経理のための実践的勉強法~⑩一人前の経理になるためのステップ事例(中小企業編)


葛西一成@元上場企業経理部長(経理部IS)

【編集部より】
経理部に配属され、会計のことを勉強しないといけなくなったけど、仕事に直結する勉強法ってどうすればよいの? 担当することになった業務について知りたいとき、どのようにアプローチして、どんな本を読めばいい? そんな悩みを抱えている人もいるのではないでしょうか。
そこで、複数の上場企業で経理の実務経験のある、経理部ISこと葛西一成氏に、経理のための実践的な勉強法についてアドバイスをいただきます。ぜひ、スキルアップにお役立てください!(隔月掲載予定)

はじめに

「より専門性の高い会計税務を経験し、レベルの高い経理を目指したい」 「一人前の経理になって業務を統括できるようになりたい」

こうした向上心を高く持ち、日々の業務に取り組んでいる経理パーソンに向けて、今回は一人前の経理になるための学習ステップ事例をご紹介します。
一人前の経理となるには、実務で使えるスキルの習得が必要です。そして、そのスキルの習得には順序があり、基礎から応用へと段階的に学んでいく必要があります。

本記事では、一人前の経理を目指すための道のりをステップごとに解説します。
ぜひ今後の経理実務の勉強に役立ててください。

企業規模によって異なる経理業務と学習ステップ内容

企業規模によって経理業務の特性は大きく異なります。
中小企業では、限られた人数の経理担当者が日次から月次、年次決算まで幅広く担当し、さらには人事や総務といった業務にも携わる場合があります。
一方、中堅・大企業では経理業務が専門化され、単体決算、連結決算、原価計算など、それぞれの専門領域に特化した担当者が配置されています。

このような環境の違いにより、求められる経理スキルも変化します。
中小企業では汎用的な経理業務に対応できる幅広いスキルと、状況に応じた柔軟な対応力が重要視されます。
一方、大企業では会計税務に関する高度な専門知識を活用する能力が求められます。

今回の記事では、中小企業の経理にスポットを当てて、経理パーソンに必要なスキルの習得のための学習ステップを解説します。
(次回の記事では、中堅・大企業の経理における学習ステップ事例をご紹介します)

中小企業の経理パーソン学習ステップ事例

ステップ1:基礎的な実務処理能力の習得

まずは、経理業務の基本となる日々の取引の仕訳起票や現金預金管理の実務から理解していきます。
このステップでは、仕訳の基本原則を理解し、それを実務に活かせるようになることが目標です。

具体的には、証憑(請求書や領収書等)と仕訳の関係を理解し、正確な記帳処理ができることに加え、仕訳の起票に必要な消費税の可否判定に関する知識を身に付ける必要があります。

勉強すべき内容
・日商簿記3級レベルの仕訳起票
・現金出納業務の習得
・請求書の処理、経費精算の流れから支払い処理まで
(買掛金や未払金といった債務管理の実務を学ぶ)
・消費税の課否判定
(課税、非課税、不課税、免税の判定)
・スプレッドシート(Excel等)の操作能力

このステップで特に重要なのが消費税の課否判定です。
経理経験が少ない人は、この消費税の判定で苦労します(さらに昨今はインボイスの知識も必要となり、理解が難しくなっています)。
そこで、消費税の勉強を重点的に行いたいのですが、具体的に何を勉強すればよいか悩ましいところです(独学と言われても何から手を付けたらよいかわからない…)。

そこで、消費税の勉強方法としておすすめなのは、セミナーへの参加や資格試験への挑戦です。
現在は、課否判定に特化したセミナーが開催されており、これを活用するのも1つの方法です。
また全経消費税法能力検定という資格の勉強を通じて消費税の基本知識を身につけるのもよいでしょう(資格取得という目標があれば勉強にも取り組みやすい)。

ステップ2:月次決算スキルの習得

このステップでは、社内で発生する日次の取引のほぼすべてを仕訳起票でき、さらに月次での業績及び財政状態を把握ができるようになることを目標とします。
そのためには、各勘定科目の残高確認照合を通じて、数字の正確性を担保する重要性を理解します。
また、経理業務と関連性の深い給与計算などの人事労務の業務も理解し、正確かつ効率的な処理ができるようになることを目指します。

勉強すべき内容
・債権管理
(売上の計上方法、売掛債権から入金消込までの一連の流れ)
・給与計算、社会保険実務、源泉所得税の処理
・勘定科目の残高内訳管理
(ほぼすべての勘定科目の内訳を理解できる)
・原価計算の基本理解
(メーカーの場合、どのような流れで原価計算が実施されているかを理解する)
・月次合計試算表の作成、分析
(前期、前月比較をして増減の異常値を発見するまで)

このステップで注意したいのが、社会保険の実務理解です。
社会保険は経理実務と直接関係ないと思われるかもしれませんが、納付や従業員給与からの引き去り等の仕訳起票が必要です。
さらに決算や予算策定においても社会保険の知識が求められ、経理としても避けては通れないことから、勉強が必須の項目となります。
そして、この社会保険は、会計や税務とはまた違う制度理解が必要であり、最初は理解するのに苦労します。
そのため、例えば次のような書籍などを活用して社会保険の基礎知識を身に付ける必要があります。

税理士・会計事務所職員のための労働保険・社会保険の基礎知識:中央経済社
https://www.biz-book.jp/isbn/978-4-502-45891-0

なお、経理に必要な社会保険の勉強法の詳細は、今後の連載で取り上げる予定です。

ステップ3:決算・財務スキルの習得

ステップ2までの内容をしっかり勉強し、実務に活かすことができれば、十分スキルある経理パーソンとして活躍できるでしょう(それだけステップ2のスキルを身に付けることは大変ということです)。

そして、さらにレベルの高い経理パーソンを目指すには、専門性の高い会計税務の業務を学び、実務に活かせるようになる必要があります。

●勉強すべき内容
・決算整理仕訳の理解
・税務申告の基礎知識
(できれば、自社の申告書を作成できることを目標に)
・会社法決算(計算書類、事業報告作成)と株主総会手続き
・経営者への業績報告資料作成
・資金繰り管理、金融機関対応
・予算策定
(毎期継続的に策定を実施している場合)

このステップでは、いわゆる年次決算を自分で完結させることができる経理パーソンとなることがポイントです。
年次決算特有の決算整理仕訳の内容を理解し、税金計算(法人税や消費税)を行い、会社法の計算書類や事業報告の作成ができるようになることを目標とします。

実際のところ、中小企業の決算業務は年1回しか実施されないため、このスキルを身に付ける機会が限られています。
また決算業務や税務申告は顧問税理士に依頼していることも多く、自ら学ぶ機会が少ないのが現状です。
だからと言って何もしなければ、成長は止まり一人前の経理になることはできないでしょう。

そこで、自ら積極的に自社の決算業務や税務申告業務を学んでいかなければなりません。
例えば決算業務であれば、毎期どのような決算整理仕訳が起票されているのか、その起票の根拠となる資料はどのように作成されているのかなどを検証してみることで、実務作業の理解が深まります。また、税務申告については、顧問税理士が作成している申告書をお手本として、自分なりに申告書作成に特化した書籍を参考にしながら作成を再現してみるといった努力が必要です。

※法人税申告書作成スキルを身に付ける方法は、本連載「第6回:法人税等の計算スキルを身につける」を参照

また、会社法決算に必要な計算書類や事業報告の作成に加え、できれば株主総会に関する手続き(議案確認、議事録作成や登記手続きまで)も自ら経験してみることをおすすめします。
この経験により、会社法における年次決算の業務に関係する実務の全体像を理解することができ、さらに商業登記に関する実務スキル※2も身に付きます。

※1例えば、こういった中小企業向けの株主総会に関する書籍も参考になります。
Q&A非公開会社の株主総会マニュアル【改訂版】 江島 義昭 (著):セルバ出版
https://seluba.co.jp/pid57893087/
(発売日が2013年であるため、一部現在の内容とは異なる可能性があることにご注意ください)

※2登記に関する手続きは、司法書士へ依頼する場合が多いと思いますが、完全に丸投げするのではなく、登記に必要な書類はなにかを理解し、自らその書類を作成準備できるように勉強することが重要です。

さらに、中小企業の経理パーソンは、財務や予算策定に関する業務も行う必要があります。
経理業務の経験を通じて、会社全体の取引を理解できたら、そこから将来の資金繰りを検討し、必要に応じて金融機関より資金調達を行わなければなりません。
しかし、こうした財務に関する業務は、机上で勉強するだけでは実務スキルを身に付けるのは難しいでしょう。
そこで、資金繰りや資金調達に特化したセミナーを受講して基礎知識を学び、さらに顧問税理士※から指導してもらい経験を積みながらスキルを身に付けることが必要となります。

※資金調達・資金繰りに強い税理士を顧問として、しっかりノウハウを教えてもらえることが理想。

ステップ4:ITスキルの習得

ITスキルといっても中小企業では多くの経理業務をExcelで対応していることから、Excelの操作スキルがITスキルと思われてしまいがちです。
しかし現在は、経理業務で使える安価なツールやシステムも多く提供されており、中小企業の経理業務でも効率化のために手軽に利用することができるようになりました。
そこで、次の取り組みによりシステム理解を深めて、ITスキルを高めることを目指します。

●取り組むべき内容
・日常のルーチン的業務に改善余地がないか常に考える
・業務の改善余地がありそうなものについてシステム化できるか検索してみる
・該当するシステムがあれば、そのシステムベンダーを調べ、ベンダー側で随時開催しているオンラインセミナーに参加して今のシステム動向について情報を収集する。
・自社において役立ちそうなシステムがあれば、積極的に自らベンダーへ問い合わせし、話を聞いてみる。
・ベンダーのサポートを得ながら、実際にツールやシステム導入を行ってみる

こういった地道な取り組みを行っていると、徐々に経理業務を効率化できそうなシステムの理解が深まります。
そして、経理に関するITの動向にも詳しくなります。
さらに、実際にシステムの導入を経験することで、どういった業務がシステムの活用で効率化ができるようになるのかがわかるようになります。

実際のところ、こういった取り組みは面倒であるために、結局いつも通りの効率の悪い手作業を継続してしまうことが多いかもしれません。
しかし、こうした面倒なことから逃げず、ITスキルを高めて業務全体を効率化できる人こそが、一人前の経理といえます。

まとめ

今回は、中小企業において一人前の経理になるための学習ステップ事例を解説しました。
経理では、日々の仕訳から始まり、消費税の課否判定、給与計算、決算整理、そしてITの活用から業務改善までを幅広く理解することが求められます。
また、セミナーや資格取得、書籍学習に加え、実際の業務経験を通じて学びを深めていくことが、一人前の経理になるための道と言えます。

中小企業の経理は、業務範囲が広いため、現状の作業をこなすことに精一杯かもしれません。しかし、限られた時間の中で本記事で示したステップを参考に、着実にスキルを積み上げていくことで、一人前の経理として成長できるでしょう。

<執筆者紹介>
葛西一成@元上場企業経理部長

東証プライム・グロース上場2社で経理部長を経験後、独立開業。独立後は上場企業の決算業務フォロー、会計関連システム開発導入サポート、経理パーソン向けキャリアサポート、執筆活動に注力。X(旧Twitter)では、フォロワー1.7万人超の「経理部IS」アカウントにて、経理の仕事に関する情報を発信中。
著書に『経理のExcelベーシックスキル』(中央経済社)がある。
経理部IS(@keiri_IS

<著書紹介>
経理のExcelベーシックスキル(葛西 一成 著、中央経済社)


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【「経理のための実践的勉強法」バックナンバー】
第1回:スキルアップを目指そう!
第2回:前払費用の実務
第3回:賞与引当金の実務(前編)(中編)(後編
第4回:固定資産実務をマスターするまでの道のり
第5回:固定資産の実務における基本的な理解(前編)(後編
第6回:法人税等の計算スキルを身につける(前編)(後編
第7回:税効果会計の勉強の進め方<基礎スキル>(前編)(後編
第8回:税効果会計の勉強の進め方<実務スキル>(前編)(後編
第9回:リスタートにあたってのイントロダクション

経理部ISこと、葛西一成@元上場企業経理部長さん執筆のバックナンバー記事もぜひご覧ください!

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第1回:現役経理部長が教える! 経理の仕事でExcelがマストな3つの理由
第2回:現役経理部長が教える! 経理に必要な4つのExcelスキル~ミス削減&作業効率化にマスト!
第3回:現役経理部長が教える! 仕事が効率化するExcelを‟見やすくする”スキル
第4回:現役経理部長が教える! 今すぐやるべき‟Excelでミスを防ぐ”方法
第5回:現役経理部長が教える! 仕事で評価される‟わかりやすいExcelの表”を作成する方法
第6回:現役経理部長が教える! Excelを使いやすくする5つの方法(前編)(後編)
第7回:現役経理部長が教える! 経理業務の効率化に役立つ! 使いやすいExcelファイルの管理方法(前編)(後編)
第8回:現役経理部長が教える! 仕事スピードを速くするExcel関数とショートカットキー
第9回:現役経理部長が教える! Excelピボットテーブル活用術
第10回:現役経理部長が教える!  作業効率化に役立つExcel機能3選

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