大野修平(公認会計士・税理士)
【編集部より】
ますます注目が増すスタートアップ企業。資金調達、マーケティング、人材採用など、ビジネスモデルを説明するさまざまな場面で、「伝わるピッチデックを作れるかどうか」がカギとなります。とはいえ、そもそもピッチデックとは何か? 事業計画書とはどう違うのか? ぼんやりしたイメージのままでは、よい資料には仕上がりません。
そこで本連載では、公認会計士として多くのスタートアップ企業をサポートし、ピッチデックの作り方についてもセミナーを行う大野修平先生(公認会計士・税理士)にその作成ノウハウを教えて頂きます。
<本連載バックナンバー>
第1回:「そもそもピッチデックとは?」
第2回:「オーバービューの主要な構成要素」
第3回:「環境セクション」
第4回:「ペインとターゲット」
第5回:「解決策と提供価値」
第6回:「市場規模」
ピッチデックの作成ガイド第7回目は「競合との優位性」です。
ビジネスにおいては単に自社が優れているだけでは足りず、「競合よりも」優れていることが必要です。
ビジネスの成功において競合優位性が重要である理由は、それが市場での差別化を実現し、持続的な成長を可能にするからです。
競合優位性を確立することで、顧客に選ばれる理由を明確に示し、価格競争に巻き込まれるリスクを低減できます。
また、競合他社との明確な差別化は、ブランド力を強化し、収益性の向上にもつながります。さらに、競合優位性を基盤にした戦略は、長期的な市場シェアの維持や拡大にも寄与するでしょう。
今回は、現代のビジネスにおいて不可欠な競合優位性についてお話します。
ピッチデックにおける競合との優位性セクションについて
競合との優位性セクションでは、市場における他のプレイヤーと比較して、あなたのビジネスがどのように異なり、何が優れているかを示します。
このセクションの目的は、ビジネスが持つ独自の競争力を明確にし、なぜ顧客や投資家があなたのビジネスを選ぶべきかを説得することです。
解決しようとしているペインに対して、ターゲットは何らかの方法で対処しています。それこそまさに競合です。
どんなビジネスにも必ず競合が存在します。
お金以外の資源(時間や物理的・精神的労力、集中力、スペース、感情の起伏・エネルギー)を奪い合う関係が競合です。
間違っても「競合は存在しない」などと口にしないようにしましょう。競合が挙げられないスタートアップに投資する価値はない、というVCは多く存在します。
競合優位性を示すためには、いくつかの重要な要素を考慮する必要があります。
まずは、主要な競合他社や市場で活動するプレイヤーを特定することから始めます。それぞれの強みと弱みを分析することで、市場の全体像を理解し、自社がどこで差別化できるのかを見極めます。
ピッチデックにおいては、自社の製品やサービスが持つ他社にはないユニークな特徴や競争優位性を強調することが不可欠です。特に、特許技術、独自のビジネスモデル、あるいは特別な顧客サービスなど、競合との差別化要因を明確に示すことが効果的です。
また、この分析プロセスを定期的に見直すことで、変化する市場環境や競合の動向に柔軟に対応することもできるでしょう。
競合優位性セクション作成のポイント
競合優位性を明確に示すためには、以下のようなポイントを押さえることが重要です。
まず、自社と主要な競合他社の「強み」「弱み」「機会」「脅威」を包括的に分析するSWOT分析を活用します。この分析を通じて、自社が競争の中でどのような立場にあるのかを理解し、競合との差別化ポイントを明確化することが可能です。
差別化ポイントの明確化には、サービス等の比較表やポジショニングマップ、価値曲線などの視覚的なツールを活用することも有効です。これらのツールは、自社と競合との違いを一目で把握できるように情報を整理して伝えるのに役立ちます。
特にポジショニングマップは、競合他社との位置関係を視覚的に示し、市場での隙間や新しいチャンスを発見し伝達するのに効果的です。
もし、競合優位性を支える具体的なデータや証拠を提示することができるのであれば、より一層投資家の興味を集めることができるでしょう。
顧客の声、ケーススタディ、あるいは市場調査データを活用することで、自社の主張を強化できます。ただし、競合他社の強みも公正に評価することを忘れないようにしてください。
取り繕った資料は、投資家に見破られるだけでなく、ピッチ全体への不信感に繋がります。
客観的かつ冷静な視点から自社の優位性を説得力を持って提示することが重要です。
また、将来的な競合の出現や模倣の可能性にも注意を払い、それに対する対策を事前に検討することができればなお良いでしょう。これにより、短期的な競争だけでなく、長期的な市場での競争力をアピールすることができます。
なお、将来的な競合分析についてはAppendixとして、投資家から質問があった場合に補足資料として示すことで、ピッチをシンプルに保ちながらも、十分な検討が行われていることをアピールすることもできるでしょう。
新しい教育サービスの場合の具体例
例えば、テクノロジーを活用した新しい教育サービスを提供する場合で考えてみましょう。
競合分析の第一歩は、既存のオンライン教育プラットフォームや教育技術企業を特定することです。
それらのサービスが提供する教育内容、使用している技術、価格設定、そしてユーザーインターフェース(UI)の使いやすさなどを徹底的に分析します。
この分析に基づいて、自社の立ち位置を明確にします。
次に、自社の競争優位性を洗い出します。例えば、AIを活用した高度なパーソナライズ学習の提供や、VR/AR技術を活用した没入型学習体験などが挙げられるでしょう。
さらに、ユーザーフレンドリーなインターフェースやアクセスのしやすさも、重要な競争優位性となります。
差別化要因として、特許取得済みの学習アルゴリズムや幅広い年齢層に対応したカスタマイズ可能な教育コンテンツなどを強調することができるかもしれません。
また、ユーザーフィードバックを基にした継続的な改善プロセスも、他社との差別化を図るための重要な要素です。
これらの取り組みを通じて、自社の教育サービスが競合他社よりも魅力的である理由を具体的かつ説得力を持って説明できます。
自社の強みを棚卸しする
競合優位性を示すための基盤として、自社の強みを明確に把握することが必要です。
例えば、ビジョンの浸透度、戦略策定能力、品質管理、研究開発力、営業力など、企業基盤に関わる要素をリストアップします。これらは、競争力を支える重要な資源となります。
また、財務的な強みや顧客基盤も無視できません。資金力、取引先との強固な関係、顧客満足度、そしてブランドの認知度といった要素が、競合他社に対する優位性を築く上で重要な役割を果たします。
さらに、知的財産や特許技術、地域貢献度、ユニークなビジネスモデルといった他社にはない独自性を強調することが差別化の鍵となります。このようにして、自社の強みを包括的に洗い出し、それを基に競争戦略を構築します。
競合優位性の評価基準
競合優位性を評価する際には、VRIOフレームワークが有効です。このフレームワークは、以下の4つの要素から構成されています。
→価値 (Value):この経営資源が成果獲得や市場機会に役立つか。
→希少性 (Rarity):他社が持っていない希少な経営資源か。
→模倣困難性 (Inimitability):他社が容易に模倣できないか。
→組織化 (Organization):その経営資源を活用する体制や仕組みが整っているか。
これら4つの全てにYesと答えることができるもののみが、成果を獲得することが可能な自社の強みです。
このフレームワークを用いることで、自社が持つ資源や能力がどの程度競争力を発揮できるかを体系的に評価できます。これにより、戦略の方向性を明確にできるでしょう。
競合他社分析のポイント
競合他社を分析する際には、いくつかの重要な項目を調査します。
例えば、業界内での地位や市場シェア、ターゲット市場、提供価値、商品やサービスの特徴、価格帯、販売チャネル、プロモーション方法などです。
これらの情報を収集することで、自社のポジショニングを決定するための明確な指針が得られます。また、競合他社の戦略や市場での動きに対応するための具体的なアプローチを設計できます。
ポジショニングマップの活用
ポジショニングマップは、市場内での自社製品やブランドの位置を視覚的に示すツールとして非常に有用です。
まず、市場における製品やブランドを区別するための2つの主要な属性を選びます。これらは通常、顧客が最も価値を置く特徴です。例えば、「業務用か家庭用か」と「高価格か低価格か」を軸にすることで、製品やサービスの市場内での立ち位置を簡単に理解できます。
選んだ属性を軸として十字型に交差させ4つの象限を作ります。
そこに競合他社と自社の位置をマッピングすることで、競争環境の全体像が明確になります。これにより、市場内での過密エリアや未開拓のニッチを特定することが可能になります。その結果、競争戦略の新たな方向性を見出すことができます。もし現在のポジションが過密エリアなのであれば、未開拓のエリアに進出するなどの戦略をとることができるかもしれません。
ポジショニングマップは、定期的に更新することが重要です。市場環境や消費者の嗜好が変化する中で、このツールを活用して柔軟に対応していくことが競争優位性を維持する鍵となります。
価値曲線で競合と差別化を示す
価値曲線は、顧客が重要視する価値を横軸に、自社と競合のパフォーマンスを縦軸にプロットすることで、競争環境を視覚的に示します。この手法を使うことで、自社の優位性を明確に示しつつ、競合他社との差別化ポイントを特定できます。
例えば、「価格」「品質」「利便性」といった要素について、競合と比較した際に、自社がどの部分で優れているかを具体的に表現します。このプロセスにより、顧客に対して自社の魅力を効果的に伝えることが可能になります。
価値曲線の作成は、単なる分析ツールとしてだけでなく、戦略の策定や改善プロセスの基盤としても活用できます。これにより、競争優位性を持続的に維持するための取り組みが強化されます。
このように多角的な視点と手法を用いて、競合優位性を効果的に示すことが可能になります。
まとめ
いかがだったでしょうか。今回は「競合との優位性」セクションについて、いくつかのフレームワークも紹介しながら、どのように作成すればよいのかについて解説いたしました。
このセクションは投資家へ自社の強みを訴求するために重要なだけでなく、実際のビジネスにおいても自社が持続的な競争優位性を確保するためにも重要です。
冒頭でお伝えした通り、ビジネスは単に優れているだけでなく、「競合よりも」優れていることが重要です。
このことを忘れずに、「競合との優位性」セクションの作成を進めていただきたいと思います。
<執筆者紹介>
大野修平(おおの・しゅうへい)
公認会計士・税理士
セブンセンス税理士法人 ディレクター 大学卒業後、有限責任監査法人トーマツへ入所。金融インダストリーグループにて、主に銀行、証券、保険会社の監査に従事。
トーマツ退所後は、資金調達支援、資本政策策定支援、補助金申請支援などで多数の支援経験を持つ。
また、スタートアップ企業の育成・支援にも力をいれており、各種アクセラレーションプログラムでのメンタリングや講義、ピッチイベントでの審査員および協賛などにも精力的に関わっている。
さらに、セブンセンス税理士法人が運営する『セブンセンスビズマガジン(https://consulting.seventh-sense.co.jp)』では、ビジネスに関する様々な情報を発信し、中小企業やスタートアップのお悩み解決にも力を入れている。