諸角 崇順(かえるの簿記論・財務諸表論講師)
【編集部より】
2024年8月6日(火)〜8日(木)の3日間にわたり、令和6年度(第74回)税理士試験が実施されました。
そこで、本企画では、「簿記論」・「財務諸表論」・「法人税法」・「相続税法」・「消費税法」について、各科目に精通した実務家・講師の方々に本試験の分析と今後の学習アドバイスをご執筆いただきました(掲載順不同)。ぜひ参考にしてください!
受験生の皆さん、コロナの再流行、パリオリンピック開催など、幾多の困難や誘惑を乗り越えての受験、本当にお疲れさまでした。
本試験直後はSNSに怨嗟の声があふれかえっていた気がしますが、少し時間が経った今なら冷静に本試験問題と向き合える頃かと思います。よかったら、私と一緒に今年の本試験問題を振り返ってみてください。
全体的な感想
全体的な感想としては、近年まれに見る良問だったと思います。こう書くと、多くの受験生からお叱りを受けそうですが、皆さんが悪問と思った主な原因は「理論の社債発行差金」と「計算のボリューム」だったのではないでしょうか。
それでは、皆さんが悪問だと思った原因2つについて、「実は悪問でも何でもなかった」ということを説明していきましょう。
まず、大前提として、皆さんが受験した試験は税理士試験です。この税理士試験は性格的には公務員試験のような職業選抜試験に近いものです。
そのため、いわゆる「地頭の良さ(素養)」が求められます。一般的に職業選抜試験の性格が濃い試験は試験時間がタイトであることが多く、問題の取捨選択能力も試験委員に見られています。
公務員試験の問題を見たことはありますか。数的処理などのように、一見すると「公務員と何が関係あるんだ?」と思う科目がありますが、それは「地頭の良さ(素養)」を測られているのです。
一方で、たとえば日商簿記検定で「圧倒的に時間が足りなかった」ということはあまりないですよね。なぜなら、日商簿記検定は認定試験の性格が濃いからです。
皆さんが税務のプロである税理士に申告のお手伝いを依頼した際、その税理士が不要な資料まで用意するように言ってきたらどう思うでしょうか。
「仕事のできない人だなぁ。資料をそろえるのだって、役所に行ったり手数料を払ったり、いろいろあるのに!」
こんなふうに思うでしょう。
依頼者からの相談に真摯に耳を傾け、依頼者(何かに困っている人は、大抵いろんなことに話が飛びやすく、核心がつかみにくい)の当を得ない相談話の中から、必要となる情報のみをピックアップし、そして、必要最小限かつ最高の解決策を提示していく。これが税理士の仕事です。
皆さんがなろうと思っている税理士は、このような税務の素人の方から寄せられる相談事の中から、本当に必要な情報のみを見つけ出し、その相談事を解決しているのです。
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「社債発行差金なんて習ってない!!」
「あんな量の計算問題90分かけても解ききれない!!」
試験委員の方々は皆さんに「100点取れ」とおっしゃいましたか?
「60点で合格だよ」と仰っているわけです。ということは、40点分は捨ててよいわけですよね。
私が受験した年の財務諸表論も今年の本試験に似ていました。その形式は、以下のとおりでした。
〔第一問〕 オーソドックスな問題
〔第二問〕 何が問われているのかすら全く理解できない問題
〔第三問〕 過去イチで簡単な問題だったが全部解答するには100分は必要と思える量の問題
資格学校に通う方は、試験開始後、最初の5分で「戦略(問題文全体を素読みし、解答順序の確立および時間配分を決定すること)」を練って、その戦略に沿って解答するよう指導されたと思います。当時の私もそうでした。そこで、受験生であった私はどう戦略を立てたでしょうか。
解答順序と時間配分を〔第一問〕20分→〔第三問〕90分→〔第二問〕5分と決めました。
結果、〔第一問〕は約24点、〔第二問〕は約3点、そして〔第三問〕は約44点でした(「約」と付けてあるのは、もちろん実際の採点結果がわからないので、資格学校の予想配点によるからです)。
この年のボーダーは約40点でした。計算だけでボーダーを超えたので、安心して合格発表を待つことができたのですが、実は、本試験1ヵ月前の全国模試ではC判定だったのです。下から数えたほうが早いにもかかわらず、合格できたのはこの戦略がうまくはまったからです。
この年、成績優秀者は〔第二問〕をプライドにかけて解きにかかったようです。しかし、私は「未学習論点である以上、書いても正解にたどり着ける確率は低いし、なにより時間をロスしてしまう。50分かけても書けない理論は5分で書いても得点は同じ」と考えました。
もし〔第三問〕が量的に少なめであれば、もっと〔第二問〕に時間を割いたでしょうが、〔第三問〕を見たときに「めっちゃカンタンやん! これは計算勝負だ!」と判断しました。時間さえかければ、満点を狙えるレベルだったからです。
〔第二問〕なんて、穴埋め問題の1ヵ所を埋めただけで、あとは白紙。
でも、そんなの関係ありません。全体でボーダーを超えればよいのですから。
悪問と思った原因①:「理論の社債発行差金」について
さて、前振りが長くなりしましたね。本題に入りましょう。
まずは、今回の〔第二問〕社債発行差金について。この原稿を執筆するにあたり、資格学校の本試験講評動画等も拝見しました。
その中で、社債発行差金に関しては、「受験生でこの問題書けた人いるのかな」「受験生は社債発行差金とか知ってるのかな」と話されていました。
この言葉は主語が「受験生」です。なので、この本来の意味は「受験生でこの問題書けた人いるのかな(でも、講師である私たちは書けるけどね)」「受験生は社債発行差金とか知ってるのかな(けど、講師である私たちは知ってるけどね)」となるのです。
ただし、誤解されないように、これは決してイヤミではなく「会計学を広く学んでいる人にとっては書ける問題なんだよね」という意味なのです。
実際、私もこの社債発行差金の問題、フツーに書けます(まぁ、社債発行差金が現役バリバリのときに受験生をしていたので当たり前といえば当たり前なのですが)。
悪問と思った原因②:「計算のボリューム」について
次は、計算の量に関して。自己採点を終えた方はおわかりかと思いますが、メンテナンスサービスの売上原価(資産除去債務も、かな)以外は得点できるはずです(もちろん、時間に余裕があればですが)。
決して難しい問題ではなく、きちんと勉強している受験生が時間無制限で挑んだら40点近くはとるでしょう。
結論:なぜ近年まれに見る良問だったか
なぜ、近年まれに見る良問だったと言えるのでしょうか。
それは、2種類の受験生にきちんと向き合ってくださっていたからです。
①アカデミックな受験生の戦略
大学や大学院で専門的に会計学を学ぶ受験生、ここでは勝手にアカデミックな受験生と呼びましょう。
このアカデミックな受験生は、「〔第一問〕20分 →〔第三問〕70分 →〔第二問〕25分」の戦略で解答し、〔第一問〕・〔第二問〕の理論で35点、〔第三問〕の計算で25点をとることで合格を勝ち取れたかなと思います。
もちろん、〔第三問〕は少しでも難しいor時間かかりそうと感じたところは全飛ばしです。
②いわゆる典型的な受験生の戦略
大学や大学院で専門的に会計学を学んでおらず、独学もしくは資格学校の要領よくまとめられたカリキュラムで財務諸表論を学習している受験生。
このタイプの受験生は、「〔第一問〕15分 →〔第三問〕90分 →〔第二問〕10分」の戦略で解答し、〔第一問〕・〔第二問〕の理論で25点、〔第三問〕の計算で35点をとることで合格を勝ち取れたかなと思います。
もちろん、社債発行差金は全飛ばしです。
つまり、試験委員の方々は、どちらの受験生であっても、「戦略」さえ間違えなければ、言い換えると、税理士となったあとの「素養」を持っていれば、合格点に充分達することができる問題を出されていました。
過去には、資格学校に通う受験生が圧倒的に有利な問題、逆に、アカデミックな受験生が圧倒的に有利な問題という偏った出題もありました。しかし、今年は、どちらも勝ちへの道が用意されていたわけです。だから、良問なのです。
「税理士試験は、税理士となるのに必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的として行われます。」(税理士試験の概要|国税庁 (nta.go.jp))
皆さんが税理士となったとき、「あの先生、仕事できひんな」と言われないよう、受験生のときからセンス(戦略の立て方、素養)を磨いておく必要はありそうですね。
本当の悪問というのは、「個」で決まるのではなく「全体」で決まります。理論問題が二問とも記述量が多く、しかも平易な問題のため全て解答できてしまう+計算問題のボリュームが90分を超える。このような問題は、バランスが悪いという意味で「悪問」です。また、資格学校で取り扱う論点=良問ではありません。
対策や予想ができなかったのは(もちろん私も含め)資格学校の失態です。これはただひたすら本当に申し訳なく思っています。
ただ、資格学校で取り扱わなかった論点=悪問として片付けるのは、試験委員の方々に失礼な気がします。実際、私たち講師のように長年会計学に親しんでいる人は解答できるのですから。
個人的に、社債発行差金はしっかり考えさせる良問だったと思っています。ただ、いわゆる典型的な受験生の場合、合格のためには割り切って捨てる判断が必要ではありました。
来年、はじめて財務諸表論を受ける方へ
この時期にお話しても、まだピンとこないと思いますが、計算問題集などで総合問題を解く際は、問題集にある「標準解答時間」を修正テープで消し込んでください。あれが書いてあるから、受験生はまともな素読みができなくなるのです(ウチの学校の問題集にも書いてありますが(笑)、一度解いたら消してもらっています)。
総合計算問題をざっと(計算だけなので)2、3分で見渡して、「これは70分ぐらいかかりそう。税効果は捨てるか」と判断できる「素養」も身につけてほしいのです(理論問題でも取り組むとよいですが、計算に関しては必ず行ってください)。
本試験は「知識」だけで合格するのは至難の業ですよ。
ちょっと気になったこと
令和3年度本試験から、税理士試験委員の体制が大きく変わりました。それまでは、〔第一問〕を学者一人、〔第二問〕を学者一人で作成を担当されていると推察していましたが、試験委員の体制が変わってから、どうも〔第一問〕、〔第二問〕ともお二人ずつで担当されているような気がします。
もし、この仮定が当たっているとすると、理論の作問者は4名となり、会計の至る所から出題されることになるため、ヤマカケはほぼ意味をなさないことになるでしょう。自分勝手なヤマカケをせず、コツコツやった人から受かりそうですね。
【参考】「令和3年度税理士試験委員、発表!-税理士試験体制が大きく強化される 」会計人コースWeb
(後編「再チャレンジとなりそうな受験生へのアドバイス」につづく)
<執筆者紹介>
諸角 崇順(もろずみ・たかのぶ)
大学3年生の9月から税理士試験の学習を始め、23歳で大手資格学校にて財務諸表論の講師として教壇に立つ。その後、法人税法の講師も兼任。大手資格学校に17年間勤めた後、関西から福岡県へ。さらに、佐賀県唐津市に移住してセミリタイア生活をしていたが、さまざまなご縁に恵まれ、2020年から税理士試験の教育現場に復帰。現在は、質問・採点・添削も基本的に24時間以内の対応を心がける資格学校を個人で運営している。
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