ライフプランナー/会計士・菊池諒介、組織内会計士の素顔に迫る File.3:大企業で働くダイナミズムとは? 監査法人から大手タイヤメーカーにキャリアチェンジを果たした横井智哉氏の話(後編)


【編集部から】
公認会計士試験に合格した後のキャリア。

真っ先に思いつくのは、監査法人への入所でしょう。そして、その高い専門性からビジネス社会全体に活躍の場は広がり、「組織内会計士」としてキャリアを積む人もいます。

そこで、この対談企画では、ライフプランナーとして多くの会計士の人生設計をサポートしている菊池諒介先生(プルデンシャル生命保険株式会社:写真左)をコーディネータとし、「事業会社で働く会計士のリアルを知りたい」「興味があるけれどよくわからない」という人に向け、資格との親和性やキャリアの多様性などについて語っていただきます。

第3回のゲストは、大手監査法人に就職後、日本が世界に誇るタイヤメーカーに転職した横井智哉先生(株式会社ブリヂストン:写真右)です。

【後編】では、ブリヂストンでの仕事内容から大企業で働く魅力まで、たっぷりお話しいただきました。

【前編】はこちらから。

1から10までビジネスの現場を知ることができた3年間

菊池 後編では最初に、ブリヂストンに転職されてからの仕事内容を具体的にお聞きしたいです。入社当時は、どのようなお仕事をされていたのでしょうか。

横井 最初の3年は、ブリヂストンタイヤジャパン(現:ブリヂストンタイヤソリューションジャパン)という国内の販売統括会社に出向していました。今の所属部門よりもっと現場に近い子会社で、販売シェアや流通チャネルなど、財務部門とはまた違う物差しでビジネスを考える人たちがたくさんいます。そういった販売の現場で、予算管理や業績予想、社内カンパニーの評価など、事業管理業務全般を担当しました。タイヤ業界の細かい話になってしまうのですが、ブリヂストンには「新車につけるタイヤ」と「市販用のタイヤ」という2つの商流があります。新車につけるタイヤは、まさに他のサプライヤーと同じで、自動車メーカーに「部品」としてタイヤを納めます。一方で市販用のタイヤは、タイヤ販売店やカーディーラーに「完成品」としてタイヤを卸します。ブリヂストンタイヤジャパンは後者だったので、事業としてブリヂストンで完結させられるのは面白かったですね。ある程度のオーナーシップを持って、マーケティングや事業管理ができることにやりがいを感じました。監査法人から環境はガラリと変わりましたが、1から10までビジネスの現場を知るというのは、まさに転職してやりたかったことなので、いい経験ができたと思っています。

菊池 ある程度の裁量をもって、ビジネスの前線にいることができたのは貴重な経験ですね。ちなみに、転職してみて監査法人の経験がどのように活きていると感じていますか。

横井 引き出しの数は監査法人にいたからこそ増やせたように思っています。先ほど述べたように、名古屋事務所で色んなクライアントを回ったので、「あの会社はこんなことをやっていたな」とか「この会社はこうだったな」とか、引き出しの数は多くなりましたね。一般に日本の大企業では、何か重要事項を検討する際に「他の会社はこうしている」はキラーワードだったりします(笑)。また、監査法人では、経理部長など一定以上のポジションの方にヒアリングする機会も多いと思いますが、そういった人たちへのヒアリングスキルが高まったのも監査法人のおかげです。様々なディスカッションの機会において、臆することなく、ある程度声を出すことができるようになりましたね。

菊池 たしかに、どのような人と働くのかをイメージしたうえで転職できるというのは大きいですよね。

横井 そうですね。私の場合は監査法人時代に、たとえば内部統制に関するヒアリングなどを通じてトライアンドエラーした機会が多かったので、それが本当に役に立っていると感じます。「何を仕事にするか」も大事ですが、「誰と仕事するか」も同じくらい大事で、そういう意味では相手にも気持ちよく仕事してもらえるようにしたいですよね。菊池さんもお仕事柄、信頼関係の構築はかなり意識されているのではないですか。

菊池 おっしゃるとおりです。僕も日々実感していますが、保険営業の現場でも、「何を言っているのか」だけではなく、「誰が言っているのか」こそが大事なことだと思っています。「信頼できるあなたがそう言うのなら」と感じてもらえるように、専門性だけでなく人間性もしっかり磨いていきたいです。信頼関係のない状態でどれだけ良い提案をしても、良い結果に繋がらないことが多いですからね。

大企業だから経験できること

菊池 続いて、大企業ならではの魅力やメリットを教えてください。ブリヂストンに7年ほどいらっしゃって、大企業だからこそ経験できていると感じることはありますか。

横井 当社は2020年度に69年ぶりの最終赤字に転落し、2021年度にV字回復、現在も「稼ぐ力の再構築」に向けて中期事業計画を推進している最中なのですが、私はある種その現場にいます。なので、私たちが分析して経営層に報告したトピックスが新聞の記事になることもあり、そのダイナミズムにはしびれますね。特に、ここ数年は事業ポートフォリオの再編を進めており、そういった大きなビジネスの意思決定の機会に多少なりとも関われるのは、大企業にいるからだと思います。「ビジネスの中心にいる」という感覚があるのは楽しいですね。
菊池 スケールの大きさはやはり大企業の魅力ですよね。ちなみに大企業の場合、プロパー社員が出世に強い印象がありますが、「若いうちに転職したほうがいい」など、そういった雰囲気はありますか。

横井 少なくとも当社には、そういった風潮はありませんが、個人的には若いうちに転職することを推奨します。というのも、会社の文化や雰囲気、人間関係を知ることで、仕事がスムーズになる局面もあるからです。年齢を経るにつれて、自分のやり方や価値観が固定され、身動きがとれなくなることもあるので、若いうちに柔軟性をもってカルチャーを知れるのなら、そのほうがいいのかな、とは思いますね。

菊池 どれほど優秀な方でも、カルチャーフィットしなかったり、人間関係で躓いたりすることは珍しい話ではないですよね。たしかにそういう意味では、若いうちからトライアンドエラーを繰り返しながら組織にフィットしていくほうが堅実かもしれません。

「未来」と「過去」の両方を見据えた福利厚生

菊池 次に、気になる方も多いのではと思いますが、福利厚生についてもお聞きしたいです。大企業の場合、福利厚生がとても充実している印象がありますが、横井さんはどのように感じていますか。

横井 そうですね。ここ数年でいえば、当社は従来型の福利厚生を少しずつ見直し、新たな制度体制を構築しつつあります「人材投資」という言葉がありますが、当社は今、福利厚生「費」や教育訓練「費」のようなコストとしてではなく、人材投資として将来の成長のためにどうお金を使うかを考えている過渡期にあります。一般的な流れとしては大企業が先陣をきっていくのが日本なので、「人」に対する投資は、今後も間違いなく拡充されていくと思います。現に私も、高額の研修費用を出してもらうこともあるので、ありがたいと感じています。

菊池 横井さんは副業もされていると伺いましたが、そのあたりもお聞きしてよろしいですか。

横井 副業については、特にアナウンスがあって許可されているわけではないのですが、何十年も前から副業をされている方は多数いらっしゃいます。実は、これはブリヂストン創業の地が福岡県久留米市という地方であることも関係しているようなんです。当時、工場で働いている方々のなかには兼業農家もいて、農作業の繁忙期にはそちらを優先していたこともあったそうです。昔からカルチャーとして副業は許容されていたんですね。現在も、本業に支障がない範囲であれば、基本的に本人の裁量に委ねられていますよ。

菊池 それは面白い話ですね! 最先端を走っている大企業でありながら、創業時からのカルチャーが残っているのは素晴らしいと思います。

仕事と家事育児を両立

菊池 続いて、ワークライフバランスについてもお聞きしたいです。横井さんは奥様も会計士で、事業会社で働かれています。夫婦ともに組織内会計士として活躍されているので、多忙な日々だと思いますが、普段から家事育児で意識されていることはありますか。

横井 妻とは別の事業会社で働いていますが、業務内容も繁忙期も異なるため、明確な家事や育児の分担を決めるというよりは、お互いの繁忙感を考慮して柔軟に対応しあうように努めています。ただ、自戒の念を込めて話すと、自分がやっていることはほんのわずかなんだろうな、と考えるようにしています。というのも、家事育児にもルーティンとそうでないものがあると思うのですが、ルーティンでない頭を使うような家事育児はなかなかキャッチアップできず、妻にリードしてもうことが多いように感じています。たとえば保育園の送迎などは積極的にできても、保育園にどのような手続きを出さなければいけないのかなどは理解が及ばず反省することが多かったです。なので、驕り高ぶらずに、今は足で稼ぐことを意識しています。実際に期待役割を果たすことができているかはわかりませんが(笑)。

菊池 しっかり両立されていて素晴らしいですね。ちなみに、奥様とは監査法人時代の同期とお聞きしております。かなり突っ込んだ質問ですが、せっかくの機会なので、出会いから結婚までの経緯を聞かせていただけますか。会計士になってからの恋愛・結婚事情は気になっている若手や受験生も多いと思いますので(笑)。

横井 このような場で答えるのも恥ずかしいお話ですが……(笑)、トーマツの名古屋事務所に同期で入所し、同期の集まりなどでたまに飲みに行ったりするなかで付き合うことになりました。当時は周りに付き合っていることは黙っていましたが、名古屋は東京と違って狭いので、目撃されたこともあったようですが(笑)。互いに転職活動もすることになったので結婚までは少し時間がかかりましたが、無事に2人とも転職して諸々落ち着いたタイミングで結婚しました。

菊池 そうだったのですね〜。横井ご夫妻とは6年ほど前からのお付き合いですが、はじめて馴れ初めをお聞きしたので、なんだか幸せな気持ちになりました(笑)。今は勉強に集中している受験生も、監査法人に入ったら素敵な出会いが待っているかもしれない、そう思って頑張ってほしいですね。

大企業に向いている組織内会計士とは

菊池 これからも若手会計士が大企業の経理や財務のポジションへ向かう流れは一定数あると思いますが、どのようなタイプの方が向いているのか、どのような経験が得られるのか、横井さんとしてはどう思われますか。

横井 大企業に向いている人でいえば、「調整力」のある人だと思います。コンサルティングファームやスタートアップでゴリゴリ働く人よりはディフェンシブな人がいいのかなと。どちらが良いか悪いかの話ではないのですが、やはり組織が大きかったり長い歴史を持っていたりすると調整事が多くなります。それは、単にこれから成長を目指すだけではなく、過去のレガシーも踏まえて、会社として社会価値・顧客価値をどう創出するか、その意思決定が経営戦略に適合したものであるかを考えなければいけないからです。そうなると、自分の考えを貫くよりは「最適解」を出すことが重要になってきます。そのため、自分の意見を持ちながらも、迅速に現実的な落としどころを見つけ出すことができる、そういった人のほうが向いているように思います。そういう「最適解」を生み出す「調整力」はとても普遍的なスキルだと思いますし、大企業で得ることのできる非常に貴重な経験だと感じています。

そのほか得られるものとしては、まず箔がつくということでしょうか。やはり説得力が変わってくると思うんですね。たとえば、今後別の働き方をするとして、同じ提案をクライアントにしたときも、「ブリヂストンで経験を積んできた」という地に足の着いた経験や実績が説得力に繋がるように思います。そういった無形資産ができるのは1つの魅力だと思います。

加えて、大企業には真面目で優秀な人が多いです。もちろん、規模にかぎらず優秀な人はいますが、少なくともブリヂストンは、仕事に対して真摯に、そしてロジカルに取り組む方が多く、尊敬できる方がたくさんいらっしゃいます。監査法人に比べると多様なバックグラウンドの方が多いかもしれません。そういった人たちと仕事をするとハッと気づかされることも多いですね。

菊池 大企業もたくさんありますが、どのような観点で大企業を選ぶとよいでしょうか。たとえば自らが興味の持てる業界がよいのか、それとも会計士としての専門的な業務経験を積むことを重視したほうがよいのか。正解のない話ですが、横井さんのお考えを教えてください。

横井 1番は興味のある業界ですね。たとえば、私も転職活動時は応募先の財務状況を見たりもしたのですが、それにプラスして会社が対外的に発信している資料にも目を通していました。最近だと「統合報告書」などが流行りかもしれませんが、そういった対外開示資料を最後までワクワクして読めるかがポイントだと思います。このワクワク感というのは、企業の理念に共感できる、単純にプロダクトに魅力を感じるなど、人それぞれで違うと思いますが、「対外開示資料を通じて興味をはかる」というのは企業選びの際に1つのフィルターになる気がしますね。

菊池 たしかに、企業の発信するものにワクワクを感じられるかどうかは、どのキャリアを選ぶにしても大事ですよね。そのワクワク感が頑張る原動力になると思います。僕の知人でも、充実したキャリアを歩んでいる方は戦略的にキャリアを考えつつも、自らの「感情がどう動くか」を大切にしている方が多い印象です。そういう意味では、転職活動をするしないに関係なく、「今、自分の仕事にワクワクを感じられているか」を常に考え続けることは大切だと思います。

横井 そうですね。外の世界をなるべく知ることが大切だと思います。受験生も、もちろん受験に集中するのが第一ですが、将来どのような仕事をしたいのか、アンテナをしっかり張ってほしいです。好きな言葉で「セレンディピティ」というものがありまして、「ふとした偶然をきっかけに幸運をつかみ取る」という意味です。何がどう自分自身の将来に繋がっていくのかわからない世の中ですので、「幸運をつかみ取る力」を養うべく私もいろいろな可能性に種を巻くように意識しています。

「公認会計士」という資格があるから行動できる

菊池 最後に読者へのメッセージをお願いします。

横井 数字は英語などの比ではないくらい世界に共通するツールです。数字さえあれば、その国の言葉はわからなくても、その国の財務諸表は読むことができます。そういった数字の専門家である会計士は、この不確実な世の中でとても強い資格だと思います。私ももし会計士になっていなかったら、キャリア選択のなかで躊躇する局面もあったはずです。しかし、トップクラスに強い資格があることで安心感がありました。若い皆さんは、本当にやりたいことはまだ見つかっていないかもしれませんが、会計士資格はいずれそれが見つかったときに行動できる“お守り”になってくれます。私も、特に30代に入ってから、会計士資格が多様な働き方・チャレンジングな働き方を支えてくれていると感じています。なので、会計士の皆さまにはぜひ自信を持ってキャリアを築いてほしいと思いますし、受験生の皆さまも、それだけ魅力的な資格であることは保証しますので勉強に邁進してください!

菊池 おっしゃるとおりですね。会計士はキャリア選択の自由度が非常に高いがゆえに、受験勉強中だったり合格して数年くらいだと、なかなか自分の将来像がはっきりしない方も多いと思いますが、会計士資格の強みやありがたさは、キャリアを重ねるにつれてますます感じられるようになります。激動の現代においても間違いなく魅力ある資格であり続けると思うので、今はきついことがあったとしても安心して頑張ってください!


【対談者のプロフィール】

◆横井 智哉(よこい・ともや)

株式会社ブリヂストン
グローバル連結業績管理部
ソフトロボティクス事業準備室(兼任)
公認会計士・税理士
日本公認会計士協会組織内会計士協議会 専門委員

2009年公認会計士試験合格。同年12月より有限責任監査法人トーマツ名古屋事務所に入所し、製造業を中心とした上場企業の監査に従事する一方、IPO支援業務やデューデリジェンス業務に携わるなど広く監査関連業務を経験。
2015年7月に株式会社ブリヂストンに入社。国内販売統括会社に出向し事業管理業務全般に約3年間従事。2018年6月より現部署に所属となり、IFRS導入や経営体制の変更、新型コロナウイルス対応など社内外の環境変化に応じた業績管理体制構築に従事。
また、2021年7月より新規事業開発部門に兼任所属となり、財務の観点からの事業化推進を広く担う。

1986年生まれ、愛知県出身。中央大学法学部卒。

◆菊池 諒介(きくち・りょうすけ)

プルデンシャル生命保険株式会社 東京第三支社
コンサルティング・ライフプランナー
公認会計士
1級ファイナンシャルプランニング技能士

2010年公認会計士試験合格。約3年間の会計事務所勤務を経て、「自身の関わる人・企業のお金の不安や問題を解消したい」という想いで2014年、プルデンシャル生命にライフプランナーとして入社。MDRT(下記参照)5年連続入会の他、社内コンテスト入賞や長期継続率特別表彰など、表彰多数。2016年より会計士の社会貢献活動を推進するNPO法人Accountability for Change理事に就任。公認会計士協会の活動として組織内会計士協議会広報専門委員も務める。趣味はフットサル、カクテル作り、カラオケなど。

MDRTとは
1927年に発足したMillion Dollar Round Table(MDRT)は、卓越した生命保険・金融プロフェッショナルの組織です。世界中の生命保険および金融サービスの専門家が所属するグローバルな独立した組織として、500社、70カ国で会員が活躍しています。MDRT会員は、卓越した専門知識、厳格な倫理的行動、優れた顧客サービスを提供しています。また、生命保険および金融サービス事業における最高水準として世界中で認知されています。

個人ページ:https://mylp.prudential.co.jp/lp/page/ryosuke.kikuchi

【バックナンバー】
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 File1:税理士法人ブラザシップ代表・松原 潤氏  (全3回)
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