MBA教員が推薦! ゴールデンウィークに自宅でじっくり読みたい本


新井康平

コロナ禍への対応,あらゆる業種でてんやわんやのご対応が続いていると推察される。かくいう大学業界もご多分に漏れず,この4月は通常期の3倍以上の講義準備,緊急会議などをこなすことになった。

このような対応が終わり,自宅勤務に慣れてきたタイミングで,ちょうど良くGWを迎えることになる方も多いのではないだろうか。自宅で過ごすGWとなると,映画,ゲーム,そして読書が選択肢にあがるだろう。

このエッセイでは,社会人院生を相手するMBA教員の視点から,企業内の経理・会計専門家へ向けて,GWに是非とも読んでほしい本を紹介する。

すぐに「役立たない」本を読もう

私の専門とする管理会計に限らず,会計学全般の実務書の特徴は,実務に対して有用,つまり「役に立つ」という特徴をもっている。実務的に使えない本は,なかなか手に取られにくいし,学術的にも価値が低いものが多い。

しかし,「長期的にみれば有用」,言い換えれば「すぐには役にたたない」が学術的に価値のある本はたくさんある。もっとも,このような本は,普段の煩雑な実務の中にいらっしゃる実務家にとっては,なかなか手に取ろうとはされないだろうと思われる。

「すぐに役には立たない,だが長期的に役に立つ」本を読むことの効用はなんだろうか。


最初にその点を整理しよう。
そのポイントは3点ある。

1点目は,体系的であることである。
書籍の構成においては,なんらかの「軸」が貫かれていることが多く,様々な論点が関連されて配置されている。この種の本を読むと,実務家にとっては,「あ,いまままで気がついていなかったけど,こんな問題があるんだな」,「この問題はAに関連する論点だと思っていたけど,実はBに関連しているんだな。Bに関する本を読んでみよう」みたいな,自分の興味関心を拡大させてくれるチャンスがあることだ。

2点目は,系統性があることである。
この種の本は,参考文献リストが充実していることが多い。「愚者は経験に学び,賢者は歴史に学ぶ」というのは,宰相ビスマルクのものだったか。
優れた本は,過去の議論を丹念に引用し,咀嚼し,それに自身の研究成果や経験を追加しているものが多い。自身の経験だけで書かれた書籍は,例えば最初に巨大企業を作った,などの経験でない限り,「すでに誰かが来た道」である場合が多い。
長期的に役立つ,骨太な知見を学ぶためには,文献自体がそのように過去の議論を踏まえたものであることが望ましい。

3点目は,低い可読性である。
簡単に言えば,この種の本は簡単に読めないものが多い。これは,すでに紹介した通りの体系的・系統的という特徴に由来するのだが,厳密な言い回しなどを行うために,ちょっと読みにくい場合がある。大事なことは1回しか言ってくれなかったり,「簡単に言えば・・・ということ」などの言い回しはほとんど用いられないので,ある程度,集中できる環境下で読み進める必要性が高い。

オススメの3冊

上記の視点から,実務家のタイプ別にオススメの書籍を紹介したい。

①タイプ1:会計システム全体像を把握する必要性がある

成長段階の企業で,会計システム全般の整備が必要という実務家にとっては,アルフレット・P・スローン・Jr.の『新訳・GMとともに』(有賀裕子訳・ダイヤモンド社刊)がオススメである。

スローンは,当時世界最大の自動車メーカーであるGMのトップを務めた人物だが,彼自身による自伝である。随所にGMが直面した問題,その解決策,といった議論が展開されており,すでに100年前の議論だが,同様の問題に直面している日本企業は多い。

100年前に解決した問題をいまだ解決できていないなら,参考になる部分は多いし,自身が巨大企業を会計システムなどを利用して成長させるプロセスを追体験できる点も評価が高い。

②タイプ2:原価計算に自信がない

仕事柄,「貴社の原価計算はどのようなものですか?」と尋ねることが多いが,自信をもって答えていただいたことが一度もない。

私自身,JR貨物の原価計算や,胃がん検診における胃カメラの実施にともなう標準原価などを仲間と算出したことがあるが,「こういう仮定をおけばよかったかな」など後からいろいろ考えることが多い。

そのような方々にオススメなのが,ジョンソンとキャプランによる『レレバンス・ロスト』(鳥居宏史訳・白桃書房刊)である。
そもそも原価計算がどのように発展したのか,どのような目的のために行われたのか,などが時代の変遷とともに整理されており秀逸である。

特に,原価計算の目的を「財務諸表作成目的のための棚卸資産の計算」,「長期的な製品の収益性を把握するための長期変動費原価計算」,「工程を管理するための配賦計算を排除したシンプルな原価計算」 の3点に区別し,整理したことが評価される。
多くの企業で,この3つの目的は混同されており,自社の原価計算の問題点を整理する際に有用になるだろう。

③タイプ3:会計情報を使って何が出来るかがわからない

会計情報を利用したマネジメントの実例集も,特に自社とは関係のない業界を含めて体系的に学んでおくことが有用だろう。その場合,櫻井通晴・伊藤和憲(編著)の『ケース管理会計』(中央経済社刊)がオススメである。

様々な企業の側面(例えば,組織間関係,顧客管理,人的資源管理,IT管理,病院,銀行など)で会計情報を利用したマネジメントの実例が紹介されている。
思わぬヒントが隠されているかもしれないので,是非とも,すべてのケースを読了していただきたいものである。

以上,とりあえず思いつくまま,個人的に価値があると思う3冊を挙げた。

ただ,このような骨太の本に取り組む余裕がない方もいらっしゃるかもしれない。
その場合,上記3点を網羅的に学べる吉田栄介・花王株式会社会計財務部門の『花王の経理パーソンになる』(中央経済社刊)もオススメである。
花王という一企業の議論であるという限界を意識して読めば,企業の中の会計の全体像を意識できるだろう。

【執筆者紹介】
新井康平(あらい・こうへい)
1981年愛知県豊橋市生まれ。2004年慶應義塾大学商学部卒業,2009年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了(博士(経営学)取得)。同年甲南大学助教,講師,2012年群馬大学大学社会情報学部講師,准教授,群馬大学学長特別補佐,2019年大阪府立大学大学院経営学研究科准教授。2011年から株式会社マネジオメトリクス代表取締役社長(2012年まで)。日本管理会計学会理事。『会計科学』編集委員長。
<論文など>
Journal of Accounting and Organizational Change, PLoS ONE, International journal of training and development, Journal of Workplace Learning,会計プログレス,原価計算研究,管理会計学,メルコ管理会計研究,會計などに論文多数。


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