【連載・第8回】伝わる!ピッチデックの作成ガイド~収益モデル


大野修平(公認会計士・税理士)

【編集部より】
ますます注目が増すスタートアップ企業。資金調達、マーケティング、人材採用など、ビジネスモデルを説明するさまざまな場面で、「伝わるピッチデックを作れるかどうか」がカギとなります。とはいえ、そもそもピッチデックとは何か? 事業計画書とはどう違うのか? ぼんやりしたイメージのままでは、よい資料には仕上がりません。
そこで本連載では、公認会計士として多くのスタートアップ企業をサポートし、ピッチデックの作り方についてもセミナーを行う大野修平先生(公認会計士・税理士)にその作成ノウハウを教えて頂きます。

<本連載バックナンバー>
第1回:「そもそもピッチデックとは?
第2回:「オーバービューの主要な構成要素
第3回:「環境セクション
第4回:「ペインとターゲット
第5回:「解決策と提供価値
第6回:「市場規模
第7回:「競合との優位性

スタートアップのピッチデックでは、「どのように収益を生み出し、どのような成長を見込めるか」を投資家やステークホルダーに伝えることが重要です。今回は、収益モデルセクションの作り方やポイント、そして実際のスタートアップを想定した例などを交えながら解説します。

収益モデルとは?

収益モデルは、「ビジネスがどのように収益を生み出し、どのような価格戦略を採用しているか」を示します。ピッチデックにおける収益モデルのセクションは投資家にとっては「このビジネスは経済的に持続可能なのか」「将来的にどのくらい成長できるのか」を判断する材料となります。

収益モデルセクションの主な構成要素

収益モデルセクションは以下のような要素を勘案して作成します。

1. マネタイズ方法
-どのようにお金を稼ぐのか(例:商品販売、サブスクリプション、広告収入、ライセンス料など)。

2. 価格戦略
-価格設定のアプローチとその理由(例:コストから設定された価格なのか、価値ベースの価格設定なのかなど)。

3. 販売予測
-短期・長期の販売目標や具体的な売上見込みについて。

4. 収益成長の機会
-将来的に探求できる追加の収益源や新市場の可能性について。

収益モデルセクション作成のヒント

上記のような要素を考慮し、実際に収益モデルセクションを作成する際には、以下の点に気を付けて、投資家に正しく伝わるように心がけます。

1. 明瞭かつ具体的に
-業界の専門用語をさけ、誰にとっても分かりやすい言葉を使い、構造をシンプルにまとめます。

2. データと予測の活用
-実際の販売データや市場調査を根拠に、具体的な数値を提示します。根拠がある数字は投資家の信頼を得やすいです。

3. 価格設定の理由
-コスト構造や顧客が感じる価値などを踏まえ、なぜその価格設定なのかを説明します。

4. 競合との比較
-自社の価格設定やマネタイズ方法の優位性・差別化ポイントを示すことで、収益獲得の説得力が増します。

5. ビジュアルの活用
-グラフやチャートを使い、収益モデルや販売予測を見やすく表現します。

テクノロジーを活用した新しい教育サービスのスタートアップの場合

ここまでの内容を踏まえ、「テクノロジーを活用した新しい教育サービスのスタートアップ」を例に収益モデルセクションの構成を考えてみます。

マネタイズ方法
月額サブスクリプションモデル
 学生や教師向けに、各種教育コンテンツへのアクセスを定額で提供。
プレミアムコンテンツの販売
 特別な教材や高度な学習プログラムを有料販売。

価格戦略
-競合他社との比較、コスト構造、市場での価値提供を基にした価格設定。
-学生や教育機関向けには、団体割引やカスタムプランを用意して販売拡大を狙う。

販売予測
-初年度ユーザー数や収益目標を具体的な数値で設定。
-中長期的には、新しい地域や国への展開や市場全体の成長に合わせた売上増加をシミュレーション。

成長機会
-新地域への進出による顧客基盤の拡大。
-VRやAI技術を使った新サービス開発で追加収益源を確保。
-他企業との提携(教育関連企業・テクノロジー企業など)による新しい収益チャネルの開拓。
-プラットフォームデータの分析やマーケットインサイトを外部に提供するBtoBサービスなど。

どのように稼ぐか?──ビジネスモデルと価格戦略の考え方

薄利多売モデルと高付加価値モデル

ビジネスモデルは大きく分ければ「薄利多売モデル」と「高付加価値モデル」に行き着きます。

(もちろん、高付加価値のものを大量に売ることも可能だと思いますが、それはもはやビジネスモデルや戦略ではなく、企業努力の話です)

薄利多売モデル
-価格に敏感な顧客をターゲットに、大量に販売して利益を確保します。
-特に製造業など設備投資が大きな場合には、稼働率を上げて製造単価を下げる「大量販売」が適しているといえます。
-供給量を増やしやすい(十分な需要があり、製造や在庫、配送コストなどのスケールが効きやすい)場合にも有効です。

高付加価値モデル
-差別化戦略により、他社にはない強みや独自の価値を提供し、高単価で収益を上げます。
-これまで、経営資源に限りがあり大量生産・大量販売が難しいスタートアップにおいては、高付加価値モデルが採用されるケースが多かったのですが、SaaSの登場によりスタートアップであっても薄利多売モデルを採用する企業が増えています。
-ネットワーク外部性があるサービス(利用者が増えるほど価値が上がるサービス)の場合、最初は安価でシェアを拡大して、後から徐々に高付加価値モデルに移行することも多いです。

様々なマネタイズ方法

マネタイズ、つまりお金の受け取り方にも様々な方法があり、商品・サービスやターゲット、提供する価値にフィットしたマネタイズ方法を選択することが、ビジネスの成長には大きな影響を与えます。

以下に、代表的なマネタイズ方法を列挙します。

1. 購入対価
-いわゆる「単発の売り切り型」です。商品・サービスの提供と同時に対価を得る方式です。

2. 定額課金・サブスクリプションモデル
-定期的に安定した収益を得られます。成功報酬や従量課金と組み合わせることも可能でしょう。

3. 成功報酬や歩合
-クライアントと利害を一致させ、成果に応じて報酬を得るモデルです。

4. 従量課金
-使った分だけ支払う方式です。最初のハードルを下げるため、高額商品や使用頻度が分からないサービスとの相性がよいと言えます。

5. 三者間市場(広告モデルなど)
-ユーザーではなく、広告主など第三者から収益を得る方式です。支払余力のある企業から対価を受け取ります。
-子供向けサービスの対価を親が負担する場合も、広い意味で三者間市場に含まれます。

6. ポートフォリオ全体で回収
-メイン商品で利益を取らず、関連商品やサポート、消耗品で収益を得る方式です。「損して得取れ」の考え方といえます。

7. ロングテール
-実店舗を持たず、オンラインのみで販売することで、販売と在庫のコストが下がるため、多種多様な商品を扱うことで細かい売上を積み上げます。

8. フリーミアム
-当初は基本機能を無料で提供し、ユーザー数が拡大した後に、有料プラン(プレミアム機能)へのアップセルで収益を得る方式です。

より大きな利益を生み出すには

競合他社と比べ、より大きな利益を持続的に生み出すためには、いくつかの経済理論が知られています。

規模の経済性
-生産量が増えるほど、固定費を薄められ、1ユニットあたりのコストが下がります。
-大量調達による仕入れ交渉力の向上、ボリュームディスカウントの恩恵がその要因です。
-ある程度の規模がないと逆に非効率になりやすいです。
-時間軸を考慮すれば「経験曲線」として知られているコスト低下にもつながる概念です。

範囲の経済性
-複数の製品・サービスで設備・技術・販売チャネル・管理構造などを共有することでコストを低減します。
-関連事業を展開することで、顧客にクロスセルが可能になり、顧客単価や顧客の生涯価値の向上することができます。

密度の経済性
-特定エリアに顧客・企業が集中していることで、移動コストや管理コストを削減できます。
-企業が集積すると、情報交換が活発になり、相乗効果や効率化などの副次的メリットも期待できます。

シナジー効果
-事業間でデータ、ターゲット、チャネル、設備、研究開発などを共有することで1+1を2ではなく、3以上にする効果のことをいいます。
-ただし、すり合わせのための追加コストが発生したりや責任の所在が不明確になるリスクもあるため注意が必要です。

ネットワーク外部性
-SNSやプラットフォームビジネスなど、利用者が増えるほどサービスの価値が高まる効果のことです。
-先行者優位を確立し、ユーザーが離脱しづらいスイッチングコストを形成することで、より大きな利益獲得を達成できます。

まとめ

いかがだったでしょうか。
収益モデルはピッチデックにおいても投資家の興味が非常に高いセクションと言えます。投資家が「このビジネスは確かに収益性が高く、成長していける」と納得できるよう、経済理論も活用しながら根拠のあるデータと明確なストーリーを盛り込み、魅力的にまとめていくことが重要です。

<執筆者紹介>

大野修平(おおの・しゅうへい)
公認会計士・税理士
セブンセンス税理士法人 ディレクター 大学卒業後、有限責任監査法人トーマツへ入所。金融インダストリーグループにて、主に銀行、証券、保険会社の監査に従事。
トーマツ退所後は、資金調達支援、資本政策策定支援、補助金申請支援などで多数の支援経験を持つ。
また、スタートアップ企業の育成・支援にも力をいれており、各種アクセラレーションプログラムでのメンタリングや講義、ピッチイベントでの審査員および協賛などにも精力的に関わっている。
さらに、セブンセンス税理士法人が運営する『セブンセンスビズマガジン(https://consulting.seventh-sense.co.jp)』では、ビジネスに関する様々な情報を発信し、中小企業やスタートアップのお悩み解決にも力を入れている。


関連記事

ページ上部へ戻る