てりたま
【編集部より】
公認会計士にとって、「監査」はメインストリームの仕事。ですが、会計士受験生も「監査論」でその考え方は学んでいるものの、具体的に内容をイメージできないという方も多いのではないでしょうか。
そこで、「ぜひその魅力を知っていただきたい!」ということから、本連載では、大手監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして務められ、またnoteで監査に関する有益な情報を多数発信されている、まさに監査のプロフェッショナルである「てりたま先生」に、監査の仕事が具体的にイメージでき、またその魅力が感じられるさまざまな内容をご執筆いただきます(全4回)。
てりたま先生ご自身のご経験等を踏まえた内容は、受験生のみならず、現在監査の現場で格闘されている方々にも有益です。
それでは、てりたま劇場、スタート!
<全4回>
Episode0 てりたま青年、会計士になる!
Episode1 監査ってどんな仕事?
Episode2 海外で働くということ
Episode3 不正が発覚!どう対応する?
皆さんの中には、海外で働きたい、という希望を持っておられる方もいらっしゃると思います。
最近、海外留学を志す人が少なくなり、監査法人でも海外派遣の希望者が減る傾向にあると聞いています。
とても残念なことで、機会があれば多くの方々に海外滞在を経験していただきたいところです。
私は会計士試験の勉強をしていたときから海外志向があり、就職活動でも海外に行けるチャンスが一番大きそうな監査法人を選びました。
念願かなってシニアスタッフのときにアメリカのヒューストン事務所に派遣され、日系企業担当の駐在員として4年間を過ごしました。
監査法人から海外に派遣されるときには、業務のパターンがいくつかあります。
- クライアントサービス
クライアントに専門的なサービスを提供することを「クライアントサービス」と呼んでいます。監査部門から派遣されると監査業務に従事することが通常ですが、グループ内の別の部門に戻る前提で税務やアドバイザリーなど業務を担当することもあります。 - ジャパンデスク
日系クライアントのよろず相談窓口です。クライアントの漠然とした困りごとを切り分けて、各担当者に投げ、結果をまとめてクライアントに返します。クライアントと現地メンバーとのコミュニケーションのサポートも行います。 - 業務開発
いわゆる営業です。クライアントと関係を構築し、ニーズを探り、現地の専門チームを組成した上で業務の提案を行います。業務獲得後は、ジャパンデスクとして側面からサポートしたり、クライアントサービスのメンバーとして業務提供に参加することもあります。
私の場合は、ジャパンデスクとしての業務が中心で、業務開発も担当しました。
今回は、そのときの経験からいくつかご紹介します。
「経理部長はちょっとは考えて仕事してよ!」
「社長は何を考えているのか分からない!」
現地の日系クライアントにいらっしゃる日本人の駐在員の方々は、皆さん英語を話されます。
それでも、通訳が必要になることがあります。
一つのパターンは、経理畑でない方に、会計や税務の説明をすることです。
「繰延税金資産の取り崩し」など、会計を知らない人がいくら英語で聞いても理解することは不可能です。
日本語でも難しいですが、繰延税金資産とは何か、回収可能性の検討はなぜ必要か、その結果当期の財務諸表にどう影響するか、を説明します。
もう一つ、日米のカルチャーの違いを埋める潤滑油としての通訳が求められることがあります。
あるクライアントで、日本人の社長と、アメリカ人の経理部長が反目しあっていました。
社長は「一から十まで全部話さないと動けない経理部長はバカだ」と言い、経理部長は「何も説明しないくせに怒ってばかりいる社長は最低」と言っています。
社長にとっては、私は同じ日本人の駐在員仲間ですので、本音を言いやすい存在です。
経理部長は自身が公認会計士で、アメリカの大手会計事務所に勤めている私に親近感を持っています。
そこで両方から愚痴を聞き、日米のコミュニケーションの違いなどを説明して、少しでも二人が歩み寄れるように努力しました。
「てりたまさんのおかげで、税金が戻ってきた!」
私は海外駐在まで監査業務以外の経験がありませんでした。
しかし、ジャパンデスクとして受ける質問の大半は税金がらみです。
最初は質問をいただく都度、汗をかきながら専門チームに照会したり、自分でも調べて回答していました。
一年も経つと経験済みの質問が多くなり、かなり楽に回していけるようになります。
ところが、ある日系クライアントから、経験したことのない業務の依頼を受けました。
それは、「税務調査への立会」です。現地の専門家に任せようとしましたが、専門家でなくてもよいので、日本語が話せる人にサポートしてもらいたい、とクライアントが譲りません。
そこで、しぶしぶ立ち会うことになりました。
税務調査官がやってきました。
質問は一旦は私が受けて、日本語でクライアントに説明し、ついでに分かる範囲でアドバイスもしました。
幸い一般的な質問が多く、立ち往生することなくスムーズに進みました。
終盤になり、無事終われるかと思ったころ、一つ指摘があるとのこと。
背筋が冷たくなります。
指摘とは、申告書に誤りがあり、修正申告すれば還付を受けられるとのこと。
普通は税務調査で問題が見つかると税金を余分に取られるところ、税金を戻すと言うんです。
申告書は、私の事務所で作っています。
間違っていたため、要らない税金を払っていたということなので、クライアントから何を言われるかなと思うと冷や汗が出ました。
クライアントからある情報が提供されていなかったためですが、提供しないクライアントの責任なのか、その情報を求めなかった方の責任なのか、この時点では分かりません。
しかし、それを聞いたクライアントは、「税金が戻るんですね? てりたまさんのおかげです! ありがとうございます!」と大喜び。事なきを得ました。
「世界中の子会社の監査から、あんたのファームを外すことに決めた」
自慢話が続きましたので、失敗したお話もしましょう。
シニアスタッフのときに、米国ヒューストン事務所に駐在。そこでの失敗は数限りないですが、会計処理を巡ってかなりまずい事態になりました。
そのクライアントは、誰でも知っている日本を代表する企業です。
世界中に子会社があり、私が所属する監査法人とそのネットワークファームが監査を担当していました。
ヒューストンにある子会社が私の担当です。
監査チームはアメリカ人で編成されていて、私は日本人の経営陣とのコミュニケーションをサポートする役割です。
監査パートナーとその子会社の社長とが在庫の評価でもめてしまい、私もうまく立ち回れずに問題を大きくしてしまいます。
そこで社長から出た言葉が、「当社の世界中の子会社の監査から、あんたのファームを外すことにする」でした。
当時私はまだ20代。
親会社の名前だけでビビっているのに、そんなことを言われて生きた心地がしません。
クビになることを覚悟しました。
結局、親会社の監査チームに介入してもらって一件落着となります。
子会社社長にはその後たいへんよくしていただき、別のトラブルでは助けていただいたこともありました。
*
仕事の話しかしませんでしたが、海外派遣では旅行も楽しみの一つです。
ヒューストンはカリブ海が比較的近く、ケイマン諸島で田舎ぶりに驚いたり、ジャマイカへのゴルフ旅行が1週間雨ばかりだったり、いろいろ思い出が作れました。
私はアメリカに4年間いましたが、海外派遣は数か月の短いものから、5年以上に及ぶものまであります。
各監査法人はさまざまなプログラムを用意していますので、ぜひ海外での勤務もご検討ください。
次回はいよいよ最終回。監査では避けて通れない、不正について取り上げます。
(つづく)
≪執筆者紹介≫
てりたま
大手監査法人で33年間監査業務に従事、うち17年はパートナーとしてグローバル企業の監査責任者を歴任。2022年11月より個人開業し、noteやTwitterなどで会計士や経理の方々に向けた発信を中心に活動している。
Note:https://note.com/teritamadozo
Twitter:@teritamadozo