星田直太(税理士)
【編集部より】
専門職だからこそ、試験合格後も勉強は続くとよく言われます。実務書や専門書を読んだり、勉強会や研修へ参加したり、勉強の仕方はさまざまです。中には、より専門性を高めるために、社会人大学院に行くという選択をされる方もいます。税理士受験生であれば、科目免除を目指してという発想もありますが、5科目合格後の場合、どういった理由で進学するのでしょうか。
そこで、今回は令和4年3月に筑波大学大学院を修了し、優秀論文としても表彰をされた星田直太先生(税理士)に、大学院で学んだことのメリットについてご紹介いただきます。いわゆる試験組、免除組問わず、自分がどういった税理士になりたいか、その将来像をイメージすることにもつながるはずです。
試験合格税理士への大学院のススメ
私は、平成23年の税理士試験で官報合格した、いわゆる試験組の税理士です。そして、令和4年3月に筑波大学大学院の博士前期課程を、租税法に関する修士論文を執筆することで修了しました。
この記事をお読みの方は、「既に税理士なのに、なぜわざわざ大学院へ?」という疑問を持たれるかもしれませんね。
今回は少しスペースをいただいて、私のような試験組の税理士が大学院へ進学した理由、そして大学院へ行くことによって得られる効果について、お伝えしていきたいと思います。
大学院進学のきっかけ
資格者はみな、「資格取得後こそ勉強を続けなければいけない」と思いますよね。私もその例に洩れず、研修なども積極的に受講していました。
そんなある日、東京税理士会の会報に掲載されていた「租税訴訟補佐人」の大学院提携研修受講生の募集記事に目が留まります。
租税訴訟補佐人は、専門性が高い租税訴訟において弁護士とともに出廷し、陳述ができる制度です。この補佐人を養成する大学院提携研修は、博士前期課程の科目履修生といった形で大学院の講義に参加できるものですが、私自身は積極的に租税訴訟に関わりたいという希望はなかったものの、大学院の講義には興味があったことから、この提携研修へ参加することにしました。
いくつかの大学院で講座が開かれている中で、私が参加した筑波大学大学院では、民事訴訟法、租税手続法、租税争訟法といった科目が設けられていました。他の学生との議論や模擬裁判などもあり、一般的な座学の研修とは内容が異なっていたため、私にとっては大いに刺激を受けるものでした。
この提携研修が楽しかったので、本格的に大学院で学びたいという意欲が芽生えることになります。租税法を研究できる大学院は少なくないですが、教育の質の高さと立地に魅力を感じて筑波大学大学院を選択し、博士前期課程に入学することになりました。
大学院生活の困難
実際に入学してみると、社会人が大学院生活を送ることにはやはり困難が伴うことを実感します。
まず、毎日の仕事と学業を両立することは、社会人にとって大きな課題です。大学院2年次において論文執筆に集中するためには、1年次にできるだけ多くの単位を取得する必要がありますので、自ずと1年次の講義スケジュールはきつくなります。
この点、筑波の講義は平日夜間と土曜日で、日曜日は休みとされていたので、体力的にも精神的にも助かりました。
さらに、学費です。筑波は国立のため比較的リーズナブルとは思いますが、それでも2年間の在籍で約135万円ほど必要でした。
論文執筆は、ゼミの場において軌道修正の指摘を受けながら進めるものでしたが、普段の研究は孤独な活動になりがちなので、ゼミなどの仲間と情報交換をしながら進めることが望ましいでしょう。資料収集に関しては、大学図書館の他に、租税資料館(東京)なども活用することができます。
そして、論文執筆はテーマの選定がとても重要です。試験組の税理士は、どちらかというと受け身の姿勢で試験勉強や実務に臨むことが多いという印象で、論文のテーマになるような問題意識を日常的には有していない方が多いかもしれません。私もその一人で、明確な問題意識を持たないまま大学院に入学したため、論文のテーマ選定にはかなり苦労しました。
大学院生活で得たもの
大学院生活は苦労を伴うものですが、これに見合った成果も得ることができるでしょう。税理士試験は与えられた問題に対して解答するというもので、どちらかといえば受動的な性格を有しているものといえますが、大学院では、問題提起を行って、これに対する自らの見解を論理的に修士論文の形で明らかにしなければいけませんので、能動的な性格を有しているともいえます。
現行税制における潜在的な問題点を顕在化させて、過去から積み重ねられている学説や裁判例を丹念に読み込み分析し、ゼミでの発表や意見交換を経て、自己の意見として言語化し論証することは、税理士試験の勉強とは異なった性質の知的作業として面白味があるものです。
さらに、大学院では他の学生との交流もあります。筑波では、我々のような実務家の他にも、課税庁や他の中央省庁から学びに来ている方や企業内で税務に従事されている方など、多様な背景を持つ学生が在籍していましたので、新しい刺激を受けることができました。
ただ、私が在籍していた期間は新型コロナウイルス感染症が蔓延している時期と重なってしまっていたので、講義やゼミがすべてオンラインとなってしまい、対面での交流をすることができなかった点は残念でした。今後、感染状況が改善されれば、対面での交流が復活するでしょうから、より貴重な経験となることと思います。
大学院で‟リーガルマインド”を身につけよう
税理士登録者のうち、大学院による科目免除者の占める割合が高まっている印象があります。私は先述のとおり試験組ですが、この現象に否定的な立場ではなく、むしろ「大学院を経験されている方々がどのようなトレーニングを積んできたか」について、かねてから興味がありました。これは、試験組と大学院進学組、それぞれ異なる強みがあるのではないかと感じたからでもあります。
税理士試験は試験科目の規定と計算構造を全体的に学べることに特徴があるものの、制度が内包する問題点の把握とその解決に向けた理論構築といった点については、大学院に譲る部分があると思います。
一方で、大学院は特定の論点について掘り下げて論ずることで、法的思考力・論証力を得ることができるものの、その税目全体を俯瞰する点では税理士試験に及ばない部分があるのではないかという印象です。
このように、税理士試験と大学院ではそれぞれ得られるスキルが異なりますから、試験組の方が大学院へ進むことで、さらにパワーアップをすることができると思います。
税理士は税法という「法律を扱う職業」ですので、法的思考力=リーガルマインドを少しでも身につけておくことは必須といえるのではないでしょうか。
また、既に大学院を修了している方は、博士後期課程にチャレンジしたり、租税法以外の研究を大学院で新たに行うという道があるかもしれません。
私の先輩である公認会計士の方は、筑波大学大学院の博士前期課程からそのまま博士後期課程へ進みさらなる研究活動に邁進していますし、また別の先輩税理士の方は筑波大学大学院の博士前期課程で心理学を専攻し、見事に修了しました。
私自身も、実務家・専門家である以前に、1人の人間として、いつまでも知的好奇心や探求心を忘れないようにしたいと思っているところで、今後も研鑚を続けたいと考えています。
【執筆者紹介】
星田 直太(ほしだ・なおた)
税理士、ファイナンシャルプランナー(CFP®)。
法人・個人の税務全般に対応し、相談者に寄り添った対応とわかりやすい説明に定評がある。公的機関における研修講師として登壇多数。
星田税務会計事務所代表、東京都よろず支援拠点コーディネーター、東京商工会議所経営安定特別相談室専門スタッフ、租税訴訟補佐人。
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