【編集部から】
公認会計士試験合格後のキャリアとして真っ先に思いつくのは、監査法人への入所でしょう。中には、会計士の高い専門性から、ビジネス社会全体に活躍の場を広げ、「組織内会計士」というキャリアを選択する人も多くいます。
そこで、この対談企画では、ライフプランナーであり公認会計士の菊池諒介先生(プルデンシャル生命保険株式会社:写真右)をコーディネータとし、公認会計士資格と様々なキャリアとの親和性や多様性などについて語っていただきます。
第5回のゲストは、暗号資産取引サービスを提供するコインチェック株式会社常務執行役員CFO 兼 CROの竹ケ原圭吾氏(写真左)です。
<全3回>
第1回:暗号資産業界で活躍する公認会計士
第2回:公認会計士を目指したきっかけ
最終回:公認会計士×CFOの魅力と強み
暗号資産業界で活躍する公認会計士
菊池 「組織内会計士のキャリア」をテーマに、監査法人や会計事務所とは異なるフィールドで活躍している方にお話を伺うこの企画、第5回は竹ケ原圭吾さんが勤めるコインチェック株式会社のオフィスにお邪魔しました。
竹ケ原さんとは長い付き合いになりますが、はじめてお会いしたきっかけは本企画2回目のゲスト・村上航一さん(株式会社Photosynth)の紹介でしたね。
竹ケ原さんは現在、コインチェック株式会社の常務執行役員CFO兼CROを務められていますが、どのようなお仕事をされているのでしょうか。
CFOは会計士のキャリアとして馴染み深い役職だと思いますが、CROについては馴染みのない方もいらっしゃると思うので詳しくお聞きしたいです。
竹ケ原 まず、CFO(Chief Financial Officer:最高財務責任者)は比較的イメージがつきやすいと思いますが、「会社のお金に関すること」を取りまとめる役割です。一方、CRO(Chief Risk Officer)はあまり聞きなれない言葉かもしれませんね。「最高リスク管理責任者」という役職で、CFOが「お金」を扱うとすれば、CROは「リスク」を扱うといえます。
コインチェックはお客様から暗号資産やお金を預かり、取引のプラットフォームを提供しています。今では、約180万人のお客様から3,000億円程(2023年4月末時点)お預かりしていますけれども、それにまつわるさまざまなリスクを管理する仕事がCROです。
菊池 どちらのポジションも公認会計士の資格や経験と相性がよさそうですね。入社当時からこの役職に就く予定だったのでしょうか。
竹ケ原 実は、コインチェックに転職した当時は、システム開発部の決算領域を担当するグループリーダーとしてジョインしました。どちらかというとシステム領域のほうで「アプリを開発したい」と思っていたので、エンジニアに転身しようかなと考えていました。
CFO・CROというポジションに就くことで、会計のフィールドにもう一度戻ってきたように見えるかもしれませんが、一応自分の中にはストーリーがあるんです。
菊池 なるほど、どのようなストーリーがあったのでしょうか。
竹ケ原 コインチェックはビットコインに代表される暗号資産の取引サービスを提供しています。大体、アプリを経由しており、全ての処理をほぼ自動で行います。基幹業務の8割以上が自動で完結します。
ChatGPTも登場して、自動化に勢いがつくように見られますが、こういった技術が私たちの業務を効率化することは、今後、指数関数的に高まっていくでしょう。
前職の監査法人ではIPO部門に所属していて、IT系のクライアントが多かったのですが、監査対象は「人」が関わる業務よりも、「自動化されたデータ」や「データ処理基盤」そのものになってきていると肌で感じていました。また、2016年頃から暗号資産の監査に携わることもあり、暗号資産の基盤となるブロックチェーンという技術の革新性にも惹かれました。
そうしてIT自体に興味が沸いて、縁あってコインチェックに転職し、エンジニアへの転身を志向していましたが、会社が必要としているものに合わせ、私自身の会計士として培ったスキルを発揮する場面が多くなり、今に至っています。
菊池 経理・財務体制をしっかり構築したいというニーズが貴社に生まれてきたのですね。
竹ケ原 当時、資金決済法の改正によって、暗号資産取引所として、はじめて会計監査を受けることになったのです。しかし、「ビットコインをどのように監査するのか」という先例がありませんでした。
前職では、IT専門家とブロックチェーンに特化したエンジニアと共に監査手法を確立させてきたので、私自身もそれまでの経験やナレッジが役に立ちました。
また、監査のプロセスで会社の全体像から個々の業務の両側面を知っているので、会社の意思決定にも肌感覚をもって臨みやすかったということもあります。
危機に感じた会社のポテンシャル
菊池 竹ケ原さんがコインチェックに移った決め手は何でしょうか。
竹ケ原 前職でIPO案件に多く携わる中で、自分自身も「いずれは事業会社で働きたくなるだろうな」ということは考えていました。前職ではコインチェックを担当していたのですが、業務が終了した少し後に、当時のCFOから声をかけてもらったことがきっかけです。コインチェックは創業者のテクノロジードリブンな思想が根付いていて、「何かを作り上げる」というスピードがとにかくずば抜けていました。メンバーも非常に優秀な方が多くて、また暗号資産業界そのものがすごく面白いなと感じたのです。
菊池 2018年に暗号資産のハッキング被害が発生しましたが、そのような大きな事件の直後に渦中の会社に移るというのはなかなか勇気のいる選択だと思います。監査人の立場でありながらも会社の魅力をしっかり感じられていたわけですね。
竹ケ原 事件当時、顧客への補償の方針、セキュリティの再構築、当局/メディア/警察等とのやりとりで社内は相当バタバタしている状態でした。まさに「戦時」といえる状況でしたが、できるだけ顧客に影響を与えずに事業を継続して行く、とまとまっていたように見えました。また顧問の弁護士の方、知人経由で急遽応援に駆けつけたITセキュリティの専門家も入り寝る間もなく対応していました。
前職の監査法人でも、当然ながら契約継続にあたって難しいジャッジが求められる状況でした。なかなか前例もない事なので、チームのパートナーはじめ判断に関わる方々は苦労されたと思います。
私は、当時は副主任の立場ながら、いてもたってもいられず当時のCEOに直談判しました。今振り返れば若気の至りですが、これからの経済に大きく影響を与えるかもしれない産業をリードする会社を見放すことは、監査法人のミッションに悖ると思ったんです。
菊池 それは熱いエピソードですね~! 当時の竹ケ原さんはシニアスタッフでしょうか。
竹ケ原 はい、シニアスタッフでした。当然、私が談判したことによって判断に影響を与えたとは思いませんが、私自身は心が動いた瞬間でした。談判の後日談として、代表から「現場に熱いヤツがいてよかった」とかけてもらった言葉はよく覚えています。
菊池 苦しい時に支えたいという人がたくさんいたから、今があるのですね。
竹ケ原 そうですね。周りの協力がなければ厳しかったかもしれません。これは実はコインチェック内部も同じで、大変な状況の中でも退職者は出なかったのです。
資産が流出した利用者へは、会社の自己資産で補填をしたのですが、その意思決定のスピードもはやかった。
そうした内部事情を知っていると、ニュースで映る情報とはやはり違っていて、メディアの取り上げ方に疑問を感じることはありました。
菊池 確かに、暗号資産のような新しい業界は特に、メディアの取り上げ方一つで世間からの印象はかなり変わってしまいますからね。退職者が出なかったというのは素敵なエピソードです。実際は周囲も含めて一致団結して乗り切ったということなのですね。
竹ケ原 メディアに振り回されずに堅実に事業を進めなければならないなと思いますね。特に、ブロックチェーンは通貨概念をアップデートする技術なので、いろいろな意見があるのは当然です。既存のシステムとのバランスをとりながら、お互いに補完して、よい社会が築ければよいのではないでしょうか。
産業の変化やダイナミズムを実感できる!
菊池 暗号資産のような新しい技術を扱う業界で、会計人材としてやりがいを感じるのはどんな点でしょうか。
竹ケ原 暗号資産に対する馴染みがない人が多いかもしれませんが、簡単に言えば、インターネット上で価値を定義できる“プログラマブルマネー”なのです。
今やスマホを使えばすぐにインターネットにつながり、リードオンリーだった情報がフェイスブックのように双方向に共有できる時代になりました。
ビットコインに代表される暗号資産は、インターネットのP2P(ピア・ツー・ピア)の通信環境でリアルタイムに更新される台帳を共有し、ブロックチェーンの技術により改ざんされることなく取引を行える仕組みを作ったのです。これは情報のインターネットに対して、価値のインターネットとも表現されるようになりました。つまり、特定の管理者がいないインターネットの世界にお金らしきものを定義したのです。その途端に、「税制や会計をどうするのか」「監査や内部統制をどうするか」という課題が浮上してきます。
これらに対応できる人が今は極端に少ないので、市場の需給バランスから見ればニーズが高くやりがいも感じられる業界です。
菊池 竹ケ原さんにはぜひ暗号資産業界の会計士の第一人者になっていただきたいです!
竹ケ原 最近、様々な業界においてDX化が進んでいますが、暗号資産業界はもっとも未来的な立ち位置にいるでしょう。会計士として、産業の変化やビジネス基盤の変化を肌で感じられる面白い業界だと思います。
昔からある産業の場合はすでに関わる専門家も多く、独自性を持ちづらいですが、この業界では新しいルールづくりがまだまだ必要で若手が活躍するチャンスが大いにあります。まだまだ仲間を募集中です。ぜひチャレンジしてほしいですね!
(つづく)
【対談者のプロフィール】
◆竹ケ原圭吾(たけがはら・けいご)
コインチェック株式会社常務執行役員CFO 兼 CRO
2012年、大学在学中に公認会計士試験合格。大学卒業後、有限責任監査法人トーマツに入社。幅広い業種の監査及び上場支援業務、財務DD等の関連業務に従事。その後、2018年11月にコインチェック株式会社入社。経理財務部門の責任者として、暗号資産交換業という新たな事業分野における会計の要件定義や内部統制構築等に加え、財務会計・管理会計・税務業務に従事する。その他、日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)において、税制検討部会の副部会長を務め、暗号資産に関連する自主規制の各種ルールメイキングにも関与する。2020年9月に執行役員、2022年6月に常務執行役員に就任。2023年4月より常務執行役員CFO(最高財務責任者)兼CRO(最高リスク管理責任者)。
◆菊池 諒介(きくち・りょうすけ)
プルデンシャル生命保険株式会社 東京第三支社
コンサルティング・ライフプランナー
公認会計士
1級ファイナンシャルプランニング技能士
2010年公認会計士試験合格。約3年間の会計事務所勤務を経て、「自身の関わる人・企業のお金の不安や問題を解消したい」という想いで2014年、プルデンシャル生命にライフプランナーとして入社。MDRT(下記参照)6年連続入会、2022年はCOT(Court of the Table)入会基準を達成。その他、社内コンテスト入賞や長期継続率特別表彰など、表彰多数。2016年より会計士の社会貢献活動を推進するNPO法人Accountability for Change理事に就任。公認会計士協会の活動として組織内会計士協議会広報専門委員も務める。趣味はフットサル、カクテル作り、カラオケなど。
MDRTとは
1927年に発足したMillion Dollar Round Table(MDRT)は、卓越した生命保険・金融プロフェッショナルの組織です。世界中の生命保険および金融サービスの専門家が所属するグローバルな独立した組織として、500社、70カ国で会員が活躍しています。MDRT会員は、卓越した専門知識、厳格な倫理的行動、優れた顧客サービスを提供しています。また、生命保険および金融サービス事業における最高水準として世界中で認知されています。
個人ページ:https://mylp.prudential.co.jp/lp/page/ryosuke.kikuchi
【バックナンバー】
ライフプランナー/会計士・菊池諒介、事務所経営者の素顔に迫る
File1:税理士法人ブラザシップ代表・松原 潤氏① ② ③(全3回)
File2:ユニヴィスグループ代表・森 陽平氏【前編】 【後編】
File3:RSM汐留パートナーズ株式会社代表取締役社長CEO・前川研吾氏&同税理士法人パートナー・長谷川祐哉氏① ② ③(全3回)
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