【カントクとよばれる税理士】第10話:青春のひとコマ


トップ画像:毎日新聞「いせ毎日」提供。編集部が加工。

藤井太郎

【前回まで】
第1話「所得税と筑前煮」
第2話「サンシャイン」
第3話「歌って踊れる税理士をめざして」
第4話「Dear Miss Lulu」
第5話「8年前の合格体験記」
第6話「食堂と税理士」
第7話「アテレコせんせい」
第8話「君がおとなになる頃は」
第9話「ちょっとした事件」

 5月某日。僕に「税」をテーマとした講師のオファーが入る。対象は高校3年生、7クラス、約300名。依頼主は、旧帝大の現役合格者を毎年コンスタントに輩出する県内有数の進学校で、僕の母校である。とはいえ高校時代の成績は目も当てられなかった僕にとっては身に余る光栄だ。

 一度きりの高校生活を送る彼らが、いま社会にどんな意見をもっているのか? そしてひとりのヘンテコな税理士が、彼らに何を伝えられるだろう?

 担当する授業は「家庭科」である。高校生はいま、文部科学省の学習指導要領に定める「生活における経済の計画」のもと、社会での「生き方」について学んでいる。進学、就職、結婚、子育て、離婚、介護……それらに要するお金について。リスクへの備えや、いざ困難に苛まれたときに必要な支援について。僕の世代ではちょっと考えられない。それは「家庭科」であると同時に「政治経済」でもあり「公民」でもあり「道徳」でもある。進学校の生徒にとって受験に直接結びつく知識ではないけれど、ある意味では受験よりも大事なことだと思う。

* 文部科学省HP参照 高等学校学習指導要領解説・家庭編

「生き方と税」というテーマ

 家庭科担当の先生は、さまざまな記事やコラムを題材に、自身の体験も交えながら、生徒たちに問いかける。ある授業では「こども(若者)の貧困は自己責任か…?」をテーマに、ひとり親世帯の過酷な現実や教育格差を取り上げ、その対策を生徒たちに考えさせる。別の授業では、ある地方自治体で生活困窮者の孤立を防ぐために設置された生活相談員の取り組みを紹介し、地域社会での人と人とのつながりや、ひとりひとりに寄り添った支援を説く。

 そして授業はひとつのテーマに行き着く。それらの支援の財源であり、また生きるうえで不可欠な負担である「税」について。5年前の2017年、母校の「家庭科」において「税」の授業が始まったのは、そのような経緯があった。じゃあ「生き方と税」について教えるのに適切な職業とは……さぁ税理士の出番である。

 僕はもともと「租税教育」に積極的に取り組んでいたので(第7話「アテレコせんせい」参照)、5年前にオファーをいただいて以来ずっと授業に携わらせてもらっている。

 つかみには、なるべくタイムリーなトピックを取り上げる。2019年の授業は「ふるさと納税」。生徒に好きな食べ物を質問し(想定どおり「お寿司」という答えが返ってくる。しめしめ。「お寿司」を返礼品としている自治体は準備段階で調査済みなのだよ)、ポータルサイトで返礼品を検索しスクリーンに映し出す……という具合に。

コロナ禍ど真ん中、18歳が感じた「税」

 4年目の2020年は、対面での授業は中止に追い込まれる。でも僕には「経済が危機的状況の今だからこそ、支援の財源である税について話す必要があるんじゃないか」という思いがあった。教科担当の先生も同じように考えていて、相談しあった結果、僕が作るプリントをもとに先生が授業をすることになる。タイトルは「コロナ禍における消費税減税から考える税」。例年スライドで説明する箇所も、丁寧に原稿に書き起こす。すると、生徒の反響は想像をはるかに超えるものだった。約300人の生徒が回答するアンケートは、例年よりずっと熱がこもっている。コロナ禍ど真ん中で18歳が感じた「税」。

「この授業を受けるまでは、税は払うのが少なければ少ないほど得していると思っていました。しかし今日日本の現状とともに税の役割の話を聞いて、今減税など税を少なくしたら、楽だけど、その楽した分は将来の自分たちに回ってくるとわかりゾッとしました。これからきっと税のわずらわしさに出会うと思うけど、想像力をはたらかせて、今どこかで困っている、あるいは将来の自分に投資するような前向きな気持ちを忘れずにいたいです。また18歳で選挙権も得るので、その時に安易に低いほうがいいとか思わず、今日のように事実と比較して本当に何がいま必要なのか、効率と公平の間で葛藤できるような大人になりたいと思いました。」(原文ママ)

 こんなにも「税」に思いを巡らせてくれるなんて。やる気と元気と勇気がメラメラとわいてくる。僕は夜な夜な「アンケートに対する回答」と題した10ページのプリントを作り、先生に託す。閉塞した状況でも、税の専門家としてやりがいに満ちた仕事を残すことはできたのだ。

◆生徒たちから返ってきたアンケート

「税に誇りをもつ」ということ

 それから1年。暗く長いトンネルはまだ続いている。5年目の授業は、さまざまな協議の末、全7クラスすべて対面での授業に決定する。6月中旬延べ3日間。広い視聴覚室で、ソーシャル・ディスタンスを確保し、窓も開放する。タイトルは「コロナ禍における税と支援(負担と受益)」。

 つかみからハードに攻める。

 ある家庭の1年間の収支を、僕の知り合いの(あるいは僕の)家の財布事情であるかのように赤裸々に伝える。「この家は、支出の2割を占める借金返済のために、収入の4割を新しい借金で賄っている。自転車操業です。ヤバくないですか?」 生徒たちがサーッと引いたところで、これが日本の財政収支だと種明かしする。さらにこの借金以外に、1年間の通常の支出と同じくらいの国債を新たに発行し、コロナ対策支援に充てている現状を説明する。高校生にとってショッキングらしく、食い入るような眼差しで聞き入ってくれる子もいる。ただし、これはあくまで伏線である。

 ひとつ目のテーマは、「税」についてどんな切り口で考えればいいのか。

 高校生ひとりに1年間で約100万円の税が使われていること。北欧やアメリカと比較した日本の国民負担率。所得再分配。垂直と水平という2つの公平性。逆進性。それら王道の題材を、いかに退屈させないように工夫して伝えるか。先生からも「使えるテクニック」をたくさんいただきながら「少しでもよいものを」と毎年少しずつアップデートしてきた。

 クラスごとに雰囲気はまるで違う。反応は薄くおとなしいけどアンケートはかなりしっかり書いてくるクラス。意見をディスカッションさせると時間配分を忘れちゃうくらい盛り上がるクラス。「あなたの意見を聞かせてください」 僕の問いかけに、頭をフル回転させて一生懸命自分の言葉で伝えようとする姿。マイノリティな意見でも勇気を持って発言してくれる姿……素直で、頼もしく映る。

 残り3分。「顔を上げてください」 僕の声に生徒たちの顔がいっせいにサッと上がる。じつに気持ちがいい。僕はもうひとつのテーマである「人はどう「税」と向き合うか」について話しはじめる。

 「僕は税理士で、毎日税金について考えます。誰も好き好んで税なんて払いたくない。みんなに嫌われるのが税の宿命なんですね。僕はどうにかしてその「税」という嫌われ者を救ってあげられないか考えるのです。あまり明るい気持ちにはなりません。正義の味方なのか、悪魔の化身なのか、正体はまるで掴みきれない。でも、ちょっとだけわかったこともあります……。それは、納税に誇りを持ってくださいということです。コンビニで消費税を払ったら、これが募金や寄附やボランティアと同じように必ず誰かの役に立っているのだと誇らしくなってください。僕は税理士だから、相談者の税金が安くなるように知恵を絞る。でもね、課税は網の目のように張り巡らされる。それには感動すらおぼえる。だから、改善すべきことはたくさんあるけれど、日本の税制がいかに優れているか誇ってください。そしてその誇りが傷つけられないように、自分の税がきちんと使われているのか、税がきちんと集められているのか、みなさん一人ひとりが目を光らせ、時にはおかしいと声を上げてほしいです。」

 アンケートには、日本の将来を悲観する声も少なくない。その傾向は年々強くなっていて、僕はずっと気になっていた。「税」の使い道を決定する政治の迷走や背信に空しくなることもある。それでも僕は、いまだからこそ「税に誇りをもつこと」を伝えたかったのだ。悲観すべき現状を伏線に、僕が高校生に残したかったのは、長いトンネルの中での「前向きな意志」である。元舞台役者として「BGMがあればいいのに」などと考えていると、チャイムが鳴る。僕の授業は、青春のひとコマになっただろうか?

 「「税に誇りをもつ」という言葉がすごく印象に残った。まだ消費税でしか税を実感したことはないけど、いつか税の重さを実感したときに、思い出したいと思った。これを思い出したら頑張れると思う。」

 そう書いてくれる生徒もいる。税理士は、将来を担う若者たちに「生き方と税」を伝えることだってできるのだ。さあ本試験。すべての受験生にエールを送ります。

第11話へつづく

〈執筆者紹介〉
藤井 太郎(ふじい・たろう)
1977年三重県伊勢市生まれ。亜細亜大学法学部法律学科卒業。2015年藤井太郎税理士事務所開業。夢団株式会社会計参与(http://www.yumedan.jp/)。東海税理士会税務研究所研究員。

 


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