【解答例】
① 減損会計における将来キャッシュ・フローは、減損損失を認識するかどうかの判定および使用価値の算定に用いる。そのため、市場参加者の一般的な利用等ではなく、当該企業がその資産から回収できる金額、あるいは、当該企業にとって資産又は資産グループがどれだけの経済的価値を有しているかを表す必要がある。したがって、その見積りにあたっては、企業に固有の事情を反映した合理的で説明可能な仮定及び予測を用いる。
② 回収可能価額は、その資産または資産グループの使用価値と正味売却価額のいずれか高い方を用いる。その理由として、合理的な企業においては、その資産等の継続使用と売却の意思決定を行うにあたり、より高い現在価値となる方を選択すると考えられるからである。
【解説】
固定資産の減損会計で用いる回収可能価額と将来キャッシュ・フローの意味を理解しているか問う出題です。
①について
将来キャッシュ・フローの割引現在価値は、時価(合理的に算定された価額)となる場合と、本問のように使用価値の算定など時価以外のものを算定するために用いる場合があります。財務諸表論において時価とは公正な評価額のことであり、市場での取引価格(市場価格)、もしくは市場で取引したら成立するであろう価格(合理的に算定された価額)を指します。
例えば、店舗用の建物について、近隣の貸店舗の賃料相場に合わせて他の人に貸す場合は毎年100の純収入となるが、自社が売れ行きのよい商品を扱っており自社店舗として使用すれば毎年120の純収入があるとします。毎年120の純収入が得られるのは売れ行きのよい商品を扱っているという自社固有の能力(競争優位)によるものであり、誰でも毎年120得られるというわけではありません。
そこで、この店舗用建物を売買したら成立するであろう価格=時価の算定にあたっては一般的な市場参加者を想定して毎年100の純収入を割引計算して算定します。その一方で、使用価値の算定にあたっては自社が使用した場合に得られる毎年120の純収入を割引計算することになります(本来は割引率に何を用いるかも重要ですが、ここでは省きます)。時価と使用価値はいずれも現在の価値を表すものですが、誰にとっての価値であるのか(市場参加者と自分の企業)というところで違いがあるわけです。
②について
財務諸表論では、利益を控えめ(損失を大きめ)にすべきとする保守主義の考え方があります(2018年9月号94ページ)。この保守主義の考え方からすれば、一見すると減損損失の金額が大きくなるよう使用価値と正味売却価額のいずれか低い方を採用した方がよいようにも思えます。
しかし、何でもかんでも利益を控えめにすればよいというものではなく、減損会計は収益性の低下を会計に反映させることが目的であるため、企業がどれだけ回収できるのかを表すような測定額を用いるべきです。そのため、解答例のとおり合理的な企業ならば使用と売却で高い方の行動を選択するはずであることから、いずれか高い方を回収可能価額とします。
ここからは余談(試験には出ません)ですが、あくまで使用価値と正味売却価額を比較して合理的な企業ならば高い方の行動をとるはずという考え方でどちらか高い方となっているのであり、正味売却価額の方が高いからといって実際に企業が売却するとは限りません。例えば、事業を売却することによる企業の評判の低下、社員のモチベーションの低下、技術継承できないことによる将来の競争力の低下などが生じるならば、現実の企業経営として売却しない方がよいという判断もあり得ます。売却に手間と時間がかかるため、使用し続けるということもあるでしょう。このような場合でも回収可能価額は正味売却価額を使用し、使用価値との差額は減損処理後の減価償却費に含めて費用化されることになります。
つぶ問は、2018年9月号~2019年8月号までの連載「独学合格プロジェクト 簿記論・財務諸表論」(中村英敏・中央大学准教授/小阪敬志・日本大学准教授)に連動した問題です。つぶ問の出題に関係するバックナンバーはこちらから購入することができます。
【つぶ問】一覧
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つぶ問1-2(財務諸表論)
つぶ問1-3(財務諸表論)-概念フレームワーク
つぶ問1-4(財務諸表論)-企業会計原則
つぶ問2-1(財務諸表論)-棚卸資産の評価
つぶ問2-2(財務諸表論)―棚卸資産の評価
つぶ問2-3(財務諸表論)―固定資産の減損
つぶ問2-4(財務諸表論)―棚卸資産
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つぶ問3-2(財務諸表論)―資産除去債務
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