【カントクとよばれる税理士】第9話:ちょっとした事件


藤井太郎

【前回まで】
第1話「所得税と筑前煮」
第2話「サンシャイン」
第3話「歌って踊れる税理士をめざして」
第4話「Dear Miss Lulu」
第5話「8年前の合格体験記」
第6話「食堂と税理士」
第7話「アテレコせんせい」
第8話「君がおとなになる頃は」

事件の始まりは1本のLINEから

 田舎のちいさな税理士事務所にちょっとした事件が起きていた。2021年4月某日。すべては1本のLINEから始まった。送り主はあるシンガーソングライターである。

 というのも、経済産業省「一時支援金」の申請に必要な「事前確認」※1の依頼である。な~んだ。その方は役者時代にすごくお世話になったので、もちろん快諾する。

 とはいえ、クライアントからの要請に備えて登録確認機関としてとりあえず登録したばかりで、実は支援金の中身もあまり理解していない。あわてて要綱やマニュアルに目を通す。

 申請要件や事前確認の仕組みがわかってくるうちに僕の頭に浮かんだのは、もう10年以上ろくに連絡を取ってない役者時代の仲間たちの顔だった。ずっと現役で役者として頑張っていることはSNSを通じて知っている。でも、この1年の投稿は舞台・イベント・撮影の中止を告げるものばかり。

 「一時支援金を申請したいけれど、事前確認の登録確認機関探しで困っているのではないだろうか? 力になれるかもしれない。」

 僕が税理士として独立開業していることすら知らない彼らにとりあえずLINEしてみる。予感的中。その何日か後には、仲間のひとりの10年前と変わらない笑顔がPCモニターに映っていた。

「やあ久しぶり、元気?」

 それからというもの、彼らを仲介して、俳優、声優、演奏家、作曲家、ナレーター、ダンサー……芸能活動を生業とする彼らの知り合いに事前確認の輪が大きく広がっていった。それとは別に、支援金のオフィシャルサポートセンターからの斡旋によるオファーや、もちろん僕のクライアントからの要請にも応じる。来るもの拒まず。

 3月決算業務に忙殺され、スケジュールのやりくりに苦心しながら、すべての依頼に応じた。静かな住宅街の事務所に、見ず知らずの人たちがひっきりなしに訪れてくる。1時間おきにオンライン会議が開かれ、申請者が次々とPCモニターに映し出される。

 気がつくと、4月下旬から6月中旬までの2ヵ月弱で「ようやったなぁ」と唸る件数に達していた。

※1 経済産業省「一時支援金」は、緊急事態宣言に伴う飲食店時短営業又は外出自粛等の影響により、2019年又は2020年と比べ、2021年1月・2月・3月の売上が50%以上減少した事業者に給付される支援金。上限金額は法人60万円、個人30万円。申請には、事業を実施し、給付対象等を正しく理解しているかどうかなどについて、金融機関、商工会、税理士等で構成される「登録確認機関」の「事前確認」が必須。

税理士はなくなる仕事なのか?

 多くの事前確認を可能にしたのは、オンラインアプリ「Zoom」だ。初対面の人といきなり「モニター越し」に会話する不安や抵抗も、使い慣れると薄れていく。この経験を通して痛感したのは、税理士事務所のあらゆるDX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みは「待ったなし」ということだ。

 ここ数年、どんどん便利になっていく世の中を目の当たりして、自分のクライアントへのサービスも、もっとどうにかできるんじゃないかという思いはずっと抱いてきた。

 たとえば、僕と同世代のクライアントであるハウスクリーニング業者は、多種多様な現場への人員配置、日雇いアルバイトの労務管理、納品・請求業務が悩みの種だ。

 支払手段の集約、書類管理方法、日当と源泉所得税の計算など、自作のExcelシートをDropboxで共有してマシにはなっていくのだけれど、僕が目指すのはもっと劇的な効率化だ。現場・営業・経理・総務が一元的に繋がり、会計に集約されていくシステムであり、その人にあったアプリケーションを提案していけるサービス。

 現状、それをローコストで可能にするのは、一部のクラウド会計であり、そしてクラウド会計と切り離せないのが、AIを活用した自動仕訳をはじめとする技術である。

 AIと税理士の関係でよく語られるのが「税務申告代行者」が「あと10年~20年後になくなる仕事」ランキング第8位にランクイン」※2したという衝撃である。税理士試験合格まで苦節12年。「マジか」と言いたくなる。税理士はなくなる職業なのだろうか?

 日本税理士会連合会国際税務情報研究会は2021年1月「主要国の税務行政のICT/AI化の展望と未来の税務専門家制度についての考察」を答申した。そこにはハッキリと「職種自体が消滅する事態は生じないと考える」とある。あ~よかった。その中では、税理士を業態別に5つのタイプに分類し、1980年から2030年にかけて、それぞれの業態が市場でどんなシェアを握っているのか、変遷をイメージ化している(図:答申をもとに筆者要約・推計)。

  ふむふむ。つまり「税理士は、なくならないけど変わらなきゃ」ということだ。

※2 Frey and Osborne, “The Future of Employment :How Susceptible are Jobs to Computerisation,”Oxford Martin School,University of Oxford,(Sep.2013).

税理士としての付加価値

 時代を先行く受験時代の後輩税理士に相談してみる。

 「この1年、打合せで移動がなくなったことはすごくラクになりましたよ。クラウド会計やウェブ会議の仕組みをどうやって理解してもらったかって、まずパソコン持って顧問先に行って、経理のおばちゃんと隣あわせに、お互いのパソコンでZoomを通して会話するんです。で、画面共有やリモートコントロールを見せてあげながら、これからどんなサポートをしたいか画面を通して説明するんです。びっくりして納得してくれましたよ。」

 僕は大いに勇気付けられる。と同時に「便利さ」の影で、変えてはいけないもの、変える必要のないものも示唆している気もする。

 AIが進化した時代。人とコミュニケーションすること自体が、すごく付加価値が高いものになるのだそうだ。そして税理士は、高いコミュニケーション能力が求められる仕事である。DXを駆使した効率化も、財務情報をもとにした高い分析力も、それをスマートにプレゼンする能力も、もちろん大事だ。

 でも僕は、合理化された世の中で、非効率的で、どうでもいいことに、高い付加価値を感じるのである。「コロナ禍において、人間にとってもっともエッセンシャルな欲求は、実は不要不急なものなのだ」と誰かが言ったように。

 一時支援金の事前確認では、必ず最後にどうでもいい雑談の時間を設けるようにしていた。

 「ええ、税理士の前は舞台に立ってたんです。彼とは同じ釜の飯を食った仲で……」

 申請者の顔は明らかに柔らかくなっていく。

 「舞台に招待するのでぜひ見に来てください」
 「彼と僕と3人でオンライン飲み会やりましょうよ」

 そんな言葉をかけてくれる人もいる。一度足を踏み入れた世界に、ちょっとだけ恩返しができた気になる。

 田舎のちいさな事務所にとって「事前確認」にまつわるてんてこ舞いは、ちょっとした事件だった。申請者は口々に感謝の言葉をくださる。僕は、この機会がなければ繋がらなかったご縁に、人と人との繋がりの輪が広がっていったことに、いろいろな気付きのきっかけをいただけたことに、感謝するのである。

第10話へつづく

〈執筆者紹介〉
藤井 太郎(ふじい・たろう)
1977年三重県伊勢市生まれ。亜細亜大学法学部法律学科卒業。2015年藤井太郎税理士事務所開業。夢団株式会社会計参与(http://www.yumedan.jp/)。東海税理士会税務研究所研究員。


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