
梨井 俊(税理士)
【編集部より】
2026年8月4日(火)〜6日(木)の3日間にわたり、令和8年度(第76回)税理士試験が実施されました。
そこで、本企画では、「簿記論」・「財務諸表論」・「法人税法」・「相続税法」・「消費税法」について、各科目に精通した実務家・講師の方々に本試験の分析と今後の学習アドバイスをご執筆いただきました(掲載順不同)。ぜひ参考にしてください!
はじめに
まずは今年もみなさんお疲れさまでした。
試験を終えた直後、「解けなかった」というより、「わかっていたのに…」「早とちりしちゃった…」という感想になった方も少なくなかったのではないでしょうか。
第76回の相続税法は、見たこともない難問(無理難題)を並べて受験生をふるいにかける試験ではありませんでした。個々の論点を取り出せば、多くは一度は学習したことのあるものです。
大変でしたね
今回の試験を語るうえで、問題文そのものより先に触れておきたいのが答案用紙の枚数と構成です。多かったですね。
第一問が5ページ。第二問が10ページ。これに対して解答時間は正味2時間です。
理論の答案を丁寧に書けば、1ページあたり12分から14分程度はかかります。
第一問の5ページをすべて埋めようとすれば、それだけで60分から70分。残された時間で第二問10ページを処理することは、現実的ではありません。
少なくとも、すべての解答欄を丁寧に埋めることを前提とすると、時間内に処理することが極めて難しい構成でした。
このことを答案用紙が配られた時点で把握できたかどうかが、今回の最初の大きな分岐点だったと考えています。
答案用紙・問題用紙をめくって全体量を確認し、「これは全部を埋める試験ではない」と判断した受験生と、目の前の設問にガッと集中しに行って、順番に処理しにいった受験生とでは、終了時点での到達地点が大きく異なったはずです。
「解答力だけでなく、取捨選択の設計力が問われた試験」
これが今回の全体像だったと考えています。
理論
問1 低額譲渡
著しく低い価額の対価による土地の譲渡について、個人に譲渡した場合と同族会社(株式会社)に譲渡した場合の贈与税の課税関係を問うものでした。
近年頻出論点だった「持分の定めのない法人」の論点だと勘違いしていませんでしたか? 普通法人には贈与税が課されないため、株式価値の増加という間接的な利益に着目してその他の利益の享受についての課税を検討する必要があります。この論理の接続を答案上で示せたかどうかが、一つのポイントでした。
確実に押さえ、時間をかけすぎずに通過したい箇所でした。
問2 相続時精算課税
こちらで言及したいのは、配点と解答欄の大きさです。
問1と問2はいずれも25点ですが、問1の解答欄が2ページであるのに対し、問2には3ページ、81行が与えられていました。
結論だけを書いて終わるのではなく、複数の課税関係を条文に沿って展開することが求められた問題と考えられます。
相続を放棄した者であっても、相続時精算課税適用者であれば、いわゆる特定納税義務者として相続税の課税関係が生じます。さらに、特定納税義務者も生前贈与加算の対象者である旨が問われた形になります。
また、令和6年から適用が始まった相続時精算課税の基礎控除や生前贈与加算の加算対象期間の経過措置について、その後の相続税計算上どのように取り扱われるかも重要なポイントでした。数字で答えが出せるし、おそらく数字で答えを求められている問題なので、慎重にならざるを得ない状況でしたね。
さらに、災害により被害を受けた建物についての課税価格計算の特例も絡んでいました。「みんな一字一句は覚えていないだろうけど答案用紙の分量的に書かなきゃいけないだろう」と、対応に戸惑った方も多かったと思います。
知らない規定が一つ出てきたときに、そこで止まらず、知っている部分をしっかり得点に変えられたか。今回の理論では、この受験技術も問われたと考えています。「〇〇について説明しなさい」という問いが「贈与税の課税関係」と「相続税の課税価格」でしたが、しっかりとここに言及できていましたか? ご自身の答案を確認してみてください。
計算
第二問は、すべてを順番に処理するよりも、「どこから手をつけ、どこで切り上げるか」が得点を左右しました。いくつかピックアップします。
まず、相続人の確定です。
被相続人が生前に祖父母と普通養子縁組をしていたため、叔父が兄弟姉妹として相続人に加わる構造となっており、父母が先に亡くなっており、その代襲相続人としての地位と、本来の兄弟姉妹としての地位を一人が併せ持つ「二重資格」が生じています。兄弟姉妹の代襲相続が一代限りである点も判定に影響します。二重資格については、「同順位の血族相続人の法定相続分(民法)は均等」という基本の文言に立ち返る必要がありました。初見の出題形式でもあり、正解率は高くなかったと想定されます。
次に、取引相場のない株式の評価です。
答案用紙は4ページ。評価方式の判定、純資産価額、類似業種比準価額など、多くの処理が要求されました。
純資産価額だけを見ても、取得後3年以内の建物、生命保険金請求権、死亡退職金、弔慰金など複数の論点が重なっています。一つひとつの論点自体の難易度は決して高くないので限られた時間ではありますが、得点源にしたいところでした。
宅地評価も同様です。
容積率の異なる二以上の地域にわたる宅地、地積規模の大きな宅地、側方路線影響加算、家屋の共有持分に応じた貸家建付地と自用地の按分など、個々には学習済みの論点ではある、といえるでしょう。
逆に落としてはいけなかった部分としては、債務控除における墓地購入未払金、葬式費用における初七日法要費用や香典返戻費用、生命保険金・退職手当金の非課税、弔慰金の非課税枠、家庭用財産に含まれる仏壇の取扱いなどがあります。
いずれも基本的な論点で、判断に要する時間もそれほど長くありません。所要時間という観点では、非常に効率のよい領域です。
細かい論点のとりこぼしがなく、株式と宅地にも時間を確保できた受験生は、合格に近づいたと思います。
ボーダーラインについて
私感ですが、予備校の合格確実ラインとボーダーラインの間の点数を一つの基準として見てください。限られた試験時間の中ですべてを完答することが極めて難しい構成でした。したがって、「株式評価が最後までできなかった」「空欄が残ってしまった」という理由「だけ」で、合格可能性を悲観する必要はないと考えています。
第一問で自分の書ける範囲を条文とともに展開し、第二問では債務控除、葬式費用、非課税財産など終盤の基本論点を確保できていれば、十分に勝負のできる答案になっている可能性があります。
再挑戦される方へ
今回、思うような手応えが得られなかった方には、知識の不足だけでなく、時間配分や答案設計も含めて振り返っていただきたいと思います。
ひとつ厳しいことを言いますが「迷いも詰まりも読み飛ばしや早とちりも、実はすべて単なる実力不足」という気持ちはしっかり持ってください。
来年に向けて、二つお伝えします。
一つ目は、理論について「法律条文ではなく適用事由を意識すること」です。
先ほども言及しましたが、今回の理論問題の解答要求事項は、
・贈与税の課税関係(課税されるのか・されないのか)
・贈与で取得した財産についての相続税の課税価格 です。
数学でいう「公式は覚えているけど、どの公式を使えば答えが出る問題かわからない」では近年の本試験問題は解けなくなっています。
二つ目は、「答案用紙からの情報を読み取る訓練をすること」です。
試験開始直後に答案用紙全体をめくり、ページ数と解答欄の大きさを確認する。そして、「どこに何分使い、どこまで来たら切り上げるか」を決める。
これは知識の「学習」ではなく、本試験に向けた「訓練」です。
今回の答案を振り返るとき、「知らなかった論点」だけを拾うのではなく、「知っていたはずなのに得点にできなかった論点」にも目を向けてみてください。
・何を覚えるかだけではなく、何を書くか。
・何を解くかだけではなく、何を捨てるか。
第76回の相続税法は、その判断の重要性を強く感じさせる試験でした。今回の経験は、必ず次の答案に生かすことができます。
【執筆者紹介】
梨井 俊(なしい・しゅん)
税理士
大手専門学校で相続税法の講師を務めるかたわら、月次顧問を主な業務とする開業税理士。大学受験の学習塾で英語講師を8年間務めた経験から、学習法や覚える仕組みを資格試験の勉強にもあてはめ、活用法や座学と実務の違いなど、積極的に情報発信も行っている。











