塚原 慎(駒澤大学経営学部准教授)
【編集部より】
話題になっている経済ニュースに関連する論点が、税理士試験・公認会計士試験などの国家試験で出題されることもあります。でも、受験勉強では会計の視点から経済ニュースを読み解く機会はなかなかありませんよね。
そこで、本企画では、新聞やテレビ等で取り上げられている最近の「経済ニュース」を、大学で教鞭を執る新進気鋭の学者に会計・財務の面から2回にわたり解説していただきます(執筆者はリレー形式・不定期連載)。会計が役立つことに改めて気づいたり、新しい発見があるかもしれません♪ ぜひ、肩の力を抜いて読んでください!
前回のお話
こんにちは、駒澤大学の塚原です。
前回のコラムでは、特定の会計数値・指標(例えばROE)が、「目標値」を達成するか否かにより経営者自身の評価に影響が及ぶ場合、それがあたかもプロ野球選手にとっての重要なベンチマークである「打率三割」のように機能し、経営者はその数値目標を何とか達成するために、ときには一見「不思議」ともいえる資本政策(リキャップCBなど)をとる可能性について議論しました。
その背後には、経営者は現在の「ルール(会計基準の定め)」の枠内において、自身の目的を達成するために「合理的」に行動するということが想定されていました。
「評価する」主体の視点
さて、今回は、公表される数値・指標の基礎となる「ルールの変化」に着目してみます。2018年に、「収益認識に関する会計基準(企業会計基準第29号)」が公表され、2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から、日本の会計基準を採用する企業に対しこの基準が原則適用されることとなりました。つまり、企業の事業活動の中核をなす「収益認識(売上高の計上)」に関するルールが新たに整備されたというわけです。
この変化は、会計基準(日本基準)を適用する企業(財務諸表の作成者)と、財務諸表の利用者(投資者等)にとって、どのような意味があることなのでしょうか。今回は、同じく昨今に「ルール」の変更があった題材として、高校野球や草野球における「金属バットの仕様変更」の話題に言及しながら、議論してみようと思います。
そのまま「比較」するのはフェアじゃない?
本コラム執筆時点は、第106回全国高校野球選手権大会のまっただ中です(前回のコラムから時が少し進みました)。大会6日目にして大会第1号のホームランが出たのですが、これは金属バットが導入された1974年以降で最も遅い記録であるとのことです(毎日新聞2024年8月12日、「大会6日目でやっと第1号ホームラン 東海大相模 夏の甲子園」)。
原因の1つは「金属バットの仕様変更」
記事では、このような変化が生じた理由の1つとして、今春から新基準の低反発の金属バットが導入されたことが指摘されています。つまり、高校野球における道具使用の「ルール」が変わったというわけです。
このような状況下では、ルールが変わる前の大会におけるホームラン数と、ルールが変わった後の大会におけるホームラン数を単純に比較して優劣を論じることは難しくなりそうですね[1]。
「比較可能性」に着目した会計ルールの整備
売上高に関する「ルール変更」
企業会計の世界でも、「ルール変更」はしばしば生じます。なかでも、今回は、「売上高(営業収益)」に生じたルールの変更(厳密には「整備」)について取りあげます。
売上高は、「トップライン」とも呼ばれ、実質的にも金額的にも、企業の経営成績を把握する上で重要な情報といえます。
新収益認識基準の趣旨
新しい収益認識基準は、企業の売上を計上する方法について体系的な定めを示したものといえますが、その趣旨として、次のような記述があります。
「当委員会では、収益認識に関する会計基準の開発にあたっての基本的な方針として、IFRS 第 15 号と整合性を図る便益の1つである国内外の企業間における財務諸表の比較可能性の観点から、IFRS 第 15 号の基本的な原則を取り入れることを出発点とし、会計基準を定めることとした。・・・(以下、略)」(ASBJ、2018、 97項)
IFRS第15号は、2014年に国際会計基準審議会によって公表された会計基準「顧客との契約から生じる収益」のことを指し、共同で基準開発を行っていた米国からも、同時期に収益認識に関する会計基準が公表されています(ASC-Topic606)。
つまり、先に行われた米国・国際会計基準の公表に対応し、日本においても同様の趣旨の会計基準を定めることで、「会計ルール」の国際的な差異を極力減じようとしていることがうかがえます。さて、このルールの整備(変更)は、どのような影響を及ぼすのでしょうか。
財務諸表利用者(投資者)による時系列比較に及ぼす影響
新たに整備された「ルール」が、企業の取引実態をより適正に示すものであるならば、国際的に同じルールが適用されることにより、投資者(企業に対し投資を行う主体)は国際的な企業間比較が行いやすくなり、また、企業側も、海外の投資者からも投資を検討してもらう機会を得られることになるかもしれません。このように考えると、「ルール」の差異が小さくなることは、皆がハッピーになる「いいことずくめ」のようにも思えます。
「ルールの変更」が測り方を変える
ただし、先の「バット使用ルールの変更」を思い出すと、とくに時系列の比較(基準の適用前後の比較)を行う上で留意しなければならない点はいくつかありそうです。たとえば、日本経済新聞の2021年5月13日の記事「新会計ルールで「大幅減収」相次ぐ 三越伊勢丹、今期5000億円目減り」では、特定の業界に対し、会計基準適用の影響が大きくなるということが記述されています[2]。
また、日本経済新聞の2023年8月21日の記事「訪日客、コンビニにおかえり 大手3社合計コロナ前超え」による分析でも、基準適用の影響に注意すべきことが示されています。
「適用コスト」への着目
つぎに考えるべき点は、企業側が負担することになる基準の「適用コスト」です。たとえば、新収益認識基準の適用により、これまでの実務では必ずしも把握・管理する必要のなかった情報が必要となったり、新たにシステムの改修・従業員等の教育が必要となったりするかもしれません。
これら追加的な「コスト」が発生したのにもかかわらず、企業によっては新基準の影響が財務諸表の数値にほとんど影響を及ぼさないケースも生じうるでしょう[3]。その場合には、追加的な「コスト」の増加がより強調されることになるのかもしれません。
草野球のケース
「よく飛ぶバット」の使用を禁止することがゲームのバランスを調整したり、近隣への安全性を向上したりするメリットは確かに期待されます。しかし、チームとしては、新たに基準に適合したバットを購入しなければなりませんね。また、選手によっては、プレースタイルの変更が求められるかもしれません。
ともあれ、適用コストを考慮した上で、それによってもたらされる便益(比較可能性の向上など)を考えることも重要な視点といえますね。
おわりに
今回は、「ルールの変更」がもたらす影響として、①基準変更自体が会計数値に及ぼす影響と、②ルールの変更に対応するために企業が負担することになる「コスト」の存在を指摘しました。ルールの変更の影響が大きい場合には、次の高校野球の記事にあるように、企業行動も変化するかもしれません。
「高校野球、「低反発バット」で重み増す守備力と機動力」(日本経済新聞、2024年7月17日)
さいごに、基準第29号では、「これまで我が国で行われてきた実務等に配慮すべき項目がある場合には、比較可能性を損なわせない範囲で代替的な取扱いを追加することとした。(ASBJ、 2018、 97項)」との記述があり、その内容は国際的な基準の定めと完全に同一とされているわけではありません。重要性に鑑みての定めではありますが、これらの違いが「比較可能性」にどう影響するのかについても、検討する余地があるのかもしれません。
[1] 余談ですが、草野球の世界でも、「よく飛ぶ素材のバット」が使用禁止になっている球場が都内では増えております。おそらくプレイヤーのホームラン数は減少することでしょう。
[2] 実際の影響額は、企業の有価証券報告書における注記「会計方針の変更」として金額的影響が記載されている場合が多いです。
[3] 実際に、基準適用初年度における3月決算企業の有価証券報告書を調査したところ、新基準が与える影響が「軽微」または「影響なし」と回答する企業も一定数確認されました(詳細は、塚原慎・小澤康裕・𠮷田智也・中村亮介(2022)「新収益認識基準適用による金額的影響の実態分析」『會計』第202巻第6号,pp.54-67)。
<執筆者紹介>
塚原 慎(つかはら まこと)
駒澤大学経営学部市場戦略学科准教授 博士(商学)。
1989年生まれ。2017年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了、帝京大学助教・講師、駒澤大学講師を経て2023年より現職。
専門分野は財務会計。現在取り組んでいるトピックは、複合金融商品の会計表示と経営者行動、経営者の心理的特性と財務報告、新収益認識基準の適用効果など。
<こちらもオススメ>