わたしの独立開業日誌 #行政書士・小網智子


【編集部から】
士業の魅力は、独立開業できることにもあります。「将来は独立」を目標に合格を目指している方も多いのではないでしょうか。
そこで、「わたしの独立開業日誌」では、独立した先輩方に事務所開業にまつわるエピソードをリレー形式でお話しいただきます(木曜日の隔週連載)。
登場していただくのは、税理士・会計士をはじめ、業務で連携することの多い士業として司法書士や社労士などの実務家も予定しています。
将来の働き方を考えるヒントがきっと見つかるはずです。

パート主婦から宅建取得で正社員として就職&行政書士に

はじめまして。「農業×福祉×不動産で活きる居場所づくり。ヒトコトモノが活きる社会に」をキャッチフレーズに、兵庫県西宮市で行政書士として活動している小網智子と申します。

パート主婦から、宅建等資格を取って不動産会社の正社員となり、その後行政書士として独立しました。ここでは、私の独立開業について書かせていただきます。

著者近影

思いのほか早く結婚。子育て中から資格取得やアルバイトに励む

両親が離婚し、少し複雑な家庭環境で育ったため、若いころから「結婚するより1人でも食べていける仕事に就きたい!」という気持ちが強くありました。

けれど、思いのほか早く結婚。

結婚を決めたときに考えたことは、「子どもが生まれたとしても、いずれ大きくなって独立する。そうなったときに子離れできない親ではなく、自立した1人の人間でいたい。社会で働いていたい」ということです。

高卒で、資格を何も持っていなかったので、「このままでは、将来何も仕事ができない」という危機感がありました。そこで、子育てをしながら簿記2級、製菓衛生師、ヘルパー2級、FP2級などの資格を取りました。また、社会と繋がり続けようといろんなアルバイトを経験しました。

そして、30代後半で子育てが少し落ち着いたころ、宅建士を取得し、不動産会社に正社員として就職することができました。

行政書士に挑戦しようと考えたのは、その不動産会社で働いていた際、営業先の地主さん達から相続の悩みについて打ち明けられることが多々あり、「相談に乗ることができる立場になりたい」と考えたからです(目指した当初は、会社に勤めながら、行政書士の仕事をしようと考えていたので独立は念頭にありませんでした)。

年齢的なハンデに苦労しながら、3年目で合格!

行政書士試験は、3年目で合格しました。

1年目と2年目はフルタイム勤務と家事との両立の中での勉強が大変でした。

子育ては落ち着いていたものの、アラフィフという年齢的な問題か、「目が見えにくく疲れてしまい集中力が続かない…」という問題がありました。長時間続けても頭に入ってこないので、「25分間勉強したら休憩を5分とる」というポモドーロ・テクニックを取り入れるなど、工夫して乗り切りました。また、移動中などには自分の声で録音した憲法条文を聞くなどもしていました。

2年目はかなり頑張って勉強したものの、本番当日に緊張のせいか頭が真っ白になってしまいました。「まったく解けない」という予期せぬ事態に、「どんなに頑張っても本番でこんな風になるなら、合格はもう一生無理だ」と思い、帰宅後は子どものようにワンワン泣きました。これまで色々な資格試験を受けてきましたが、こんなことは初めてでした。

そんなこともあって、心機一転。会社を辞めることにしました。

ただし、「勉強だけでなく、他に好きなこともして生きよう」と決めました。「また一生懸命やってダメだったら?」「コロナで明日死んでしまったら?」「残りの人生を勉強だけで終わりたくない」という気持ちがあったからです。

その決意どおり、友人が始めた地域の高齢者のつどいの場を手伝ったり、易学を学んだり、ホットヨガに通ったりと好きなことをしながら、試験勉強に取り組みました。

そんな感じで肩の力を抜きながら、挑めたのが良かったのでしょうか。
3年目の本番当日は自分の持っている力を出し切ることができました。

「お母さんなら合格できると思ってた」

試験合格までの紆余曲折を、家族は黙って見守ってくれていました。

実は、10年以上前の宅建試験の際は、「そんなのお母さんが受かるわけない。万一、受かっても何も役に立たないよ」と家族から笑われていました。

しかし、宅建試験に合格し、更にその後、正社員として就職する姿を見て、「頭が悪いお母さんが努力してやり遂げた!」と天地がひっくり返ったかのように感動してくれたのです。

そんなことがあったからか、行政書士試験合格を伝えた際は「お母さんなら合格できると思ってた」と言われました。信じてくれていたのが、嬉しかったです。

独立を決めたときも、反対するどころか、「軌道に乗せるまでは大変だろうから困ったときは援助する」とまで言ってくれました。

合格後、事務所を借りて開業

合格後はすぐに独立しましたが、実際さまざまなお金がかかりました。

まず、自宅開業ではなく事務所を借りたのでその費用です。さらに、事務所設備(書庫やプリンター、電話機など)費用もあります。

挨拶状も200枚ほど出しました。
ポストカードでお知らせした程度でしたが、有難いことにたくさんお祝いをいただき、そのお返しで10万以上、思わぬ出費となってしまったのは誤算でした。

ホームページ作成や広告費等には、兵庫県の起業家支援の助成金をあてました(助成金は後払いだったため、その支払いのタイミングに合わせて開業すれば、もう少し自己資金の出費が抑えられたかなと思います…)。

最初の仕事のご縁が、顧問契約につながる

最初の仕事は、障害福祉事業を行っている知人からの古物商許可申請の依頼でした(今考えるとご祝儀的な依頼だったと思います)。

そして、その知人から障害のある方のグループホーム(共同生活援助)を紹介され、日曜日に世話人(※)をすることになりました。さらに、その事業所で許認可や届出等を行う行政書士として、顧問契約を結ぶことができました。

※世話人・・・利用者さまの悩みを聞いたり、行動の見守りや家事のサポートを行なう直接の支援業務

この事業所に内外で関わり、困っていることや必要なことを知ることができたのは、行政書士としての強みになったと感じています。

これから

開業してまだ2年目です。

今はやらないと決めている業務以外は、すべて受けようとと考えています。

3年目からは、弊所のキャッチフレーズ「農業×福祉×不動産で活きる居場所づくり」に関わる分野に絞っていきたいと思っていますが、まずは経営を安定させなければなりません。

また、ひとり行政書士として、行政書士同士が、協業できる仕組みを作れたらいいなと考えています。そのほうが、お客様にとってもリスクヘッジになるからです。

協業できる仕組みづくりのためにも、私が行政書士を目指したきっかけである相続業務を行うためにも、セミナーや勉強会等には積極的に参加するようにしています。相続の知識や業務の進め方が学べるのはもちろんですが、そこで築いた人脈が、業務を行なう際に役立つと感じています。

おわりにーー50歳を過ぎた「今」だからこそ開業できた

私の最終学歴は田舎の高校卒業です。宅建を受験する30代後半まで、法律を勉強したことはありませんでした。それでも、50歳を過ぎて行政書士試験に合格し、開業することができました。

年齢的に「遅い」と感じる方もいるかもしれませんが、私は50歳を過ぎた「今」だからこそ開業できたと思っています。

それは、結婚して妻となり母となった経験、パートを含め様々な職種経験で得た知識や人脈、その経験があるからこそ生まれるアイデアが沢山あるからです。

行政書士業務は一般的に知られている以外にも数えきれないほどありますが、それらはその経験から掘り起こすこともできます。

人によってスタートのタイミングは違うかもしれませんが、始めたい、やりたいと思ったそのときがチャンスかもしれません。

共に「今」を活かしましょう。

<プロフィール>
小網 智子(こあみ ともこ)

行政書士オフィスken代表。
兵庫県西宮市在住。石垣市立八重山高校卒業
2022年1月行政書士試験合格、5月行政書士登録、事務所を開設。
趣味は、易学、山登り、神社仏閣めぐり。
「農業×福祉×不動産で活きる居場所づくり。ヒトコトモノが活きる社会に」がキャッチフレーズ。単体だけではなく農福連携など組み合わせることで、それぞれの役割が活かせる事業のサポートを目指している。好きな言葉は「日々是好日」。
西宮と石垣島の二拠点生活が夢。

ホームページ:http://office-ken.biz


地山謙は易学の卦の言葉で、事務所名のkenは「謙」が由来

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