『戦略的コストマネジメント』の著者・梶原武久先生にきく、ビジネスパーソンがみにつけるべき“コストリテラシー”とは!?


 2022年3月に梶原武久先生(神戸大学大学院教授)著『戦略的コストマネジメント』が刊行されました。
 本書は、単に知識を提供するにとどまらず、帯にもあるように「原価情報を意思決定に活かすための“コストリテラシー”を身につける」ことを主眼にしたテキストです。
 この“コストリテラシー”とはそもそもどのようなものか、そして本書をどのように読むことで身につくのか、著者の梶原先生にお話を伺いました。

“戦略的コストマネジメント”は何か?

―まず、本書の書名「戦略的コストマネジメント」とはどのようなものでしょうか?

 梶原 「戦略的コストマネジメント」という用語になじみのない方も多いと思います。本書では、「企業が持続的利益の獲得を目的として、企業戦略と整合的なコスト構造を構築し、そのもとで効果的・効率的に事業活動を行うために、原価情報を活用しながら、意図的に意思決定を行うこと」ととらえて解説しています。

 企業の重要な目的の1つは、事業活動を通じて長期的に十分な利益(持続的利益)を獲得することですよね。企業は、限られた資源を活用しながら事業活動を実施することで、持続的利益を獲得しなければなりません。そのためには、コストマネジメントを効果的に実施しなければなりません。

 ただし、世間一般にはコストマネジメントに対するイメージはあまりよくないですね。これは、多くの企業において実践されているコストマネジメントが、短期的な利益を達成することを目的として場当たり的に行われており、その結果、従業員のモチベーションの低下、品質や顧客満足度の低下、イノベーションの阻害などのさまざまな副作用をもたらしているからです。本書では、このようなコストマネジメントを伝統的コストマネジメントと呼び、戦略的コストマネジメントと区別しています。

 高業績企業の中には、一貫した方針に基づき、長期的な観点からコストマネジメント活動を実践し、持続的利益を実現している企業があります。これらの企業では、優れた戦略的コストマネジメントが実践されているのです。本書は、持続的利益を獲得するための戦略的コストマネジメントに関わる知識を体系化することで、日本企業における戦略的コストマネジメント能力の向上を試みています。

今もとめられる“コストリテラシー”とは?

―本書は“コストリテラシー”を身につけることを主眼に解説しているとありますが、そもそもコストリテラシーとはどのようなものでしょうか?

 梶原 原価計算や原価情報は、それ自体で自己完結するものではなく、組織内部におけるさまざまな意思決定に用いられることで、はじめて価値を生み出すものです。

 戦略的コストマネジメントの本質は、従業員一人ひとりが、自らの決定が将来の原価に及ぼす影響を注意深く見極めながら意思決定を行うことです。したがって、戦略的コストマネジメントを効果的に実践するには、「原価計算や原価情報に基づき意思決定を行うことによって価値を生み出すための知識や能力」というコストリテラシーを身につけることが求められるのです。

 「リテラシー」というと単なる知識や資格をイメージしがちですが、コストリテラシーは原価情報をいかに意思決定に活用しながら価値を生み出すのかといった実践的な能力のことをいう点がポイントですね。

 なお、コストリテラシーは上位の経営層や会計担当者、会計専門職の方々のみが身につければよいというわけではありません。限られた資源で事業活動を行うことによって、持続的利益を獲得するためには、高付加価値と低原価、製品多様性と低原価、イノベーションと低原価など本質的に矛盾する課題を、組織の叡智を結集しながら創造的に解決することが求められます。このとき重要な役割を果たすのが、職種に関わらず従業員一人ひとりが身につけたコストリテラシーです。一人ひとりの従業員によって習得されたコストリテラシーが、戦略的コストマネジメントの強力な推進力となるのです。

“コストリテラシー”はどう習得すればいい?

―コストリテラシーはどのようにすれば身につくでしょうか?

 梶原 現在大学や専門学校等では原価計算の手続きを学ぶことに主眼が置かれていますが、それだけではさまざまな意思決定を支援するために、どのように原価情報をカスタマイズすればよいのか、原価情報を活用しながらどのように価値を生み出せばよいのかなどを実践するには十分ではありません。

 現在大学や専門学校等で行われている教育は、原価計算をめぐるショートストーリーといえます。しかし、現実の原価計算には、ショートストーリーの後に、本編としてのロングストーリーがあるのです。実際の企業において、経営者や管理者は、原価情報をどのように活用し、どのような意思決定を行っているのか。経営者や管理者が質の高い意思決定を行うためには、どのような原価情報をどのように活用すればよいか。仮に、不正確で歪んだ原価情報が提供されるならば、経営者や管理者の意思決定、企業業績、競争力などにどのような悪影響が及ぶのか。本書は、原価計算に関わるロングストーリーを解説することで、コストリテラシーの向上を目指しています。

 本書は以下のような目次となっています。そして、第3章以降では、冒頭にケースが記載されており、その後テーマに関する標準的な内容を解説する構成となっています。

第1章   戦略的コストマネジメントへの招待
第2章 戦略的コストマネジメントの基本概念
第3章 個別原価計算
第4章 総合原価計算
第5章 ABC (Activity-based Costing)
第6章 原価配分
第7章 コストビヘイビアと原価関数の推定
第8章 意思決定と原価分析
第9章 長期的意思決定と資本予算
第10章 戦略的コストマネジメントと価値連鎖分析
第11章 CVP分析とコスト構造
第12章 標準原価計算と原価差異分析
第13章 原価改善
第14章 原価企画
第15章 ABM(Activity-based Management)

 コストリテラシーを身につけるには、次のように読み進めるとよいでしょう。

ステップ1:ケースに目を通す

 冒頭に示されたケースは、いずれも仮想の企業に関するものですが、実際にある企業から着想して記述されたもので、現在多くの日本企業が共通して直面している問題といえるでしょう。
 そこで、まずケースを熟読し、自らが当事者であったら、どのようにその問題を解決することができるかを考えてみましょう。

ステップ2:各章の内容を理解する

 次に、各章の本文で標準的な知識を身につけます。
 この内容は、初学者から大学院生、社会人学生まで、事前の知識や経験に応じて学ぶことができるものとなっており、またケースの解決策を検討するうえで、必要十分です。
 ケースで企業が直面する問題は、一見、原価計算やコストマネジメントとは関連のないようにも見えますが、各章で学ぶ内容と密接に関わっています。
 各章の内容を理解するだけでなく、各章の内容がケースの問題および現実のどのような問題と関わっているのかについて深く考えてみるとよいでしょう。

ステップ3:再びケースに戻る

 その後、もう一度ケースを読み、当事者となって問題の解決策を検討しましょう。
 ケースによっては、各章で学ぶ分析手法に基づき、実際に原価情報を作成したり、分析をしたりしなければならないものもあります。
 それらをふまえて、企業が直面している問題に対してどのような解決策を見いだせるのか検討することによって、原価計算や原価情報から価値を生み出す知識や能力としてのコストリテラシーを身につけることができるようになります。

 なお、本書には学習・実務に役立つ19のコラムが盛り込まれています。本文とともにこちらもぜひお読みいただきたい点ですね。

〇お話を伺った梶原先生のご紹介

梶原 武久(かじわら たけひさ)
神戸大学大学院経営学研究科教授 博士(経営学)神戸大学
1970年生まれ。1994年神戸大学経営学部卒業、1997年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程退学。1997年小樽商科大学商学部講師、1999年同助教授、2006年神戸大学大学院経営学研究科准教授を経て2013年より現職。
<主要著書・論文>
『品質コストの管理会計』中央経済社、2008年(日本原価計算研究学会文献賞・日本管理会計学会賞・日経品質管理文献賞受賞)
『管理会計研究のフロンティア』(共編著)、中央経済社、2010年
『管理会計入門(第2版)』(共著)、日経文庫、2017年
“Measuring the cost of individual disruptions in multistage manufacturing systems” Journal of Management Accounting Research, 28 (1),2016(共著)
“Cultural Challenges in Mitigating International Supply Chain Disruptions” IEEE Engineering Management Review, 46(1), 2018(共著)
“Value of new performance information in healthcare: evidence from Japan” International Journal of Health Economics and Management, 20, 2020(共著)

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