
葛西一成@元上場企業経理部長(経理部IS)
【編集部より】
経理部に配属され、会計のことを勉強しないといけなくなったけど、仕事に直結する勉強法ってどうすればよいの? 担当することになった業務について知りたいとき、どのようにアプローチして、どんな本を読めばいい? そんな悩みを抱えている人もいるのではないでしょうか。
そこで、複数の上場企業で経理の実務経験のある、経理部ISこと葛西一成氏に、経理のための実践的な勉強法についてアドバイスをいただきます。ぜひ、スキルアップにお役立てください!(隔月掲載予定)
はじめに
「経理実務を効率的に身につけたい」「計画的に学習を進めて確実にスキルアップしたい」
こうした思いを抱く経理パーソンに向けて、本記事では体系的な学習スケジュールの立て方について解説します。
経理実務の習得には、闇雲に学習するのではなく、スキルアップの段階に応じて学習の焦点を変えることが重要です。そこで、以下の3つの期間に分けて勉強スケジュールを組み立てます。
経理実務 学習スケジュールの3つの期間

それぞれの期間において明確な目標を設定することで、具体的で実行可能な学習スケジュールを組み立てることができます。ここからは、各期間における学習内容とスケジューリングのポイントを詳しく解説していきます。
業務を覚える期間の勉強スケジュール
この期間は、引継ぎを受けてから一人で業務を完結できるようになることが最重要目標です。「何をするのか」「どのような手順で行うのか」を確実に理解し、まずは引き継いだ業務をそのまま再現できる状態を目指します。
ここで重要なのは、業務の完遂を最優先に考えることです。業務における目的や各作業の深い意味については、この段階では敢えて追求しません。なぜなら、目的や意味を調べ、理解する時間的余裕がないからです。
よくある失敗パターンとして、「なぜこの作業が必要なのか」「この処理の根拠は何か」といった疑問を解消することに時間を費やしすぎて、期日までに業務を完遂できないといったことが挙げられます。もちろんこれらの理解は重要ですが、業務を覚える段階では、むしろ学習効率を下げる要因となります。
学習スケジュール具体例
決算時の賞与引当金業務を例に、実践的なスケジュールをご紹介します。

引継ぎ実行(step1)
・引当金計算に必要な元資料の特定と収集方法
・Excelを使った具体的な計算手順
・仕訳起票の方法と注意点
※引継ぎ内容をメモで記録する
引継ぎ振り返り(step2)
・引継ぎ時のメモを自分が理解できるよう整理する
・不明確だった作業箇所の再確認
・作業手順の流れを図式化(簡単なフロー図を作成してみるのがよい)
過去の作業再現(step3)
・前年度のデータを使用して全作業を実践
・引継ぎ内容に沿って忠実に作業を再現
・つまずいた箇所を記録、メモする
作業結果の検証(step4)
・再現した仕訳と前年度の実際の仕訳を照合
・差異がある場合は原因を特定し修正
・作業について、曖昧な箇所、正しいか不安な箇所を再確認
本番業務の実行(step5)
・当期のデータで賞与引当金業務を実施
・必要に応じて、前任者、上長に確認を取りながら作業を進める
上記のステップごとに日程を割り当ててスケジュールを作成し、業務に必要な作業内容とその流れを把握し、業務を完遂させることに注力します。
業務をこなす期間の勉強スケジュール
基本的な作業ができるようになったら、次は「なぜその業務が必要なのか」「どのような会計処理の根拠があるのか」といった業務の本質的な理解を深めていきます。この段階で、単純な作業から専門知識に基づいた業務へのスキルアップを目指します。
実際のところ業務を1,2回経験しただけでは、その目的や業務での各作業の意味を把握することは難しいでしょう。そこで、この把握に必要な勉強項目を洗い出し、実行するスケジュールを作成することが必要となります。
ここで重要なのは、業務の本質を段階的に理解していくことです。表面的な作業手順の理解から、さらにその業務の背景にある会計理論や法制度まで理解を広げていきます。
よくある失敗パターンとして、「会計基準は読んだが税務の扱いを理解していない」「法制度は把握したが自社の運用ルールを確認していない」といった、学習範囲の偏りがあります。そうした失敗を避けるため、業務全体の理解を深める学習スケジュールの組み立てが必要となります。
学習スケジュール具体例(決算時の賞与引当金業務を例とする)

会計基準調査(step1)
・賞与引当金に関係する会計基準や報告資料等を読み込んで、会計処理の理解を深める
・会計処理の基本的な考え方と目的を把握
※例えば、「企業会計原則」、「未払従業員賞与の財務諸表における表示科目について」、「引当金に関する論点の整理」、「我が国の引当金に関する研究資料」といった基準や報告資料を読んでみる。
税法調査、その他関連法制度調査(step2~3)
・賞与引当金の税務の扱いを確認し、会計処理との差異を知る
・賞与引当金に関連する法制度(例えば、社会保険制度も賞与に関連する)の内容を調べる
※賞与引当金の処理でも必要となる、社会保険の企業・個人負担の仕組みを勉強する
規程等の確認(step4~5)
・賞与引当金を計上する根拠となる、自社の規程や稟議書、その他運用ルールの有無とその内容を確認する
・自社特有の会計処理や仕訳起票について、なぜそれが行われているかを理解する(一般的な簿記で学ぶ処理とは異なる、自社特有の処理が行われている場合あり)
・理論と実務の違いを把握
業務全体スケジュール把握(step6)
・賞与引当金業務では、いつどのような処理をしなければならないのか、必要な資料をどこから入手するのか、といったことを把握する作業一覧スケジュールを作成する
・業務全体の流れを把握し、各作業の位置づけを明確化 ・必要に応じて、関連部署との連携方法も整理
業務をこなす期間では、このようなステップでスケジュールを立てて、業務を深堀りしてその必要性や作業の意味を理解していきます。
業務を改善する期間の学習スケジュール
この期間は、業務の理解を深めた上で、さらなる効率化や質の向上に取り組むことを目標とします。業務プロセスの見直し、システム・ツール活用の最適化、計算資料の改修などを実行し、作業工数の削減や業務の標準化を目指します。
ここで重要なのは、改善活動をスケジュール化して体系的に進めることです。各ステップで必要なスキルを事前に明確化し、学習と改善を並行して進めることで、改善成果とスキル習得の両方を効率的に得ることができます。
なお、失敗パターンとしては、「改善案を一度に多く検討しすぎる」「スキル習得に時間をかけすぎて実行が遅れる」といったことが挙げられます。改善は継続的な活動であり、完璧を求めすぎずにできるところから着手していきます。
実行スケジュール具体例 (決算時の賞与引当金業務を例とする)

改善対象項目洗い出し(step1)
・業務における各作業の非効率な箇所を特定
・賞与引当金の算出において煩雑となっている資料の洗い出し
・多くの課題が特定される場合、改善の優先順位を明確にする
資料の改修案、システム・ツール導入案作成(step2~3)
・改善対象とした引当金の決算資料(Excelなど)の改修サンプルを作成
・改修に必要なExcel等の操作スキルを習得
・煩雑な運用を改善できるシステムやツールの調査、導入効果の試算と比較検討
・システムやツール導入に必要な手続きの理解。導入に必要なスキルの習得(プロジェクトマネジメントの仕方等)
運用変更案の作成(step2~4)
・資料改修やシステム導入による運用変更案を作成
・変更に伴う影響(承認フロー、統制上の影響)と対応策を検討
改善案上長承認(step5)
・資料の改修サンプルを提示し、改修後の資料使用の許可を得る
・システム・ツール導入の必要性を説明し承認を得る
・運用、業務フロー変更の内容を説明し承認を得る
資料の改修、システム・ツール導入実行(step6~7)
・本番用の改修資料の作成
・システム・ツール導入の社内手続き、要件定義や設定テストの実施
運用整備・展開、マニュアル作成(step6~8)
・改修後資料の作成マニュアル準備
・システム・ツールの操作マニュアル準備
・新運用フローの作成と運用テスト
新運用開始(step9)
・改修後の資料での引当金計算を実施
・システム・ツールを活用した作業開始 ・新運用フローでの業務実行
業務を改善する期間では、ステップごとにすべきことをスケジュール化し、各段階で必要となるスキルを明確にして効率的に学習しながら改善を実行していきます。
まとめ
ここまで、経理実務の学習スケジュールについて3つの期間に分けて解説してきました。
1.業務を覚える期間
引継ぎから一人で業務完結まで、作業手順の確実な習得を最優先する
2.業務をこなす期間
会計基準や税法調査、社内規程等を通じて、業務の本質的な理解を段階的に深める
3.業務を改善する期間
効率化や質の向上を目指し、改善活動をスケジュール化して実行する
これらのステップを意識しながら、自分なりの実務理解の学習スケジュールを確立していくことが大切です。なお、今回解説した方法は一例であり、一人ひとり業務環境や学習ペースが異なるため、自分に合った方法を見つけてください。
経理実務は専門性と正確性が求められる仕事ですが、適切な勉強スケジュールを立てて実行することで、確実にスキルアップを図ることが可能です。そのため、経理パーソンの皆さんには、日々の業務に追われるだけでなく、一歩引いて実務理解から改善までを目指す学習計画を考えていただけたらと思います。
<執筆者紹介>
葛西一成@元上場企業経理部長
東証プライム・グロース上場2社で経理部長を経験後、独立開業。独立後は上場企業の決算業務フォロー、会計関連システム開発導入サポート、経理パーソン向けキャリアサポート、執筆活動に注力。X(旧Twitter)では、フォロワー1.7万人超の「経理部IS」アカウントにて、経理の仕事に関する情報を発信中。
著書に『経理のExcelベーシックスキル』(中央経済社)がある。
経理部IS(@keiri_IS)
<著書紹介>
『経理のExcelベーシックスキル』(葛西 一成 著、中央経済社)

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第1回:スキルアップを目指そう!
第2回:前払費用の実務
第3回:賞与引当金の実務(前編)(中編)(後編)
第4回:固定資産実務をマスターするまでの道のり
第5回:固定資産の実務における基本的な理解(前編)(後編)
第6回:法人税等の計算スキルを身につける(前編)(後編)
第7回:税効果会計の勉強の進め方<基礎スキル>(前編)(後編)
第8回:税効果会計の勉強の進め方<実務スキル>(前編)(後編)
第9回:リスタートにあたってのイントロダクション
第10回:一人前の経理になるためのステップ事例(中小企業編)
第11回:一人前の経理になるための勉強ステップ事例【中堅・大企業編】
第12回:経理業務におけるタイムマネジメントのしかた
*
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