからこそ取れるリスクというのはありますからね。
磯田 キャリアの掛け算として、1つ目に会計監査を経験した時、2つ目を一番遠いところに作れるのは、おそらく20代のタイミングだろうと思ったのです。僕の場合、会計士×VCという掛け算の人なんて、市場に10人もいないでしょうし、「もし今独立してもいくらでも食っていける」とすでにこのタイミングで思えているのは、皆が選ばない選択肢を取ったことのメリットだと思っています。
(後編へつづく)
【対談者のプロフィール】
◆磯田 将太(いそだ・しょうた)
◆菊池 諒介(きくち・りょうすけ)
MDRTとは
1927年に発足したMillion Dollar Round Table(MDRT)は、卓越した生命保険・金融プロフェッショナルの組織です。世界中の生命保険および金融サービスの専門家が所属するグローバルな独立した組織として、500社、70カ国で会員が活躍しています。MDRT会員は、卓越した専門知識、厳格な倫理的行動、優れた顧客サービスを提供しています。また、生命保険および金融サービス事業における最高水準として世界中で認知されています。
個人ページ:https://mylp.prudential.co.jp/lp/page/ryosuke.kikuchi
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