【連載・第9回】伝わる!ピッチデックの作成ガイド~チャネルとプロモーション
- 2025/3/19
- コラム

大野修平(公認会計士・税理士)
【編集部より】
ますます注目が増すスタートアップ企業。資金調達、マーケティング、人材採用など、ビジネスモデルを説明するさまざまな場面で、「伝わるピッチデックを作れるかどうか」がカギとなります。とはいえ、そもそもピッチデックとは何か? 事業計画書とはどう違うのか? ぼんやりしたイメージのままでは、よい資料には仕上がりません。
そこで本連載では、公認会計士として多くのスタートアップ企業をサポートし、ピッチデックの作り方についてもセミナーを行う大野修平先生(公認会計士・税理士)にその作成ノウハウを教えて頂きます。
<本連載バックナンバー>
第1回:「そもそもピッチデックとは?」
第2回:「オーバービューの主要な構成要素」
第3回:「環境セクション」
第4回:「ペインとターゲット」
第5回:「解決策と提供価値」
第6回:「市場規模」
第7回:「競合との優位性」
スタートアップのピッチデックでは、「どのように収益を生み出し、どのような成長を見込めるか」を投資家やステークホルダーに伝えることが重要です。今回は、収益モデルセクションの作り方やポイント、そして実際のスタートアップを想定した例などを交えながら解説します。
チャネルとプロモーションの重要性
スタートアップにとって、商品やサービスを「どのように顧客へ届けるか」「どのように認知度を高め、選ばれるブランドになるか」は、成功を左右する大きな要因です。優れたアイデアや技術力を持っていても、それが顧客に適切に届かないのであればビジネスとして成り立ちません。また、認知度が低ければ、どんなに優れたサービスでも利用者を獲得できない可能性があります。
本記事では、チャネル(商品・サービスの流通経路)とプロモーション(宣伝・販促活動)について整理し、スタートアップがピッチデックを作成する際に押さえるべきポイントを解説します。
チャネルとは何か
チャネルの基本概念
「チャネル」とは、商品やサービスを顧客へ届けるための経路を指します。オンラインでの販売、店舗での対面販売、代理店を通じた流通など、多様な手段が含まれます。スタートアップにおいては、限られたリソースで最適なチャネルを選択し、効率的に顧客へアプローチすることが重要です。
チャネルがもたらすメリット
- 顧客接点の最大化
顧客が利用しやすいチャネルに展開することで、商品・サービスが目に触れる機会を増やせます。例えば、自社ECサイトに加えてAmazonや楽天といったマーケットプレイスを活用すれば、より幅広い層にリーチできます。 - ブランド体験の提供
Appleストアのように、自社がコントロールする直営店舗やオンラインプラットフォームであれば、接客やデザイン、価格戦略などあらゆる要素を自在に調整し、ブランドイメージを統一することが可能です。 - 流通コストの管理・交渉力
チャネルが増えれば販売力や交渉力が増す場合もありますが、一方で流通コストや管理コスト、ディスカウント圧力なども発生し得ます。自社の商品・サービスの購買体験として顧客にとって何がベストなのかを考える必要があります。
チャネルの種類
チャネルには以下のような種類があります。
- オンライン販売チャネル
自社EC、他社ECモール、SNSコマースなど、インターネットを介した販売経路。広域にアプローチしやすく、顧客行動データを収集・分析しやすい利点があります。 - オフライン販売チャネル
店舗や訪問販売、イベント出展など、対面での販売チャネル。顧客との直接的なコミュニケーションを図れるため、ブランド体験を強く訴求できるのが特徴です。 - ハイブリッド型チャネル
オンラインとオフラインを組み合わせる事例も増えています。たとえばECサイトで注文し、実店舗で受け取る「クリック&コレクト」などは、利便性と体験価値を両立させる好例です。
プロモーション戦略の重要性
プロモーションとは何か
「プロモーション」は、商品・サービスやブランドの認知度を高め、購買意欲を刺激し、顧客との関係性を深めるための一連の活動を指します。広告、SNS運用、イベント開催、口コミ促進、インフルエンサーマーケティングなど、その手法は多岐にわたります。
短期的視点と長期的視点
プロモーションと聞くと、ついキャンペーンや広告など“短期的に売上を上げる手段”をイメージしがちですが、それだけに留まりません。
- 短期的視点: 新規顧客の獲得、販促キャンペーン、割引など、即効性を重視した手法。
- 長期的視点: ブランド構築、ロイヤリティプログラム、コミュニティ形成など、顧客との長期的な関係を見据えた手法。
スタートアップは往々にして目先の売上が必要ですが、長期的なブランド価値を育てることも同様に重要です。強力なブランドが、将来的なビジネスの発展へとつながります。
プロモーションの主な手法
プロモーションの主な手法を整理すると以下のようになります。
①広告
マス広告(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌)からオンライン広告(Google Ads、SNS広告)まで、多様なメディアがあります。予算やターゲットに応じて選びましょう。
②SNS / デジタルマーケティング
Facebook、Instagram、Twitter、TikTokなどを通して認知拡大やファンとのコミュニケーションが可能です。特にBtoCの消費財やサービスでは、SNS活用は非常に有効です。
③インフルエンサーマーケティング
特定のジャンルで多くのフォロワーを持つ人(インフルエンサー)との協業によって、ターゲット層への訴求力を高めます。スタートアップは、予算に応じてマイクロインフルエンサーの活用も検討できます。
④イベント・ウェビナー・展示会
実際に商品・サービスを体験してもらう機会を作ることで、強い印象を与えられます。コロナ禍以降、オンラインのウェビナーも主流になり、遠方の参加者にもリーチできます。
⑤パートナーシップ / 代理店展開
教育機関や企業とのコラボ、販売代理店の活用などは、自社だけでは届かない顧客層へのアプローチを可能にします。
⑥PR / メディア露出
ニュースサイトや雑誌などのメディアで取り上げられることで、第三者からの信頼度を獲得しやすくなります。特に話題性のあるスタートアップは、多くのメディアに注目される可能性があります。
顧客エンゲージメントとブランドビルディング
顧客エンゲージメントの意義
「顧客エンゲージメント」とは、顧客が企業やブランドと継続的に良好な関係を築き、ブランドに対して高いロイヤリティや愛着を抱いている状態を指します。スタートアップにおいては、初期ユーザーやアーリーアダプターとの密なコミュニケーションが重要となってくるでしょう。例えば、以下のような施策が有効かもしれません。
- ロイヤリティプログラム: ポイントや特典を活用する。
- コミュニティ形成: オンラインフォーラムやSNSコミュニティでユーザー同士の交流を促す。
- フィードバックの収集と改善: 顧客の声をもとにサービスを改善し、継続利用を促す仕組みを作る。
ブランドビルディング
スタートアップが自社のブランドイメージと認知度を向上させるには、メッセージの一貫性やビジュアルデザインの統一も大切です。Apple、Nike、Starbucksなどの大企業には強固なブランドイメージがあり、価格競争に巻き込まれにくいメリットを享受しています。
- ビジョンやミッションの明確化: 企業の価値観を打ち出し、共感を得る。
- ストーリーテリング: 商品開発の背景や創業ストーリーを語る。
- デザインとトーン&マナーの統一: ロゴ、カラー、フォント、コンテンツの語り口などを一貫させ、認知度向上を図る。
成功事例から学ぶチャネル&プロモーション
ここでは、UberとMintという個人向け資産管理アプリの例を参考にします。
Uberの例
- チャネル: モバイルアプリ(オンラインプラットフォーム)を主軸に、利用者とドライバーを直接つなぐ経路を確立。
- 招待制 / リファーラル戦略: 初期段階では「既存ユーザーからの紹介」による招待制で限定感と口コミを広げた。
- プレミアムイメージ: 従来のタクシーに対して、ワンランク上のサービスという価値を打ち出し、ブランディングに成功。
Mintの例
- チャネル: ウェブサイトとアプリを連携し、オンラインで資産管理を完結。
- 口コミとWebサイトシェア: ユーザーが自身の家計管理に役立った体験をSNSやブログで発信することで話題性を高めた。
- 招待制によるプレミアム化: 一部の機能を限定公開することで「特別感」を演出し、ユーザー獲得につなげた。
このように、スタートアップがチャネルとプロモーションを組み合わせることで短期間に知名度を上げた例は多く存在します。
ピッチデックにおけるチャネルとプロモーションセクション作成のヒント
明確な戦略を示す
ピッチデックにおいては、「自社がどのチャネルを選び、どのようなプロモーション施策を行うか」がビジネスモデルや目標、顧客体験とどのように一致しているかを具体的に示しましょう。投資家に対しては、チャネル・販路の選定理由だけでなく、プロモーション施策の成果指標等も提示できれば説得力が増すでしょう。
ターゲット市場の理解
ターゲット顧客の購買行動や好みを把握したうえで、最適なチャネルやプロモーション施策を設計します。オンライン主体の若年層にリーチしたいのか、高所得層を対象にプレミアム感を打ち出すのかで、選択すべきチャネルも手段も大きく変わります。
成功事例と成果の提示
すでに実施しているプロモーション活動やチャネル展開があれば、その成果や成功事例を数値とともに示すと説得力が高まります。投資家が、実証的なデータや具体的なKPI(例:CAC、LTV、リファーラル率など)を重視するのは当然でしょう。
視覚的要素の活用
プロモーション活動やチャネルの効果を図やグラフなどで可視化し、ビジュアルで理解しやすいように提示するのも効果的です。数字だけでなく、キャンペーンビジュアルやSNS投稿の実例などを盛り込むと、イメージが伝わりやすくなります。
創造性と革新性
スタートアップこそ、既存の概念にとらわれない独創的なマーケティング手法を試す余地があります。ローンチ時の注目度を高めるためのユニークなキャンペーンや、新たなコラボレーション企画などは、スタートアップの独自性をアピールでき、投資家の興味を引きやすい要素といえるでしょう。
テクノロジーを活用した教育系スタートアップの事例
教育サービスを新たに展開するスタートアップの例で実例を考えてみます。
- 販売チャネル
- 主にオンラインプラットフォームを通じて学習コンテンツや講座を提供。
- 教育機関や企業とのパートナーシップを構築し、自社サービスを組み込んでもらう。
- プロモーション戦略
- SNS広告や教育系インフルエンサーを活用したキャンペーン。
- 教育関連イベントやウェビナーでの登壇によるブランド露出。
- 顧客エンゲージメント
- 受講者コミュニティの形成と、そこからの口コミ拡散。
- 顧客フィードバックを活用したサービス改善サイクルの確立。
- ブランドビルディング
- 革新的な教育技術と優れた顧客体験で差別化。
- 教育業界の権威・専門家とのコラボや顧問・アドバイザーへの就任で信頼度を高める。
マーケティングフレームワークの活用
プロモーションセクションの作成においては、以下のようなマーケティングフレームワークを活用すると効果的かもしれません。
AIDMA
- Attention (注意喚起)
チラシや広告、CM、SNSなどで商品やサービスの存在をまず認知してもらう。 - Interest (興味喚起)
キャッチコピーやキャンペーンで興味を持ってもらう。 - Desire (欲求形成)
“使ってみたい”“欲しい”と思わせるための具体的メリットや試供体験を提示。 - Memory (記憶)
思い出してもらうためにリマインド施策や認知度向上策を仕掛ける。 - Action (購入)
スムーズな決済や特典を用意して、実際の購入行動につなげる。
AISAS(インターネット時代の購買行動モデル)
Attention → Interest → Search → Action → Share
オンライン上での検索を重要なステップと捉え、購入後のシェア(口コミ拡散)を促す施策までを視野に入れるモデル。SNSや口コミサイト、レビューが購買行動に大きく影響します。
SIPS(ソーシャルメディア時代の共感モデル)
Sympathize(共感) → Identify(確認) → Participate(参加) → Share & Spread(共有・拡散)
ソーシャルメディアでの「共感」が起点となり、ユーザーが積極的に参加し、その体験をシェア・拡散していく流れを重視したモデルです。
ピッチデックでのアピールポイント
チャネル戦略とビジネスモデルの整合性
「このチャネルを選んだからこそ顧客に届く」「他社にない流通経路を活用している」という独自の優位性があれば、ビジネスモデルと合わせて説明します。たとえばD2C(Direct to Consumer)モデルで中間マージンを排除し、高品質かつ価格競争力を確保している例などは投資家の興味を引きやすいでしょう。
明確なプロモーション施策と指標
プロモーションに使う具体的な手法(SNS広告、イベント、PRなど)と、その効果測定に用いる指標(CPA、CPC、コンバージョン率、LTVなど)を提示すると、「どこに予算を使い、どのような成果が見込めるか」を明確に示せます。
ブランドビルディングとロイヤリティ向上施策
スタートアップが短期間でユーザー基盤を拡大しても、ブランドが確立していなければ、価格競争に巻き込まれてしまう可能性があります。したがって、ユーザーとの長期的な関係維持を意識したブランド戦略・ロイヤリティ施策(ファンコミュニティ運営など)を盛り込むことが重要です。
他社事例や実績からの学び
Uber、Mintなどの成功例はもちろん、競合や近しい業界の成功事例・失敗事例から学んで、自社のチャネル・プロモーション設計にどのように活かすかを示すと、説得力が高まります。それにより投資家やパートナーに対して「すでにマーケットリサーチや検証を十分行っている」という印象を与えることができます。
おわりに
ビジネスにおけるチャネルとプロモーションの設計は、事業の成否を大きく左右します。コンビニ商品の棚の取り合いなどを見れば、その重要性が分かるでしょう。
また、効果的なプロモーションを打たなければ、顧客に認知されず、競合に埋もれてしまうリスクもあります。
スタートアップのピッチデックにおいては、革新的なアイデアや優れた技術力だけでなく、「どうやってそれを世の中に広め、顧客を獲得していくか」を具体的に示すことが求められます。
ポイントは、
- どのチャネルをどう選んでいるのか(その理由と優位性)
- どのようなプロモーション施策を行い、どう効果を測定していくか
- 顧客との長期的関係をどのように育むか(ブランドビルディング、ロイヤリティ戦略)
の三点を明確に示すことです。
投資家に対しては、短期的な販促施策だけでなく、長期的なブランド育成や顧客エンゲージメントの視点も持ち合わせていることを示すと、より信頼を得られるでしょう。
ぜひ本ガイドを参考に、あなたのビジネスに合ったチャネルとプロモーション戦略を構築し、魅力的なピッチデックを作成してください。
<執筆者紹介>
大野修平(おおの・しゅうへい)
公認会計士・税理士
セブンセンス税理士法人 ディレクター 大学卒業後、有限責任監査法人トーマツへ入所。金融インダストリーグループにて、主に銀行、証券、保険会社の監査に従事。
トーマツ退所後は、資金調達支援、資本政策策定支援、補助金申請支援などで多数の支援経験を持つ。
また、スタートアップ企業の育成・支援にも力をいれており、各種アクセラレーションプログラムでのメンタリングや講義、ピッチイベントでの審査員および協賛などにも精力的に関わっている。
さらに、セブンセンス税理士法人が運営する『セブンセンスビズマガジン(https://consulting.seventh-sense.co.jp)』では、ビジネスに関する様々な情報を発信し、中小企業やスタートアップのお悩み解決にも力を入れている。