税務調査の秋~本格化~! 対応する際に身につけておきたい“リーガルマインド”とは?【後編】


峯岸 秀幸(公認会計士・税理士)

コロナ禍が以前と比べるとだいぶ落ち着いた状況を受けて、これまで件数が少なかった税務調査についても、今秋はだいぶ増えてきていると耳にします。
では、税務調査に的確に対応するために、税理士や会計事務所職員が身につけておきたい能力は何でしょうか?
ここでは、2回にわたり、峯岸秀幸先生(公認会計士・税理士)に税務調査に際して大きな武器となる”リーガルマインド”の概要について解説いただきます。
【前編】はコチラ

税務調査でこそ役立つ法的三段論法

税務調査の場でも、法的三段論法は大いに活躍します。この思考プロセスに沿って、調査官から受けた指摘を、どの法律の、どの条文の、どの文言に関するもので、どのような証拠からどのように事実を認定した結果なのか、細かく分解して理解するのです。
一度聞いて理解できなければ、理解できるまで質問を繰り返しましょう。
そうやって細かく分解したパーツのどれが自説と調査官の見解で異なるのかを特定できれば、議論すべきことが明確になります。

試しに、最初に述べた調査官からの指摘を法的三段論法に嵌め込んでみましょう。

1. 法は、①接待等のために支出した費用は交際費等に当たり、損金算入しないこととしているが、②専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用は、交際費等から除くこととしている。
2. A社は、全従業員を慰安するための行事として創立○○周年行事を開催し、そのために要した費用は参加者一人当たり○○,○○○円だった。
3. A社の創立○○周年行事のための費用は一人当たり○○,○○○円かかったが、これは高額で「専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用」とはいえないから、交際費等から除かれることはない。この費用は交際費等に当たり、A社の所得の計算上、損金算入できない。

以上のように整理してみると、調査官からの指摘の肝は、「創立○○周年行事のためにかかった費用が、法の定める『通常要する費用』の範囲を超える」というところにあることが分かります。
しかし、調査官がなぜ本件での費用が「通常要する費用」の範囲を超えるといっているのか、これではまだ分かりません。

法令の定めを具体化する作業をする

法規を実務に適用しようとすると、そこに書いてある文言が抽象的であるせいで、適用できるのか迷う場面に遭遇します。
そういう場合、法令の定めるところを噛み砕く作業をして実務に適用できるように具体化することになります。
これが法的三段論法の第一段階である「法令を解釈して規範を定立する」ことです。

この作業、実務では非常に重要なのですが、その方法論は筆者にとって深く論じるのに重すぎるテーマですし、一朝一夕に学び得ることでもありません。
そこで、差し当たっての対応として、実務ではこの解釈が示された文献を探し出すことが重要です。

まずは、国税庁の通達をよく読みましょう。通達には法令解釈が書かれていることがあります。

また、書店で税務に関する実務書のコーナーでは、『判例からみる○○税』といったタイトルの書籍を多く見かけます。これらには、裁判例や裁決事例で示された条文解釈が採録されており、実務の参考になります。

判例検索データベースを使って自分で裁判例や裁決事例を探すこともできます。
もっとも、この方法には、見つけた裁判例等が検討している事案に適しているものかどうかを見極めるための知識や慣れが必要になりますので、全く法学に触れたことがない方がいきなり取り組むことはお勧めできません。

さて、「専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用」とは具体的に何を意味するのか、実際にある裁判例で示された規範を見てみましょう。
「通常要する」範囲を超えることとは「社会通念上認められる」範囲を超えることだと述べられたうえで、社会通念上認められる範囲を超えるかどうかの判断基準が示されています。
まだ抽象的な印象が拭えないかもしれませんが、それでも実務での判断に使用し得る程度には具体的だといえないでしょうか。

当該行事が福利厚生事業として社会通念上一般的に行われる範囲を超え、当該行事に係る費用が社会通念上福利厚生費として認められる程度を超えているか否かについては、交際費等の損金不算入制度の趣旨及び目的に鑑み、当該法人の規模や事業状況等を踏まえた上で、当該行事の目的参加者の構成(すなわち、従業員の全員参加を予定したものか否か)、開催頻度規模及び内容効果参加者一人当たりの費用額等総合して判断する(太字筆者。福岡地判平成29年4月25日税務訴訟資料第267号-66順号13015参照)

最初に述べたような調査官からの指摘に対しては、このような判断基準に沿って、A社の場合に具体的にどこが問題なのかがはっきりするまで質問しましょう。
問題がはっきりしても納得できなければ、反論開始です。

裁判例等を持ち出されても怯まない

ところで、税務調査の場では、調査官の側から、指摘の根拠として裁判例等を示されることがあります。
そういう時にも焦らず怯まず、示された裁判例等が今取り扱っている問題にとって適切なものかを考えてみることが大切です。

というのも、ある裁判例等で示された判断は、その裁判等における事実関係を前提にしたものだからです。
当たり前ですが、前提となる事実関係が異なれば判断も異なる可能性があります。
示された裁判例等における事実関係を今問題になっている事実関係をよく見比べてみて、もし異なる点があれば、調査官からの指摘の根拠として不適切であるという反論が可能かもしれません。

事実関係を把握するために丹念に当事者の話を聞き取り、きちんと根拠資料に当たるのは実務の基本ですが、結局、それが税務調査でもモノをいうのです。

おわりに~リーガルマインドを身につけたいと思ったら

筆者は幸運にも、興味を持って大学院の門戸を叩いたことで以上のようなことを学ぶ機会に恵まれました。
既に資格を持っている方にも、これから取得される方にも、大学院で税法を学ぶことはお勧めできます。

そこまでではないがもう少し学んでみたいと思った方には、租税訴訟の第一人者の弁護士として活躍され、大学で教鞭をとっておられる木山泰嗣教授の書籍をお勧めします。
まず、是非『税務の専門家に贈る リーガルマインドのあたらしい教科書』(大蔵財務協会、2022年)を手に取ってみてください。
そして更に学びを深めたいと感じた方は、『入門 課税要件論』(中央経済社、2020年)に挑戦されてはいかがでしょうか。

(著者紹介)
峯岸 秀幸
(みねぎし ひでゆき) 
公認会計士・税理士 税理士法人峯岸秀幸会計事務所代表社員
準大手監査法人、大手税理士法人等を経て現職。青山学院大学大学院法学研究科ビジネス法務専攻税法務プログラム修士課程修了(修士(ビジネスロー))。日本公認会計士協会 租税政策検討専門委員会 副専門委員長、一般財団法人会計教育研修機構 実務補習講義担当講師(税務教科)(2022年期~)等。


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