わたしの独立開業日誌 #司法書士 石本憲史
- 2026/9/10
- 独立開業日誌

学生上がりからそのまま司法書士に
はじめまして、大阪の北浜で司法書士をしております石本憲史(いしもと・けんじ)と申します。
司法書士の資格に興味をお持ちの方や、すでに司法書士の資格はもっているけれど、独立への踏ん切りがなかなかつかずに躊躇している方に向けて、この記事は書きました。
この記事が、合格後の景色を知りたい受験生にも、独立に踏み切れずにいる方にも、なにか届けば幸いです。
まずは、簡単に自己紹介をさせていただきます。
平成元年に高知県高知市で生まれました。
高知で高校まで進学し、大学進学を機に、上京しました。大学進学にあたっての学部選択については、「なんとなく就職に強そうだから」「なんとなく法律に携わって仕事がしたいから」という理由で、法学部を選択しました。
進学した大学は、法曹の輩出実績がとてもよい大学だったので、なんとなく法曹を目指そうかなとも思ったのですが、「入学当時は法科大学院制度が始まったばかりで、法科大学院まで進学してその学費を準備するのは難しく感じたこと」「必須である論文試験に強い苦手意識があったこと」などから、残りの資格試験を調べたところ司法書士に出会いました。
その時には、「一番難しい資格をとれば食いっぱぐれることはないだろう」というぐらいの軽い感覚でした。
大学2年生の夏に試験勉強を始め、サークル活動を楽しむ友人達を横目にアルバイトをしながら大学生活を過ごしました。
自分なりに頑張って勉強したつもりで受験した大学四年生の試験では、午前も午後も基準点に届かずの惨敗。
その時に、初めて目指した資格の壁の高さを感じました。
そこからは、卒業旅行などを楽しむ友人達を横目に、ダブルスクールをしている大学近くの予備校とバイト先を行き来する一年間を過ごしました。
司法書士試験では、試験の3ヶ月前を直前期といって、追い込み時期になるのですが、その期間も朝4時におきてアルバイト先のファミレスで6時~9時のオープン作業をしてから、予備校にいって、そのまま22時まで勉強する、という生活をしていました。
その苦労もあってか?無事大学を卒業した年の7月の試験に合格することができました。
ちなみに、私は全体での総合合格点の1点上の合格であり、合格発表日当日は何の期待もしていない状態で、合格発表のページを開いたのを覚えています。

「やらなかった後悔だけは、したくなかった」都内から離島の司法書士事務所に転職
大学卒業と同時に司法書士試験に合格した私は、都内の司法書士法人に就職し、不動産取引や相続に関する業務を中心に経験を積みました。
ただ、勤務して数年が経ったころから、「いずれは地元の高知に帰りたい。でも、独立する勇気はない」と、悶々とした日々を過ごすようになりました。
そんなある日、Twitterで、とある先生のリツイートをきっかけに、離島の司法書士事務所が勤務司法書士を募集しているページを見つけました。
そのページを見た瞬間、「これだ!!!」と感じたことを、今でもはっきり覚えています。
気がつけば、その日のうちにHPから問い合わせをしていました。
当時はまだ一般的ではなかったテレビ電話での面接を経て、無事に内定をいただきました。
両親に相談すれば反対されることはわかっていたので、報告したのは、すべてが確定したあと。
完全な事後報告でした。
周囲からも「なんでいきなり離島?」「縁もゆかりもないところなんて絶対しんどいよ?」と言われたものです。
それでも飛び込めたのは、「やらなかった後悔は、やった結果失敗して生じる後悔よりも、深く心に残る」と思っていたからです。
仮に失敗したとしても、挑戦した結果の失敗であれば、きっと受け入れられる。そう考えていました。
結果として、この選択は大正解でした。
勤務先は、代表司法書士1名とパートさん3名ほどの小さな事務所でしたので、ボスの背中から多くのことを学ぶことができました。
条文の引き方や文章作法といった細かなことから、お客様とどのように関係を構築してお仕事をいただくか、そもそもどのようなスタンスで仕事と向き合うのかといった大きなことまで。
離島での約5年間は、間違いなく、いまの私の土台になっています。
一方で、正直にお話しすると、離島での勤務の終盤、私は心と身体のバランスを少し崩しかけていました。
目の前の仕事に、無我夢中で向き合い続けていた反動も、あったのだと思います。
「このまま勤務司法書士として走り続けるのか、それとも、自分の足で立ってみるのか」。
気づけば、そんな問いが頭から離れなくなっていました。
そうして令和2年10月、私は新しい風を求めて、妻の実家である大阪へ移ることにしました。

地縁やコネがないと独立できない?
前述のとおり、私は司法書士合格後は、大都市から俗に言う司法過疎地まで様々な土地で過ごしてきました。
しかし、最終的に、独立開業をしたのは、全く、地縁もコネもない大阪でした。
大阪に来た時点で、司法書士登録した時点から10年ほど経過しており、また、当時年齢が30歳前後だったこともあり、このタイミングで独立しないと、一生独立しないだろうな、と思っての独立でした。
SNSでの縁で、先輩の司法書士事務所に間借りするような形で開業しました。
固定費を削減しつつ、わずかばかりではありますが、業務委託費を頂戴できるという幸運はありましたが、取引先はおろか、友人すらいないという状況でした。
そこで、私はとにかく「友人を作る」ということからはじめました。
「大阪」「士業」で検索してでてきた先生方に、片っ端からDMをしました。
当時はコロナ禍で大きな士業交流会などは、開催されていませんでしたが、1対1のアポイントであれば、抵抗なく受け入れてもらえることが多かったです。
もちろん複数人向けの同じ内容のテンプレートの文章などを送っても、相手の心に届くはずがありません。
お相手のプロフィールや日ごろのツイート内容を隅々まで拝読してから、DMをお送りしたのを覚えています。
当時、喉から手が出るほど案件が欲しかったのは事実ではあるのですが、それを表にだしては交友関係も広がらない。
ひいては、仕事関係にも繋がらない。
そう考えました。
なお、私のこのスタンスは今日に至るまでまったく変わっておらず「仕事が欲しい」ということは決して言わないようにしています。
また、独立開業時にどのぐらい資金を貯めていたのか?と気になる方もいらっしゃるかと思いますが、私は前述のような流れだったので、ほとんど開業資金らしいものは貯めていませんでした。
あるとすれば、前の事務所で掛けていただいていた中小企業退職金共済のわずかな戻り程度。
今考えると、もっと、しっかり開業前に資金計画を立てて、独立準備をしておけばよかったのにと思うところはあります。
独立すると失敗は許されない?
独立を躊躇う理由として、よく耳にするのが「失敗したらどうしよう」という不安です。正直にいえば、私も独立前は、同じ不安をずっと抱えていました。
そんな私の背中を押してくれたのは、離島での勤務経験でした。
縁もゆかりもない離島で司法書士として頑張れたのだから、大阪でもなんとかなるだろう。
そんな根拠のない自信が、独立への一歩を支えてくれたのです。
もちろん、独立後も辛いことや苦しいことはありました。
それでも、それ以上に「自分でやりたいことを、自分のやりたいようにできる」という幸せのほうがずっと大きく、日々楽しくお仕事をさせていただいています。
独立したら失敗は許されない、のではなく、小さな失敗を重ねながら軌道修正していけるのが独立なのだと、いまは感じています。
なんのために独立するのか?
独立して特に大事だと思うのは、自分はなんのために独立するのか?という点だと思います。
世の中の人々の価値観はそれぞれだと思っています。
たくさんお金を稼ぎたい人もいるかもしれない。
専門知識を極めていって最強のプロフェッショナルになりたい人もいるかもしれない。
私にとって、一番大事なのは「自由」なことです。
1人事務所にこだわっていることにも理由があります。
成功も失敗も自分次第。
組織ではできない自由なことが1人ではできる。
特に私は、職場内でのバランスなどを気にしてしまうタイプなので、ひとりでいることに気楽さを感じます。
また、傍からみて成功するように見える組織を急拡大している先生が、有資格者や補助者さんなどのマネジメントの負荷が高くなって思うように仕事に取り組めなくなっているという話も聞いたりします。
特に、これから先は、AIの発展もあり何がどうなっていくのかわからない時代です。
そうなった時に「1人であるという身軽さ」「高い可変性」は必ず、武器になってくると思います。
仮に、私が雇用されていたとしたら、コロコロ使うツールが変わったり、事務所の活動方針がかわったりすると、かなりのストレスを感じると思いますので(笑)。
司法書士という資格に感謝しながらも、新しい裾野を広げていくために、未知の世界へも軽やかに踏み出していく。
そんな軽やかさがあってもいいと思っています。
経験した人間にしかわからないこと
恥を忍んでいいますと、私は独立してから俗に言われる「やってはいけない」と言われる失敗はだいたいやってきている自信があります。
一例をあげますと、創業当時にあまりお金を掛けなくても良いロゴや名刺、権利証などにオリジナリティを出そうとしてお金をかけまくったことなどです。
他にもいくらでも失敗エピソードはあるのですが、あまりにもひどすぎてとてもここでは書けません・・・(笑)(気になる方は、ぜひ私のところへ聞きにきてください。オフレコであればいくらでもお話しします)。
でも、いま私はここで司法書士をしています。
その「失敗」全てを含めて、いまの自分があると思っています。
自分の至らなさも未熟さも全部ひっくるめていまの自分を構成しています。
仮に、独立しなければこれらの痛みを感じることもなかったでしょう。
そう考えると、もしかすると自分は独立に向いていなかったのかもしれません。
ただ、「経験していない人間はなにも語ることができない」というのが私の信条です。
どんなに苦しくたって恥ずかしくたってみじめだって「経験した人間にしかわからないこと」がある。それっぽい情報が溢れているこの時代。
なにもやらずに知ったふうなことを話すような「ダサい大人」にはなりたくないと思っています。
ただ、お勤め先や勤務先の兼ね合いもあって、なかなか自由には動けない人もいるかと思います。
独立開業したら、そこも含めて自由に動くことができます(もちろん自由には責任を伴いますが)。
いくら言葉を並べ立てたって、ひとは「経験していないものを本当に肌感を持って語る」ことはできません。
そして、AI時代に人がすることのできるのは「熱量をもった言葉」を「肌感のある言葉」を発する・届けることなのではないでしょうか。
そうするためには、絶えずなにか新しい物事に挑戦する姿勢がとても大切なように思います。

自分の「ワクワク」を大事にしてほしい
独立に不安があるのは、当然です。
地縁がない。コネがない。資金も十分ではない。失敗したらどうしよう。自分に本当にやっていけるのか。
わたしも、同じように不安を抱えていました。
それでも、振り返ってみると、私のキャリアの転機には、いつも「ワクワク」がありました。
高知から出てきて八王子の街並みに胸が躍ったこと。
離島の求人ページを見て「これだ!!!」と思ったこと。
大阪で独立を決めたとき、不安の奥に確かにあった期待感。
もし、みなさんの中にも、どこかにワクワクする気持ちがあるのなら、その感覚を簡単に無視しないでほしいと思います。
条件面の検討はもちろん大切です。
資金計画も、営業導線も、生活の見通しも必要です。
でも、それと同じくらい、「自分はどんな生き方に心が動くのか」を大事にしてほしい。
この記事が、独立を迷っている方にとって、自分自身の選択を考えるきっかけになれば、とても幸せです。
みなさんが、後悔のない選択をされることを願っています。

【プロフィール】
石本憲史(いしもと・けんじ)
いしもと司法書士事務所 代表。
1989年 高知県高知市生まれ。私立高知学芸中学校、高等学校卒業。中央大学法学部法律学科卒業。大学卒業と同時に司法書士資格を取得。
都内の司法書士法人に就職し約4年間勤務。主に、不動産取引・相続に関する業務の経験を積む。
その後、司法過疎地と呼ばれる奄美群島にある離島の司法書士事務所に約5年間勤務。登記業務のみならず、総合的な経験を積む。
2021年1月大阪にて独立開業。独立後はスタートアップ支援を中心とした商業登記特化型の司法書士事務所を営む。 宅地建物取引士、行政書士、経営心理士の資格も保有している。
また、「司法書士業務におけるAIの利活用」に強い興味・関心を持ち、本業に加えて、AI導入セッションサービス・AI顧問などの事業を展開しながらその可能性を模索している。
コーポレートサイト:https://www.ishimoto-legal.com/
ブログページ:https://blog.ishimoto-legal.com/
X(旧Twitter):@ishimoto_legal









