【カントクとよばれる税理士】第3話:歌って踊れる税理士をめざして


藤井太郎

【前回まで】
第1話「所得税と筑前煮」
第2話「サンシャイン」

2006年3月。28歳の春。

僕は税理士の勉強も税務会計の仕事も投げ出し、ハローワークで「全国巡業公演役者募集」の求人を見つけてきた。

役者経験なんてもちろんないし、芝居も数えるほどしか見たことがない。「タダで全国を旅できるかも」とか「本当に芝居でギャラがもらえるんだろうか」という薄っぺらい動機だった。

面接に行くと、劇団の座長だという男が出てきて、履歴書を一瞥すると一言。

「とりあえず明日稽古見に来てみる?」

成り行きに身を任せるまま、あれよあれよという間に入団していた。

芝居の魅力にハマる

劇団の売り物はミュージカルとアクション、子ども向けのわかりやすい脚本と、大人が見ても感動して号泣しちゃうくらいの本格的な芝居である。

本番を重ねるたび、僕は芝居の魅力にどんどんはまり込んでいった。集中力が高まると役の気持ちが降りてくることがあった。その日その日で「そうか、このときコイツ(役柄)はこんな気持ちだったのか!」という新たな発見があった。その喜怒哀楽のひとつひとつが、当時の僕にはかけがえがえのないものだった。

他人を演じることで逆に自分が生きている実感を得られる。奇妙な感覚だった。

僕以外のメンバーは、誰もが知る有名劇団や舞台の専門学校の卒業生、小劇場で場数を踏んだ連中ばかり。いつも「ぼ~っ」と感心してしまう。僕の芸歴はというと、小学4年のとき町内会の仮装大会で伊達政宗を演じたくらいである。しかも「滑舌は悪く、リズム感はなく、不器用」というミュージカル俳優として稀有な才能の持ち主だった。

はたして同じ舞台に立っていいのだろうか……などと悩んでる場合ではかった。歌のレッスン、ダンスレッスン、芝居の稽古……オールドルーキーはたくさん汗をかく必要があった。でも僕をあざ笑う仲間はいなかった。みんなの励ましが心に染みた。

かつての日常が役に立った

劇団の中で、僕にも取り柄とよべるものがあった……お金にまつわる仕事である。

巡業は多額のお金が動く。学校で公演をすれば公演後に現金で公演料金をいただくこともあれば、宿泊先のホテル代、マイクロバスの燃料代、現地で調達する消耗品などの支払いもある。シーズンの終わりには、それらをカテゴリー別に時系列に集計し、精算結果を報告する作業も必要だった。

「収支計算」と「元帳作成」。多くの役者が苦手なタイプの仕事は、かつての僕の日常だった。作業を通じて「あれ? 一般の人はみんなこんな初歩的なことも知らないのか」と新鮮なショックを受けた。

公演のギャラは10%(2006年当時)の源泉所得税が差し引かれるので、還付申告の相談を受け、内訳書や申告書の書き方を指南した。自宅を売却したスタッフから居住用財産の譲渡所得計算の特別控除の申告を頼まれることもあった。

芝居では遠く及ばない仲間たちが敬意を払ってくれた。「自分がやってきたことは世の中の役に立つんだ」税務とはまったく違う世界で、僕は初めてそう実感することができた。

2008年の出納帳。つねに多額の現金を所持。責任重大。

受け続けた税理士試験

一方で、税理士試験は受け続けていた。

毎年8月、1年のうち120分だけ、試験会場で受験生たちと時間を共有した。

税理士試験合格は「自分との約束」なんだと思っていた。

この先どんな人生を歩もうと、やり遂げないことにはひとつの壁を越えられない気がしていた。一切の言い訳は通用しない。そのことを自分に思い出させるための記念受験だった。

「歌って踊れる税理士」になる。受験を始めた頃は想像もしなかったヘンテコな目標だった。

プロフェッショナルって何だろう

税理士になって8年。2020年12月某日。僕は仕事の合間を縫って、三重県から神奈川県に旅に出た。かつて所属していた劇団の公演に帯同するために。

体育館はこの日、1日限定の夢の劇場に変身する。客席では、寒さを堪えながらも、開演を待ちわびる子どもたちのワクワクした声。演目は、ジャングルの獣たちの「生きざま」を通して、人間に「生きる意味」を投げかける「いのちの物語」。

体育館は劇場に大変身。

舞台袖では、ついさっきまでおどけていた役者たちの顔つきが、暗転とともに一気にこわ張る。オープニングナンバーが響き渡ると、ひとり、またひとりと舞台に勢いよく飛び出していく。その姿には、こみ上げてくるものがある。

公演後、片づけをしていると、多くの子どもたちが役者たちに会いにきてくれた。「おもしろかったよ!」「感動したよ!」興奮冷めやらぬ様子で口々に叫んでいる。過酷な旅の中で、子どもたちの声援や笑顔、片づけを急ぎながらの子どもたちとの触れ合いに、役者はずいぶん助けられる……例年なら。

いま「生きる意味」は単純に語れるものではない。舞台はおこがましい使命感ではなく、あくまでビジネスとして成り立っている。それでも、演劇は人の「こころ」を守るための底知れぬ力があることも、僕は何十万人もの子どもたちとの触れ合いからよく知っている。

「役者」を名乗ると、相手から向けられるのは物珍しい視線である。でも「税理士」を名乗ると、たいていの人は納得してくれる。僕が出会ってきたプロフェッショナルな役者たちと何も変わらないのに。

歌って踊れる税理士をめざして

暮れゆく年。税理士は経済的にほとんど影響を受けなかった職種のひとつに数えられるだろう。

役者の世界にいた頃。決して生活はラクではなかった。税理士志願者として恥ずかしい話、国民健康保険や住民税は差し押さえ寸前までダンマリだった。足を引っ張らないように、きちんと客席に届くように。芝居と向き合った日々。

あの頃の夜道を「くそっ、くそっ」と何度もつぶやきながら歩いて帰ったザラザラヒリヒリした気持ちは、いまも僕の中でくすぶっている。

今回の旅は、税理士として決して忘れてはいけないことをしっかり記憶しておくためでもあった。あの頃の記念受験と同じように……

旅の記念にいただいたフォトブック

初舞台から15年。僕はいまだに、歌って踊れる税理士をめざしているのである。

第4話「Dear Miss Lulu」へとつづく

〈執筆者紹介〉
藤井 太郎(ふじい・たろう)
1977年三重県伊勢市生まれ。亜細亜大学法学部法律学科卒業。2015年藤井太郎税理士事務所開業。夢団株式会社会計参与(http://www.yumedan.jp/)。東海税理士会税務研究所研究員。


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