
鶴田李華(税理士)
【編集部より🖊税理士事務所や税理士法人での勤務や独立開業に関する情報は触れる機会が比較的多いですが、いわゆる企業内税理士の働き方はそれほど多くはないのではないでしょうか。そこで、本記事では、税理士法人と事業会社での勤務経験のある鶴田李華先生に、事業会社における経理の魅力についてご執筆をいただきました。
「天職」の定義は上書きされる
――税理士法人と事業会社、両方を知る私の選択
人生とは、つくづく予測できないものです。中国にいた頃の私は、自分が日本で税理士になり、ましてや事業会社の経理部でデスクを並べているなんて、夢にも思っていませんでした。
最初に足を踏み入れた税理士法人の世界は、刺激に満ちていました。「これぞ私の天職!」と本気で思ったものです。単なる記帳や申告書作成という「作業」にとどまらず、クライアントの懐に飛び込んで共に課題を解決していく。こちらが報酬をいただく立場でありながら、帰り際には「いつもありがとう」と温かい感謝の言葉をいただけるのですから、社会貢献の実感もひとしおでした。
(余談ですが、担当先の中に大変太っ腹な企業がありまして、往査のたびに高級ランチをご馳走してくださったことも、そこを「天職」だと確信した理由の一つであることは否定できませんけれど……!)
しかしある日、一足先に事業会社へ転職した元同僚から「事業会社の経理はいいよ!」と、事あるごとに熱烈なアプローチを受けました。「そこまで言うなら、一度その世界を覗いてみようかしら」――そんな気持ちで飛び込んでみたのです。
結果、どうなったと思いますか? 今、私は「事業会社の経理こそが、私の真の天職だ」と、過去の自分をあっさり上書きして、日々の業務を心から楽しんでいます。
税理士・科目合格者を必要とするのは、どんな会社か?
高度な税務知識と経験を必要とするフィールドは、事業会社の中にも確実に存在しますが、ここでは、税理士試験の受験生も一人のプロフェッショナルとして大いに活躍できる、一般的な「事業会社経理」のリアルをお話しします。
まず現実として、税理士や科目合格の資格があれば、どこの書類選考でも無双できるわけではありません。実は私、かつてある大手企業の「工場経理」に応募した際、「この資格をお持ちの方にとって、工場経理の業務はきっと物足りないと感じるはずです」という理由でお見送りになったことがあります。
この資格の勉強をしているというだけで、市場からは「非常に学習意欲とポテンシャルが高い人材」と見なされます。そのため、定型業務がメインの企業からは、逆に敬遠されてしまうこともあるのです。結果として、私たちを真に必要とし、その能力を存分に発揮させてくれるのは、必然的に大手企業や上場企業ということになります。
事業会社の経理は何をする? 税務「だけ」をやるのか?
超巨大企業であれば「税務専門チーム」が独立しているケースもありますが、一般的には、税務専門メンバーであってもローテーションで経理部内の様々なセクション(決算・予算・開示など)を兼務し、全方位的な経験を積むケースが主流です。
なぜなら、税務リスクや税務論点が単独で孤立して発生することは少なくて、実際には、会計基準の適用、予算編成、さらには法的な契約関係など、いろんな論点が複雑に絡み合った「複合体」として、私たちの前に現れます。
たとえば、「連結会計は少し苦手だな」と感じていたとしても、その複合的なチームに所属しているからこそ、多角的な視点で重大な税務リスクを察知できる、という局面が多々あります。全方位から問題を分析する視点こそが、事業会社では武器になるのです。
経理は「地味なデスクワーク」か? 驚くべきコミュニケーションの量
「決算期にPCに向かって黙々と数字を精査する」という地味な側面があるのは事実です。しかし、実態は事業会社の経理は、他部署や外部の専門家(監査法人や税理士など)と、凄まじい量のコミュニケーションを交わすポジションなのです。
新しい制度の導入、新規プロジェクトの立ち上げなど、会社が「変わる」瞬間、そこには必ず経理の存在が必要になります。私が不動産会社の経理部にいた頃は、社内に何十もの部署があり、複数のプロジェクトが同時に動いていました。そんな時期は、文字通り「一日中、会議室を転々とする日々」だったことも珍しくありません。
ここに、税理士法人での経験が鮮やかにリンクします。 税理士法人が「顧問先」と共に課題を解決するのに対し、事業会社では「他部署」と共に課題を解決します。社内の仲間から感謝され、会社のダイレクトな成長を支えること。それこそが、巡り巡って社会への貢献へと繋がっていくのです。
お客様と直接接する機会は少ないため一見スマートで静かに見える経理部ですが、実は「会社全体を俯瞰しながら、泥臭く活発に動き回る司令塔」なのです。
AI時代、経理の仕事はどうなる?
私が子供の頃、スマートフォンなんて想像もつきませんでしたが、今や生活インフラです。これからAIによって世界がどう変わるか、きっと私たちの想像を遥かに超えていくでしょう。
しかし、AIを論じる前に、現在の事業会社におけるIT進化のスピードは、一般的なイメージをすでに凌駕しています。これこそが、私が税理士法人から不動産会社へ転職したときに最も衝撃を受けた部分でした。
社内のあらゆる基幹システムが緻密に連携しており、各部署が現場で取引情報を入力するだけで、仕訳データと銀行振込データが自動生成されます。つまり、いわゆる「記帳作業」のほとんどは、システム間のデータ連携をコントロールすることに移行しています。
こうなると、会計基準や税法が改正された際、単に「会計・税務の処理方法を検討する」だけでは仕事は終わりません。「その検討結果を、いかに社内システムへ落とし込み、改修するか」というグランドデザインを描くことこそが、極めて重要な任務になります。
インボイス制度が導入された際、私は1年以上にわたり、ほぼ毎週のように社内、グループ会社、そしてシステムベンダーとの仕様打ち合わせに追われました。その時、確信したのです。「これからの経理は、半分システム屋(エンジニア)であるべきだ」と。
AIの時代が本格的に到来したとき、私は「仕事を食べられる」側には回りたくありません。高度な専門知識というタクトを振り、AIに良質な「餌(データとルール)」を与える側にいたい、そう強く思っています。
企業内税理士としてのキャリアアップ
税理士法人において「経営者になりたい税理士」と「勤務税理士として専門性を極めたい税理士」がいるように、一般企業でも「経営陣・管理職を目指すビジネスリーダーコース」と「高度なプロフェッショナルを目指す専門職コース」の選択肢が用意されているケースが増えています。
しかし、大前提としてお伝えしたいのは、「税理士の資格があるだけで、自動的に評価されるわけではない」という厳しい現実です。資格のバッジだけで無条件にチヤホヤされるのは、おそらく入社面接の時だけでしょう。
では、入社してしまえば資格は無意味なのか? ――いいえ、全く違います。 「税理士だからこそ」社内から大きな期待を寄せられ、難易度の高いミッションが回ってきます。その難問に必死で立ち向かい、時には税理士会の研修などをフル活用して知識をアップデートしながら、一つひとつ完遂していく。その結果として会社に貢献をもたらし、高評価を手にする。
この「期待→挑戦→成長→高評価」のポジティブな好循環に入れることこそが、資格を持つ者が事業会社で得られる最大の特権です。
一度きりのキャリア。 税理士法人という「外側」から支えるプロとして生きるか、事業会社という「内側」からエンジンを回すプロとして生きるか。もしあなたが後者の道に少しでも惹かれるなら、事業会社の経理という大海原へ飛び込んでみませんか? そこには、あなたの「天職」を鮮やかに上書きする、エキサイティングな挑戦が待っています。
【プロフィール】
鶴田 李華
税理士・宅地建物取引士
中国出身。中国の理系大学を卒業後、会計とは全く無縁の職種を経験。2012年の来日を機に、日本での就職を目指して一念発起し、自身の強みである「数字への強さ」を活かせる簿記の学習を開始。知識ゼロの完全未経験から、わずか半年間で日商簿記1級に一発合格。その後は税理士法人、不動産会社の経理部にて実務経験を積みながら勉強を続け、税理士登録。現在は金融系企業の経理財務部に所属。











