大野修平(公認会計士・税理士)
【編集部より】
ますます注目が増すスタートアップ企業。資金調達、マーケティング、人材採用など、ビジネスモデルを説明するさまざまな場面で、「伝わるピッチデックを作れるかどうか」がカギとなります。とはいえ、そもそもピッチデックとは何か? 事業計画書とはどう違うのか? ぼんやりしたイメージのままでは、よい資料には仕上がりません。
そこで本連載では、公認会計士として多くのスタートアップ企業をサポートし、ピッチデックの作り方についてもセミナーを行う大野修平先生(公認会計士・税理士)にその作成ノウハウを教えて頂きます。
<本連載バックナンバー>
第1回:「そもそもピッチデックとは?」
第2回:「オーバービューの主要な構成要素」
第3回:「環境セクション」
第4回:「ペインとターゲット」
スタートアップが資金調達のためのピッチデックを作成する際のガイドである本連載も早くも5回目です。
今回は「解決策と提供価値」です。
前回の記事では「ペインとターゲット」のセクションについて説明しましたが、「解決策と提供価値」セクションは、ビジネスが提供する製品やサービスが、ターゲットのペインをどのように解決するか、そしてそれによってどんな価値が生み出されるかを説明するセクションです。
このセクションはピッチデックでも最も重要なセクションであり、その目的は、スタートアップのビジネスが提供する具体的な解決策とそのユニークな価値提案を明確に伝えることです。
提供価値とは
提供価値はターゲットのペインを解決するものであるだけでなく、自社の強みを活かすことができて、競合他社が追随しにくいものでなければなりません。
そして、経営資源に乏しいスタートアップにとって、多方面に手を出すのではなく、解決すべきペインを絞り、そこに経営資源を集中させるべきです。つまり提供価値の決定は、何を捨てるかの決定でもあるわけです。
過剰な品質、過剰な品揃え、市場全体への対応を目指すのではなく、低価格、利便性や効率性、デザイン、ステータス、コスト削減、リスク低減など、ターゲットが求める本当の価値にフォーカスします。
そして忘れてはならないのは、提供価値の多くはビジョンやミッションと強く関係しているということです。
スタートアップがなぜそのペインを解決し、価値を提供しようとしているのかを、ビジョンやミッションと結びつけて説明することで、聞き手の納得感が高まります。
提供価値を研ぎ澄ますためのフレームワーク
ブルーオーシャン戦略で有名なキムとモボルニュは、価値要素にメリハリをつけ、提供する価値を研ぎ澄ませる方法として、ERRCグリッドというフレームワークを提唱しています。
ERRCグリッドはEliminate(取り除く)、Reduce(減らす)、Raise(増やす)、Create(付加する)の頭文字を取ったもので、それぞれ以下のように価値要素を操作します。
- Eliminate(取り除く)
市場にとって重要でないものや、慣例的だが本質的でないものを取り除き、コスト削減をしたり、提供価値の再定義を行います。
例えば、従来のファッション業界では、店舗での試着や接客が常識とされていたところ、オンラインのみで販売を行うビジネスモデルを採用し、店舗運営コストや中間マージンを削減することで、消費者に対して低価格で高品質の商品を提供することが可能となる可能性があります。 - Reduse(減らす)
顧客が価値を見出していない要素を業界標準よりも低いレベルにすることで、過剰なコストや複雑さを削減します。
例えば、食品業界において高級感を追求するために使用される過剰なパッケージデザインを削減し、シンプルでエコフレンドリーな包装に変更することで、コストダウンを実現し価格競争力が強化されるだけでなく、環境保全に興味のある顧客へ自社のビジョンを訴求できる可能性があります。 - Raise(増やす)
業界標準以上のレベルにすることで、顧客価値を高めます。
例えば、教育業界において他社よりも質の高い講師陣やパーソナライズされたカリキュラムを提供することで、学習成果を向上させることができ、他の企業と差別化と高い顧客満足度を実現できる可能性があります。 - Create(付加する)
業界が今まで提供してこなかった新しい要素を加えることで新しい市場が生まれ、競争から離れた独自の価値を提供することができます。
例えば、金融業界において、従来の銀行が提供していなかったユーザー側の手数料を無料にした即時国際送金サービスを創出することができれば、国際的な取引が多いユーザーにとって大きな価値となり、迅速に市場シェアを拡大することが可能となるでしょう。
ERRCグリッドを利用することで、スタートアップは既存市場での競争を避け、独自の価値提案を通じてブルー・オーシャンを開拓します。
これにより、限られたリソースで最大の効果を引き出し、市場での成功を実現することが可能となるのです。
解決策と提供価値の主な要素
提供価値が定まったら、それをピッチデックに反映していきます。
「解決策と提供価値」セクションの主要な要素には以下のようなものが挙げられます。
- 製品/サービスの説明
製品やサービスの具体的な機能や特徴を説明します。 - ユニークな価値提案 (UVP Unique Value Proposition)
他社の製品やサービスと比較して、ビジネスが提供する独自の価値や利点を説明します。 - 解決策の効果
製品やサービスがどのように顧客の問題を解決し、その結果どのようなメリットが生まれるかを説明します。
製品やサービスがどのようにして顧客の問題を解決するかを具体的に説明するだけでなく、それが聞き手にとって驚きを持ってもらえるように工夫します。
解決策と提供価値セクション作成のヒント
聞き手に驚きを与えるための方法を、いくつか提示しますので、作成のためのヒントにしてみてください。
- ビジュアルの活用
製品の写真、サービスの流れを示す図表、利用シナリオのイラストなどを使用して、視覚的に理解を促すとともに、インパクトを与えます。 - ベネフィットを強調
機能だけではなく、顧客にとっての利益や価値に焦点を当てることも重要です。
前セクションで提示したペインをどのように解決するのか、意外性のある解決方法を提示します。 - 顧客の声の活用
実際の顧客からのフィードバックや推薦の声を引用することで、解決策の有効性を担保します。 - 競合との比較
他社製品との比較を通じて、独自の価値提案を達成できていることを強調します。 - スケーラビリティ
その解決策が特定の能力、資質、資源に依存せず、拡張可能であることを示します。
そして何より、具体的にターゲットがペインを解決している状況をストーリーのように伝えましょう。動画やイラスト、写真だけでなく、実際のデモを行うのも良いですし、プロトタイプがあれば持参して見てもらえば、聞き手はユーザーの利用場面を想像しやすく、サービスをより正しく理解してくれるでしょう。
「解決策と提供価値」のセクションは、ピッチで最も重要なセクションです。
間違っても機能を無味乾燥に箇条書きして終わらないようにしましょう。
まとめ
いかがでしたか? 今回はピッチデックにおいて最も重要なセクションである「解決策と提供価値」セクションについてお話しました。
優れたスタートアップは例外なく解決策と提供価値に独自性があります。その独自性をどのように探索すればよいかについて、「ERRCグリッド」をご紹介しました。
こうしたフレームワークをうまく活用して、提供価値をよりソリッドでクリティカルなものに洗練させてほしいと思います。
そして、その時の指針となるのが「ビジョン」や「ミッション」です。ビジョンとミッションに照らし合わせながら、提供すべき価値を研ぎ澄ませることで、ターゲットだけでなくピッチの聞き手の納得感が高まります。
是非本記事を参考に、独自の解決策と提供価値をブラッシュアップさせていただきたいと思います。
<執筆者紹介>
大野修平(おおの・しゅうへい)
公認会計士・税理士
セブンセンス税理士法人 ディレクター
大学卒業後、有限責任監査法人トーマツへ入所。金融インダストリーグループにて、主に銀行、証券、保険会社の監査に従事。トーマツ退所後は、資金調達支援、資本政策策定支援、補助金申請支援などで多数の支援経験がある。また、スタートアップ企業の育成・支援にも力を入れており、各種アクセラレーションプログラムでのメンタリングや講義、ピッチイベントでの審査員および協賛などにも精力的に関わっている。
・Xアカウント(@Shuhei_Ohno)
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