
葛西一成@元上場企業経理部長(経理部IS)
【編集部より】
経理部に配属され、会計のことを勉強しないといけなくなったけど、仕事に直結する勉強法ってどうすればよいの? 担当することになった業務について知りたいとき、どのようにアプローチして、どんな本を読めばいい? そんな悩みを抱えている人もいるのではないでしょうか。
そこで、複数の上場企業で経理の実務経験のある、経理部ISこと葛西一成氏に、経理のための実践的な勉強法についてアドバイスをいただきます。ぜひ、スキルアップにお役立てください!(隔月掲載予定)
はじめに
前任者から引き継いだ仕訳を、毎年そのまま起票している。
概算で前払いした保険料が、いまどの科目にいくら残っているのかがよくわからない。
決算のたびに前払費用や立替金の残高が本当に正しいのか、精査しきれないまま翌期に持ち越している。
経理担当者の中には、こうした状況に心当たりのある方もいるのではないでしょうか。
前回は、労働保険の経理処理を理解するための準備段階として、制度の基本と申告書の内容をどう学べばよいかをお伝えしました。制度と保険料の計算方法が頭に入れば、いよいよ具体的な経理処理に進むことができます。
労働保険の経理処理には、税務上の明確な拠りどころがあります。法人税基本通達9-3-3「労働保険料の損金算入の時期等」です。ここでは、概算保険料のうち被保険者が負担すべき部分は「立替金等」とし、それ以外の部分は申告書を提出した日または納付した日の属する事業年度の損金に算入するとされています。あわせて、確定保険料に不足額が生じた場合の会社負担分の損金算入時期と、一定の場合に決算で未払計上できる取扱いも示されています。
ただし、この通達が主として定めているのは、税務上の損金算入時期と被保険者負担分の取扱いです。会計上どの科目を使い、月次でどのように費用を配分するかまでを規定しているわけではありません。だからこそ、同じ労働保険料でも、会社によって仕訳のしかたが変わってきます。断片的に仕訳だけを覚えても、実務に対応しきれない場面が少なくないのはこのためです。
私自身、転職して初めて別の会社の労働保険の仕訳を見たとき、前職とは異なる勘定科目が使われていて戸惑った経験があります。どちらかが間違っているのではないかとしばらく悩みましたが、その後、同じ制度でも複数の処理のしかたがあることを知り、企業ごとに管理上の工夫が異なるのだと整理できたことで、ようやく自社の処理を自分の言葉で説明できるようになりました。
今回は、労働保険の経理処理について、実務でよく見かける代表的な型を知り、そこから自社の処理の理解をどう深めていくかについて、私の実務経験を踏まえながらお伝えします。
労働保険の経理処理の理解が必要な場面
労働保険の経理処理が求められる場面は、経理パーソンのキャリアにおいて意外と多く訪れます。
年度更新(毎年6月~7月)の申告書を受け取り、概算保険料の納付仕訳を起票するとき。毎月の給与から控除された雇用保険料を、どの科目に振り替えるか判断するとき。毎月の労働保険料の費用計上を行うとき。決算で前払費用・立替金・預り金・未払費用といった残高を精査するとき。年度予算の策定において、労働保険料の予算額を算定するとき。担当業務の幅が広がるたびに、労働保険の経理処理を理解しておく必要性は高まっていきます。
労働保険の申告と納付そのものは人事・労務部門が主管していることも多いですが、それを会計帳簿に落とし込むのは経理の仕事です。経理担当者として「なぜこの科目に、この金額を計上するのか」を説明できなければ、正確な経理処理はできません。単に仕訳を起票するだけでなく、なぜその処理を行っているのかまで理解しておくことが求められます。
労働保険の経理処理を理解するための実践法
労働保険の経理処理を理解するには、いきなり自社の仕訳帳を眺めるのではなく、まず処理の「型」を掴んだうえで、自社の処理がどこに位置づけられるのかを確認していくことが重要です。具体的には、次の3つを順番に実践していきます。
● 労働保険の経理処理の「型」を知る
● 自社が採用している型の仕訳を追っていく
● 仕訳起票に必要な管理表の有無を確認する
それぞれ見ていきましょう。
労働保険の経理処理の「型」を知る
最初に取り組むべきは、労働保険の経理処理にはいくつかの代表的な型があり、自社の処理はそのいずれかに近い形をとっている、という前提を押さえることです。実務で見かけるものを整理すると、大きく次の4つに分けられます。
| 処理No | 処理方法 |
| ① | 法定福利費の科目のみを使用した簡易的な処理 |
| ② | 概算保険料の従業員負担分と事業主負担分を区別した処理(法人税基本通達に準拠) |
| ③ | 概算保険料を月額で費用計上する処理 |
| ④ | 実際の給与等の支給ベースの保険料を月額で費用計上する処理 |
※これは法令や会計基準が定める正式な分類ではなく、実務で見かける処理を「管理の細かさ」という観点から整理した代表例です。税務上の基本的な考え方は処理②であり、処理①は日常仕訳を簡略化した処理、処理③・④は月次管理を重視して費用を期間配分する処理、と捉えると各処理の位置づけが掴みやすくなります。
※なお、ここでは4つに区分していますが、実務ではこの4つから派生した各社独自の処理が数多く存在します。「自社の処理がどれにも当てはまらない」ということも珍しくありませんので、あくまで基本の仕訳の型として使ってください。
この型を頭に入れたうえで、次は自社ではどの型に近い処理を採用しているのかを追っていくことになります。
自社が採用している型の仕訳を追っていく
次は、会計システムから労働保険料に関する仕訳を洗い出し、一連の処理の流れを追っていきます。とはいえ、いきなり自社の処理を確認しようとしても、何を手掛かりにすればよいかがわからない、というのが実情ではないでしょうか。
理想は、労働保険の経理処理を解説した処理マニュアルがあり、それを読んで仕訳を理解することです。しかし実際の経理の現場では、そうしたマニュアルが整備されていることは少なく、あってもExcelの集計表が残っている程度、ということが多くあります。それだけでは、具体的にどのような仕訳が起票されているのかまでは読み取れません。
① 勘定科目内訳明細書から処理の当たりを付ける
処理の型を理解したくても手掛かりが掴めない、というときにおすすめなのが、勘定科目内訳明細書から処理を探るという方法です。どの企業も、勘定科目の詳細を管理するためにこの内訳明細を作成しているはずです。内訳明細には、金額ごとにその科目の取引内容や取引先が記載されています。
労働保険に関する処理で使われやすい前払費用、立替金、預り金、仮払金、未払費用といった科目の内訳明細から、「労働保険」「雇用保険」「労災保険」といったワードを検索し、どの科目が使われているのかに当たりを付けます。そのうえで、該当する勘定科目について会計システムの総勘定元帳を確認し、さらにドリルダウンして仕訳帳を見ていけば、実際にどのような仕訳が起票されているのかが見えてきます。
② 前提条件と仕訳ルールを言語化する
おおよその型が見えてきても、その段階ではまだ正確な処理までは理解できていません。そこで、拾い出した仕訳をもとに「おそらくこうなっているはずだ」という前提条件と仕訳ルールをまとめ、その内容を元にExcelで経理処理をシミュレーションしてみます。
ここでは、処理④(実際の給与等ベースの保険料を月額で費用計上する処理)を例に、そのシミュレーションのしかたを見ていきます。
●前提条件
・3月決算会社
・事業主負担…毎月の給与等に基づく実額ベースで計上
・労働者負担…毎月の給与等に基づく実額ベースで引去
・概算保険料は7月に一括納付
・一般拠出金は金額が僅少であるため、納付時に一括費用計上
・賞与の支給はなし
・保険料率
雇用保険 労働者負担 5/1000
雇用保険 事業主負担 8.5/1000
労災保険 事業主負担 3/1000
一般拠出金 事業主負担 0.02/1000
●仕訳ルール
| 取引 | 保険料負担 | 使用科目 |
| 概算保険料の支払い | 事業主負担 | 前払費用 |
| 概算保険料の支払い | 従業員負担 | 立替金 |
| 毎月の労働保険料引去(実額) | 従業員負担 | 預り金 |
| 毎月の費用計上(実額) | 事業主負担 | 法定福利費 |
| 毎月の費用計上の相手科目※ | 事業主負担 | 未払費用 |
※使用科目を前払費用とすると、4月~6月の期間に前払費用がマイナス残高となってしまうため、ここでは未払費用を使用しています。
なお、労働者負担分を給与から控除する場合は、概算保険料の労働者負担相当額を単純に月割りするのではなく、原則として賃金を支払う都度、その賃金額に応じて計算した被保険者負担額を控除します(労働保険徴収法第32条、同法施行規則第60条)。
前提条件を整理する際は、この点も自社の運用とあわせて確認しておきたいところです。
③ 4つのフェーズに区分して数値の動きを追う
前提条件が固まったら、1年間の処理を次の4つのフェーズに区分し、それぞれで起票されている仕訳を洗い出していきます。Excelで集計表を作成し、各科目の残高と数値の整合性を確認できる形にしておくのがポイントです。
●区分する4つの処理
1.前期精算、当期概算保険料の処理
2.毎月の処理
3.決算処理
4.当期精算、翌期概算保険料の処理
1.前期精算、当期概算保険料の処理

2.毎月の処理 (保険料計上 実額ベース)

2.毎月の処理 (保険料の事業主負担仕訳)

2.毎月の処理 (保険料の労働者負担仕訳)

3.決算処理 (確定保険料(給与等の支給ベース)と概算保険料の差額を集計)

3.決算処理 (労働者負担分の科目残高と相殺の仕訳)

3.決算処理 (事業主負担分の科目残高と相殺の仕訳)

4.当期精算、翌期概算保険料の処理

※図表はあくまで一例です。自社の給与支給額・保険料率・納付時期に置き換えて作成してください。
このように、4つに区分したフェーズごとに勘定科目とその数値の動きを表にまとめ、仕訳がどう起票されているかを整理していきます。ここまで整理できると、頭の中でモヤモヤしていた処理が、はっきりと見えるようになります。この作業は手間がかかりますが、一度自分の手で表を作っておけば、翌年以降の年度更新も決算も、格段に楽になります。
仕訳起票に必要な管理表の有無を確認する
ここまで見てきてわかるのは、労働保険の処理は勘定科目の使い分けや残高管理が必要で、非常に煩雑だということです。会計システムの画面を見ているだけでは、簡単に仕訳を起票できるものではありません。実際の現場では、この煩雑な作業を正確に行うために、別途Excel等で管理表を作成していることがほとんどです。
そこで、その管理表があるかどうかを、社内のファイルサーバーの保存先から確認します。存在が確認できたら、その管理表でどういった管理が行われているのか、その表からどうやって仕訳が起票されるのか、勘定科目の残高はどう管理されているのかを、ひとつずつ解き明かしていきます。
管理表と仕訳と残高が一本の線でつながったとき、初めて、実務としてどのように労働保険の処理が行われているのかの全体像が把握できるようになります。
●管理表例(労働保険に係る科目残高を一覧管理する表)

※各社の仕訳のしかたや管理軸によって、さまざまな様式の管理表が作成されています
次のステップ
ここまで述べた3つの実践法を通じて自社の処理を理解できれば、次のステップとして、より広い業務にも取り組めるようになります。
処理の「型」を理解していれば、他社の処理や前任者と異なる処理を見ても、どの型に近いのかを判断できます。自社の仕訳を追った経験があれば、決算時に前払費用・立替金・預り金・未払費用の残高が正しいかどうかを、自分で検証できます。管理表の中身を把握していれば、担当者の交代時にも処理を引き継ぎ、必要に応じて見直すことができます。
ここで一つ、実務で役立つポイントをお伝えします。自社の処理を把握できたと言えるためには、最低限、次の4点を確認しておきたいところです。
・どの仕訳の型を採用しているか
・経理処理を管理するための管理表はあるか
・一般拠出金はどのように処理されているか(金額が僅少なため納付時に一括費用計上とする会社もあれば、労働保険料と同様に期間配分する会社もあります。自社の扱いを必ず確認してください)
・税務調整が行われているか。行われている場合、その理由とどのような調整をしているか(法人税申告書の別表四、別表五(一)を確認します)
とくに最後の税務調整は、会計上の費用計上時期と、法人税基本通達9-3-3が定める損金算入時期がずれる場合に生じるものです。処理③や処理④のように月次で費用を期間配分している会社では、この論点が出てくることがあります。ここまで確認できるようになると、決算業務や税務申告の周辺にも携われるようになり、経理としての業務の幅が大きく広がります。
まとめ
労働保険の経理処理を理解するには、次の3つを順番に実践していくことが重要です。
まず、経理処理の「型」を知ること。実務で見かける4つの型を押さえ、自社の処理がどこに位置づけられるのか把握します。
次に、自社が採用している型の仕訳を追っていくこと。勘定科目内訳明細書から当たりを付け、前提条件と仕訳ルールを言語化し、1年間の処理を4つのフェーズに区分してExcelで数値の動きを整理します。
そして、仕訳起票に必要な管理表の有無を確認すること。管理表と仕訳と残高のつながりを解き明かし、実務の全体像を掴みます。
これらを理解した先には、決算での残高検証や税務調整の確認といった次のステップが待っています。労働保険の経理処理は煩雑ですが、まずは処理の「型」を起点に全体像を掴み、そこから自社の仕訳・管理表へと段階的に確認範囲を広げていくことで、着実に実務理解を深めることができます。
引き継いだ仕訳をそのまま起票することに不安を感じている方は、まず勘定科目内訳明細書を確認し、「労働保険」「雇用保険」「労災保険」というワードを検索するところから始めてみてください。そこが、自社の処理を理解するための、最初の一歩になります。
<執筆者紹介>
葛西一成@元上場企業経理部長
東証プライム・グロース上場2社で経理部長を経験後、独立開業。独立後は上場企業の決算業務支援、会計関連システムの開発導入サポート、経理実務セミナーや執筆活動に注力。
著書に『経理のExcelベーシックスキル』(中央経済社)、『組織を整え人材を活かす強い経理の作り方』(税務研究会出版局)、『ミス・ムダをなくす有価証券報告書作成の仕組み』(共著、中央経済社)がある。
株式会社IS経理事務所 https://www.is-keiri.com/
Xアカウント「経理部IS(@keiri_IS)」
【「経理のための実践的勉強法」バックナンバー】
第1回:スキルアップを目指そう!
第2回:前払費用の実務
第3回:賞与引当金の実務(前編)(中編)(後編)
第4回:固定資産実務をマスターするまでの道のり
第5回:固定資産の実務における基本的な理解(前編)(後編)
第6回:法人税等の計算スキルを身につける(前編)(後編)
第7回:税効果会計の勉強の進め方<基礎スキル>(前編)(後編)
第8回:税効果会計の勉強の進め方<実務スキル>(前編)(後編)
第9回:リスタートにあたってのイントロダクション
第10回:一人前の経理になるためのステップ事例(中小企業編)
第11回:一人前の経理になるための勉強ステップ事例【中堅・大企業編】
第12回:経理業務におけるタイムマネジメントのしかた
第13回:経理実務の勉強スケジュール
第14回:まともな引継ぎがない場合の経理実務キャッチアップ方法【前編】
第15回:まともな引継ぎがない場合の経理実務キャッチアップ方法 (中編)
第16回:まともな引継ぎがない場合の経理実務キャッチアップ方法 (後編)
第17回:『初めて使用する会計システム』操作理解の方法
第18回:人件費に関する経理実務の勉強法









