奥村武博先生に聞く! 「スポーツ×会計」の世界とは?(前編)


【編集部より】
以前、女子バスケットボールチームが東京オリンピックで銀メダルを取り注目された一方で、日本バスケットボール協会は赤字であると言うニュースがありました。
そこで、元プロ野球選手で公認会計士の奥村先生に、スポーツビジネスにおける会計の役割についてお話を伺いました。
将来、スポーツに関わる仕事がしたいと考える人も多いのではないでしょうか。会計や税務の専門家としてどういった関わりができ、どんなスキルが求められるのか、キャリアのヒントも見つかるはずです。
今回の前編では、スポーツビジネスにおける会計の役割についてお話を伺いました。

スポーツの世界に会計が必要!?

編集部 “スポーツ”というと体育の授業や地域交流イベントのようなイメージもあり、ビジネスや会計という側面から捉える機会が今まであまりありませんでした。

奥村先生は元プロ野球選手で現在は公認会計士として活動され、まさに、「スポーツと会計」をお一人で表現されているような方だと思いますが、先生からご覧になってスポーツビジネスにおける会計の役割はどのようなものがあると思われますか。

奥村先生 「スポーツビジネス」という言葉を最近よく耳にしますが、これはどちらかと言えばマーケティング分野での話の印象が強いです。しかし、スポーツを事業として捉える場合、お金の現状把握をしていかないと、やりたいこともできません。それどころか、逆に赤字になって事業が継続せず、チームを売却しなければならなくなることもあります。

どれだけ強い武将がいても、兵糧をうまく補給できなければ戦には勝てません。それと同じように、兵糧を補給する役割というのが「会計」にあるのではないか。私はそんなイメージを持っています。

また、スポーツの場合、例えば選手の雇用契約にはいろいろな形態があるので、税務も複雑になりがちです。
選手自身も個人としてどんな税務処理があるか、できる限り理解しておく必要があります。その意識がないと税金を多く払うことにもなったり、逆に脱税に繋がってしまったりする可能性さえあります。そうなると、選手としての知名度やブランド価値まで落としかねません。

なので、会計や税務というのは、スポーツをうまく回すための大切なツールであり、重要な役割を担っていますね。

編集部 スポーツをより良くしていくためには会計からのアプローチも必要なのですね。

奥村先生 プロ・アマ問わず、お金をしっかりと稼いで回していかないと、チーム自体の存続ができなくなってしまいかねません。以前、プロ野球球団の身売りというニュースもありましたが、結局のところ、親会社なしではその球団の経営が成り立たないというところに話が繋がります。

日本ではスポーツにはクリーンなイメージが求められて、「お金を稼ぐ」というとまだまだタブーなところもあると思います。
しかし、しっかりとスポーツで稼いでそれを還元していくことは、スポーツを産業として広げていく意味でも、すごく重要な視点だと思うのです。

いま、国としても、スポーツ産業を15兆円規模に広げたいという試算が出ています。
会計の専門家としては、より足元のところまで見てかないといけないのではないかということを課題として自分では思ってるところです。

編集部 海外の事例と比較されることも多いようですね。

奥村先生 同じスポーツで、日本とアメリカなどの海外を比較すると、スケールが全然違うことに気づきます。これは「稼ぐ力の違い」にあります。

例えば、 1990年代の頃は日本プロ野球と米メジャーリーグは同程度の収益規模でした。しかし、20数年経った今は7~8倍の差がついています。

同様に、サッカーも日本でJリーグが発足した1990年代当時は、イングランドプレミアリーグの収益規模とほぼ同じでした。しかし、今や6~7倍の差がついています。
報道されるレベルでも、選手の年俸情報を見ても全然違いますよね。

編集部 そんなに収益規模が違うのですね。

スポーツでどう稼ぐのか

奥村先生 では、その根本になる「スポーツで稼ぐ」とはどういうことかというと、他のビジネスと同様に、「きっちりと利益を生み出す」ということです。
そのためには会計や税務の知識がスポーツ団体にも根付いていく必要があると考えています。

先日、女子バスケットボールが東京オリンピックで銀メダルを獲得した一方で、日本バスケットボール協会は赤字だという報道がありました。
このように、大会で優勝したけど運営は赤字となると、次年度以降の予算は削らざるをえない…という話になってしまいます。

「お金を稼ぐ」というベースをきっちりと把握しておくことが、会計や税務の非常に重要な役割に繋がってくるのかなという気はします。

編集部 スポーツではどのような稼ぎがありますか。

奥村先生 収益源はよく四大収益と言われています。

「チケット収入」、「グッズ収入」、「スポンサー収入」、「放映権収入」ですね。
海外では、これに加えて、「移籍金ビジネス」があります。

ヨーロッパのサッカー界を見ると、1人の選手が移籍するのに何百億というお金が動いています。
なかなか日本だとそれだけ大きな金額が移籍で動くことはまだ難しいのかもしません。しかし、その移籍金で有望な選手を複数人雇って、育てて、という海外のモデルは参考になるのではないでしょうか。

日本の野球だと、最近少し制度が変わりましたが、ポスティングシステムで球団にお金が入ってくる仕組みがあります。
阪神タイガースで僕と同期入団の井川選手がニューヨークヤンキースに行った時も、総額でおそらく60億円くらいのお金が動いていると思います。

ダルビッシュ選手や大谷翔平選手が日本ハムファイターズからメジャーリーグへ移籍した時もお金が動いていて、親会社である日本ハムの収益に何十億という金額が計上されました。
企業の財務情報にインパクトを与えるほどの移籍金がビジネスとして動いています。

スポーツ事業においても、どこからお金を取るのかというそのチャンネルを増やしていく発想が求められていると思います。
特に額が大きいところでいえば、スポンサー収入や放映権収入になりますが、それらをビジネスとしてどう動かしていくかは重要な視点ですね。

阪神タイガース選手時代の奥村先生
(©︎日刊スポーツ)

スポーツビジネスならではの話

編集部 スポーツビジネスならではの会計処理や難しさはありますか。

奥村先生 会計処理自体は法令や会計基準に則るので、別のものが適用されてるということは基本的にはありません。
ただ、プロ野球チームは株式会社が運営しているケースが多いですが、体操協会やバスケ協会のようなスポーツ団体(中央競技団体)になると公益法人が運営しているケースが多いです。

そうすると、一般の企業会計ではなく公益法人会計が適用されるので、会計処理や決算書の作り方が違います。
なので、公会計の知識があると、スポーツ業界に関わりたい人はプラスになるケースは多いと思います。

あとは、スポーツに関わるものが対象なので、一般の企業にはないものが多いかもしれません。
特殊なものでいえば、野球場では芝生やネットは固定資産なのかとか、ゴルフ場のバンカーは固定資産で、芝生を埋めた場合は修繕費か、資産かという議論が出てくることはあります。

ゴルフ場の監査で現地調査をするとき、カートに乗ってコースを回って、「修繕費に上がっていた支出はここの芝生を修理したものですよ」と見せてもらうこともありますね。
なので、普段と全然違う裏側が見えるので面白いですよ。

他には、スポーツ庁や公的な団体から助成金を使って運営しているケースも多いです。
そうすると、その団体に助成金の収支報告を提出しないといけないので、慣れるまで最初は戸惑うことも意外とありましたね。

編集部 クライアント先のスポーツ団体とはどういったやりとりをされていますか。

奥村先生 今関わっているところは、立ち上がったばっかりの団体で、ほぼゼロベースから作り上げてる最中なので頻繁に訪問して、勘定科目や補助科目の設定からやっていますよ。
あとは、成熟した団体であれば、資料のやり取りと決算を見るというところもあります。

これは、一般のビジネスにおけるベンチャー企業の立ち上げや成熟した大手企業とのやり取りと感覚的には同じだと思いますね。

編集部 スポーツならではの勘定科目はありますか。

奥村先生 そうですね。普段は大して意識しませんが(笑)、たとえば選手人件費とか、移籍金、スポンサー料。あとは、野球ならリリーフカーとかですかね。

先日、友人の会計士と2人で横浜スタジアム(ハマスタ)へ野球を見に行ったのですが、ハマスタのリリーフカーが球場スポンサーである日産のリーフという車だったんですよね。
通常、リリーフカーは車両運搬具なのですが、もし仮にスポンサー契約の中にリリーフカーを提供するという条件が入っていたら、スポンサー料の1つなので資産計上ではなく収益計上されているのではないかとか、そんな話で盛り上がりました。

自分が投手だった頃は、「自分だったらこういう球を投げる」というような目線で普通に野球を見ていましたが、今は3割ぐらいしか野球を見ずにビジネス目線で見てしまうんですよ。

編集部 見方がガラッと変わったんですね!

スポーツの世界で専門家に求められていること

奥村先生 実は、スポーツ界は「現場サイド」と「ビジネスサイド」がセパレートしやすいです。
現場サイドはチームの勝利が優先。それは当然の視点ですが、そことビジネスの流れや繋がりをちゃんと見せる。そういう意味では会計がやはり重要な役割を担います。

中でも、スポーツ団体(中央競技団体)は競技力の向上に主眼が置かれることが多いです。そのため、助成金は大会運営や選手の強化合宿費用に使われることがほとんどです。
すると、自分たちの力で稼いで運営していくというよりも、助成金をいかに回すかのほうに意識が向きがちです。バックオフィス系の人手が足りなかったり、そもそも人を雇うお金の原資がなかったりします。

もちろん競技力を高めることはすごく重要なのですが、その一方で会計や税務の専門家が関わることでバックオフィスをうまくコントロールすることにも繋がるはずだと思っています。

編集部 他にも専門家に求められていることはありますか。

奥村先生 もう一つ、会計士の専門領域として、「ガバナンス体制を整える」という役割も求められています。
特に、スポーツ業界のクリーンなイメージを保つための保証業務を、会計士が担うことは今後ますます求められることでしょう。
また、女性活躍推進の流れから、女性役員を登用する動きが一般企業においてもありますが、スポーツ庁が公表している「スポーツ団体ガバナンスコード」でも触れられており、実は今、女性会計士が引く手数多です。

この業界は横のつながりが大事で評判が評判を生むので、私が今一緒に働いている女性会計士もさまざまなスポーツ団体からひっぱりだこの状態です。
なので、スポーツ好きな会計士の方は、どんどん手を挙げてほしいなと思います。

ただ、スポーツ団体はお金がないことが多いので、ポジションはあるけど、報酬の期待はあまりできません。
スポーツ団体の課題の一つとして、収益性が乏しいので見合った対価を払って専門家に依頼するということはなかなか難しいんですよね。
なので、善意に頼って、プロボノ的な形で関わってもらうことも多く、そのギャップはすごくあると思っています。

後編に続く)

<お話を伺った人>
奥村 武博(おくむら たけひろ)

公認会計士
岐阜県立土岐商業高等学校卒業。元阪神タイガース 投手(97年ドラフト6位)。
現在は、株式会社スポカチ代表取締役、一社)アスリートデュアルキャリア推進機構代表理事、税理士法人・株式会社office921 マネージャー、奥村武博公認会計士事務所所長、一社)日本障がい者サッカー連盟監事、公社)全国野球振興会(日本プロ野球OBクラブ)監事、一財)ロートこどもみらい財団監事、株式会社リアルスタイル監査役、日本公認会計士協会組織内会計士協議会広報委員、日本公認会計士協会東京会 会計普及委員などを務める。


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