【経済ニュースを読み解く会計】流行か実質か-「企業価値」をめぐる管理会計のあり方<後編>


【編集部より】
話題になっている経済ニュースに関連する論点が、税理士試験・公認会計士試験などの国家試験で出題されることもあります。でも、受験勉強では会計の視点から経済ニュースを読み解く機会はなかなかありませんよね。
そこで、本企画では、新聞やテレビ等で取り上げられている最近の「経済ニュース」を、大学で教鞭を執る新進気鋭の学者に会計・財務の面から2回にわたり解説していただきます(執筆者はリレー形式・不定期連載)。会計が役立つことに改めて気づいたり、新しい発見があるかもしれません♪ ぜひ、肩の力を抜いて読んでください!

桝谷奎太(慶應義塾大学商学部・准教授)

VBM洗練度のおさらい

前編の最後に紹介した「VBM洗練度(sophistication of value-based management)」という概念をおさらいしましょう。

上場企業は、企業価値や資本コストを意識した経営をおこなうよう要請されてきています。その対応として、価値ベースの業績指標、すなわち、資本コストを計算構造に含んだり、資本コストと比較可能であったりする業績指標(ROIC、EVAなど)を採用する動きが上場企業で見られます。

重要なのは、そうした指標の採用有無ではなく、採用の度合いです。すなわち、目標設定や業績評価に用いていたり、行動計画を策定していたりすることが重要という考えです。こうした採用の度合いを説明するのが、VBM洗練度という概念でした。代表的研究であるBurkert and Lueg(2013)は、以下の表のように整理しています。

表:代表的研究におけるVBM洗練度の次元(前編より抜粋)

後編で取り上げるVBM洗練度と実務の関係

後編では、「VBM洗練度はいかにして高まるのか」について学術研究を確認してみます。

東証『資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について[1]』には、売上・利益だけでなく、資本コストや資本収益性を意識した経営を「経営層が主体となって」実践するという言葉があります。この資料から推察できるのは、トップ・マネジメントが主体となってVBM洗練度を高めるという姿です。学術研究も、そうした姿を想定してきました。

大胆に要約すれば、ヒエラルキーの活用がVBM洗練度を高める可能性です。この可能性について、実証的な証拠が蓄積されてきています。

トップ・マネジメントの特性

Burkert and Lueg(2013)は、トップ・マネジメントをCEO(最高経営責任者)とCFO(最高財務責任者)に区分し、彼らの教育背景や在任期間といった特性がVBM洗練度(表)におよぼす影響について、ドイツ企業から収集したデータで検証しています。その結果、CEOというよりもCFOの特性がVBM洗練度に関連することがわかりました。


仮説では、次のような論理が提出されています。ビジネス関連(経営学など)の教育背景を持つCFOほど、ビジネスの言語に精通し、企業価値創造の目的・概念を理解している。在任期間が短いほど、新しい視点や知識を持ち込み、変化を推進する意欲が高い。結果として、VBM洗練度は上がりやすい。VBMは会計や財務との関連性が深いので、CEOよりもCFOのほうが強い影響力を持つという論理です。

集権的な組織構造

もう1つ研究を紹介します。

Nowotny et al.(2022)は、集権がVBM洗練度におよぼす影響について、オーストリア、ドイツ、スイスの大規模企業から収集したデータで検証しています。ここで集権は、意思決定権限が組織の上層に集中する程度と定義されます。組織の上層で意思決定が決まる場合には集権的で、下層にも意思決定権限が分散している場合には分権的です。VBM洗練度は、Burkert and Lueg(2013)の概念に基づきます。

分析の結果、次の2つの発見が得られました。

第1に、集権とVBM洗練度との正の関連です。この分析結果は、意思決定権限が組織の上層に集中するほど、VBMの高度化を強制的に推進しやすくなる可能性を示唆しています。

第2に、VBM洗練度の次元ごとに分析した結果、集権とマインドセット次元との関連に統計的有意性は見られませんでした。この結果は、集権はVBM洗練度を高める傾向にあるものの、価値創造のマインドセットを浸透させるほど万全ではない可能性を示唆しています。

おわりに

これら2つの実証研究に通底するのは、ヒエラルキーを活用することでVBM洗練度は上がりやすいという想定です。ここでは深入りしませんが、管理会計システムの導入・変更の成功要因を明らかにしようとする研究も、トップ・マネジメントのサポートを獲得することが、「一丁目一番地」と言えるほど重要であることを明らかにしてきました。ですので、そうした想定は妥当である可能性が高いでしょう。

ただ一方で、Nowotny et al.(2022)が、「集権→マインドセット」の正の影響を確認できなかったように、ヒエラルキーの活用が万全ではないことも認識しておくべきかもしれません。

最後に少しだけ、私のことを話させてください。

私は2021年頃からVBMに関心を持ち、複数の日本企業を対象としたフィールド調査を実施してきました。現在は、「価値ベースの業績指標を管理会計の中核に据えるべきと先行研究は想定するが本当にそうなのか」や「現場が強い日本企業という文脈でも、ヒエラルキー一辺倒で良いのか」といったことを考えています。

本コラムでは、価値ベースの業績指標の採用度合いが高いことが望ましいという前提で議論を進めましたが、この前提が妥当なのかは必ずしも明らかではありません。また、海外企業を対象とした研究成果が、文脈の異なる日本企業にあてはまるかどうかも定かではありません。

学者という価値中立的な立場を活かし、日本企業の文脈に即した「企業価値×管理会計」のあり方を解明したいと私は思っています。

【参考文献】

Burkert、 M.、 Lueg、 R.、 2013. Differences in the sophistication of value-based management: The role of top executives. Management Accounting Research. 24(1)、 3–22.
Nowotny、 S.、 Hirsch、 B.、 Nitzl、 C.、 2022. The influence of organizational structure on value-based management sophistication. Management Accounting Research. 100797.


[1] https://www.jpx.co.jp/news/1020/cg27su000000427f-att/cg27su00000042a2.pdf

<執筆者紹介>
桝谷奎太(ますや・けいた)
慶應義塾大学商学部准教授 博士(商学)
1992年生まれ。慶應義塾大学大学院商学研究科後期博士課程修了。高千穂大学商学部助教、准教授を経て、2025年4月より現職。
現在は、「企業価値創造」や「二兎を追う経営」に資する管理会計のあり方を解明すべく、フィールド調査や実務介入型の調査、定量的調査に取り組んでいる。主な著書・論文に、『花王の経理パーソンになる』(共著、中央経済社)、”Multidimensional performance evaluation styles: Budget rigidity and discretionary adjustments” Pacific Accounting Review(共著)などがある。


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