【経済ニュースを読み解く会計】需要がありすぎると困る?ー生産キャパシティの「ちょうど良い」水準を考える


小笠原亨(甲南大学経営学部准教授)

【編集部より】
話題になっている経済ニュースに関連する論点が、税理士試験・公認会計士試験などの国家試験で出題されることもあります。でも、受験勉強では会計の視点から経済ニュースを読み解く機会はなかなかありませんよね。
そこで、本企画では、新聞やテレビ等で取り上げられている最近の「経済ニュース」を、大学で教鞭を執る新進気鋭の学者に会計・財務の面から2回にわたり解説していただきます(執筆者はリレー形式・不定期連載)。会計が役立つことに改めて気づいたり、新しい発見があるかもしれません♪ ぜひ、肩の力を抜いて読んでください!

需要があるといつでもハッピーか?

関西に住んでいると、ときどき「551のあるとき〜、ないとき〜」いうフレーズがテレビから聞こえてきます。

関西ではお馴染み551の豚まんのCMです。このCMでは、豚まんがあるときは、みんなが幸せそうに笑っている一方で、ないときは「これでもか!」というほど悲しそうな顔をするという、(良い意味で)コテコテの演出がされています。かなり頻繁にこのCMが流れるため、関西の人々にとっては、551の豚まんは「あると嬉しいもの」であると強く印象づけられているように思います。

さて、今回は551の豚まん…ではなく、企業にとっての需要というものを考えてみましょう。企業にとっての需要も「あると嬉しいもの」でしょうか?

普通に考えれば、需要があるほど製品は売れますので、需要があるときはハッピー、ないときはガッカリとなりそうです。しかし、「需要がありすぎる」と困ることもあるというのが今回のお話です。

「需要がありすぎる」と困ること

例えば、2023年12月1日の日本経済新聞で「新造船15年ぶり高値 原料高、造船所の人手不足も」という記事が掲載されました。この記事では、2020年以降、新造船の価格が上昇傾向にあると報じています。原材料費の高騰が上昇の一因ですが、それだけではありません。もう1つの要因は、「需要がありすぎる」ことです。

「需要がありすぎる」ことは一見嬉しいことのように思えます。しかし、たくさんの需要に対応しようとすると、前回学習したように業務が「渋滞」します。この場合は、船を製造する業務が渋滞しているわけですね。

道路で渋滞が起きると車の流れがゆっくりとなるように、製造業務でも渋滞が起きれば、船の注文を受けてから生産が完了するまでのスピードがゆっくりになります。

この結果、納期が遅れることはもちろん、原材料の保管費用や他製品の生産が遅延したり、場合によっては生産できなくなるなど、様々なコストが発生します。前編で学習した「混雑コスト」ですね。

実際、記事のなかでは「世界の造船所では前年生産量の3.6倍の受注残があるという。22年初めの2.4倍から急増した。造船所が埋まっていれば他の船種も造ることができず、受注が多くない船種も納期遅れや価格上昇につながる。」とあり、まさに造船所が渋滞している様子が伺えます。

混雑コストとキャパシティの関係

製造業務における渋滞を解消し、混雑コストを緩和するにはどうすればよいでしょうか。

まずは、身近な例で考えてみましょう。コンビニやスーパーでお会計待ちをしているところを想像してください。お店が混んでいると、レジに長い行列ができますよね。これはお会計の業務が渋滞している状態です。こうなると、だいたい他の店員さんが来てくれて、別のレジを開けてくれます。そうすると、みるみるうちに行列がなくなっていきます。

この例からわかるように、業務の渋滞を解消する最も簡単な方法は、キャパシティの水準(この例でいうと、レジの数)を増やすことです。一車線では渋滞する道路も、二車線、三車線と増やしていくと渋滞がなくなるのと同じ原理です。

しかし、レジを開けるのは一瞬でも、道路の拡張には何年もかかります。同じように、造船所のキャパシティを増強するにも相応の時間がかかるでしょう。このように需要が急増したとしても、キャパシティは急に増やせないため、混雑コストが発生するわけです。

キャパシティを増やすのは怖い

それでは、「初めからキャパシティ水準を高く設定しておけば、混雑コストも発生しないのでは?」となりそうですが、そう簡単な話でもありません。

キャパシティ水準を高めに設定するということは、大規模な工場を構えて、多くの人を雇うことを意味します。そうすると、従業員の給与や、生産設備の減価償却費、維持費といった多額の固定費が発生することになります。

需要が十分にあるときは問題ありませんが、将来的に需要が落ち込んだとき、これらの固定費は企業にとって重たい負担となります。最悪の場合、資金繰りに行き詰まり、倒産することさえあるでしょう。

需要がありすぎると混雑コストが発生する一方、需要がなさすぎると固定費が重たい負担になるというジレンマが、キャパシティ水準の決定問題を複雑にしています。

見えやすいコスト、見えにくいコスト

このようにキャパシティ水準の決定は難しい問題です。しかし、「需要があるときと、ないときで負担するコストの種類が違う」というのを理解しておくことは重要です。

需要がないときの固定費負担は、需要の有無にかかわらず発生がほぼ確実であり、金額も予測しやすいでしょう。言い換えれば、「見えやすいコスト」といえます。

一方、需要があるときの混雑コストは、需要過多となったときにのみ発生し、その金額も予測しづらい「見えにくいコスト」であるといえます。

企業は、この「見えやすいコスト」と「見えにくいコスト」を天秤にかけて、うまくバランスがとれるようにキャパシティ水準を適切に決定しなければなりません。

この天秤のうち、会計を学んだ人ほど「見えやすいコスト」に注目しがちになります。会計を学習することで減価償却や固定費といった会計処理や概念の理解が深まるため、自然とそちらに意識が向かうからです。しかし、片方だけを重視すると、天秤のバランスは崩れてしまいます。

会計を勉強されている読者のみなさんにこそ、「見えにくいコスト」の重要性を伝えることができればと思い、この記事を執筆しました。将来、みなさんが「ちょうど良い」バランス感覚をもった会計の専門家として、活躍されることを期待しています。

◆執筆者紹介
小笠原 亨(おがさわら・とおる)
小笠原亨 先生
甲南大学経営学部准教授。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。専門分野は管理会計・原価計算。特に、コスト構造の決定や業績評価に関する研究。
【主な論文】
小笠原亨・新改敬英・原口健太郎. 2023.「需要の上振れリスクが企業のコスト構造に与える影響-企業ライフサイクルによる不確実性の分類」.『会計プログレス』24:91-108.

<前編はコチラ>

仕事だって、渋滞する!?ー業務の混雑が引き起こすコスト

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