並木秀明
(千葉経済大学短期大学部教授)
はじめに―全体評―
今年度の簿記論の問題を見た瞬間に思い出したのは、平成11年(1999年)度の財務諸表論の問題である。
当日、解答速報を作成するため問題を入手しようと試験会場近くの喫茶店で待機していた。
しかし、試験終了前に多くの受験生が試験会場からうなだれて出てきたのである。
もちろん、暑さのせいではない。
出題内容のせいである。
理論は「会計主体論」「会計公準」「連結会計」、計算は「不動産業を兼業した製造業」であった。
理論は想定外、計算は税効果適用初年度固有の処理と決算整理事項は実務的な内容で、受験生にとって初見の問題ばかりであった。
難解すぎて「合格者ゼロ」と思われたが、合格率は14.9%(当時2位)と高かった。
どのように採点したかはわからない。
今年度の簿記論は第三問に建設業と不動産貸付業の内容が含まれていたため、記憶の片隅に刻まれた平成11年(1999年)度の財務諸表論を思い出したのかもしれない。
最後まであきらめずに挑戦した受験生は救われる可能性のあるのが今年度の簿記論である。
さて、過ぎた試験について「こう解けばよかった」「ここが捨て問だった」などは禁句であろう。
しかし、講評であるから、このような説明が出てくるのはご容赦願いたい。
第一問
第一問(25点満点)は解答箇所が33箇所ある。
そこから推測できることは以下のとおり。
① すべて1点で25点を限度として採点をする。
② 採点箇所を25箇所決めて採点する。
③ 出題者のミス? その場合は、①の方法により採点する。
問1 キャッシュ・フロー計算書と推定問題
内容的には、キャッシュ・フロー計算書(平成)+純大陸式(昭和)の新旧織り交ぜた、実務ではありえない出題であった。
キャッシュ・フロー計算書は連結が前提であり、純大陸式は机上の手作業の時代の問題であるからである。
それはさておき、推定問題はT勘定を使用して解かなければならない。
ボリュームから20分では解答不可能である。
解く箇所を決めて問2に移れたかが合否を分けたであろう。
問2 委託買付と受託買付、返品権付き販売
委託買付と受託買付は、基本的な問題である。
混合勘定として債権債務を委託買付と受託買付で記帳することを覚えていた人は得点できたのではないか。
返品権付き販売は、収益認識会計基準からの出題であった。
返品調整引当金の廃止に伴う契約収益の計上を問う問題である。
筆者の著書『はじめての会計基準』でも取り上げている。
前年度に割賦販売が出題されたことから、本問を予想した受験生は解けたのではないだろうか。
第二問
第二問は、第一問の時間配分に適正に行えたことが前提である。
問1 共用資産を含む減損会計
過去にも似た問題が出題されている。
個別問題・総合問題ともに定番論点であり、キチンと対策していた受験生は満点もありうる。
問2 有価証券の保有目的別の処理
有価証券に関するテキストレベルの問題である。
問1と同様に満点もありうる。
第三問
建設業と不動産貸付業の内容が含まれている総合問題
建設業に関する収益・原価を無視し、「現金」「当座預金」「有価証券」「賞与引当金」「退職給付引当金」などの定番論点を得点に結びつければ合格点がとれる問題である。
予想ボーダーライン
第一問 問1(6点)+問2(6点)=12点
第二問 問1(10点)+問2(10点)=20点
第三問 38箇所の配点方法から25点から28点
合計57点~60点がボーダーラインであろう。
本来の合格点60点がボーダーラインなら採点箇所を工夫するはずである。
来年の本試験に向けた学習アドバイス
① 9月から(再)スタートをきる際に心がけるべきこと
実は、税理士試験には、簿記論に限らず、はじめからバカでかい山は存在しない。
ハイキング程度で登れる程度の小山がたくさんあるだけである。
この小山は、それぞれに特徴があり、1つひとつ越えられる山である。
1つの山を越えたら、次の山へあきらめず1つずつ越えていけばよい。
この山がいわば「論点」である。
1つの山を越えるとは、1論点を理解することである。
そして、それを繰り返す。あきらめない限り、気づいたら税理士になっているだろう。
では、来年の本試験に向けてどのように学習していくべきか、以下に学習目標を示そう!
① 多くの論点の「知識均等化」を心がけよう! 過去に学んだ論点は忘れていくものである。 日増しに増加する個別論点を地道にこなしていかなければ、何が出題される論点かわからない試験では通用しない。 受験勉強は、現在学習している論点と過去に通り過ぎた論点とを均等に詰め込む努力をすることである。 ② 受験勉強の到達点は「過去問が解けること」! 受験勉強の到達点は、過去問が解けるかで判断しよう。 「過去問が解ける」論点が増加するほど合格力が高まると確信してよい。 ③ 時間内に解けるスピード「時間内解法力」を身につけよう! 「過去問が解ける=合格」という等式は成立しない。 税理士試験には2時間という時間制限があり、時間内に合格ラインを超える得点を獲得しなければならない。 同じ知識量であれば、解法スピードが速いほうが有利である。 「時間内解法力」、すなわち知識とは異なる受験テクニックを身につけることが重要である。 |
② 特に直前期の実践トレーニングをつむ際に意識するべきポイント
毎年、試験直前の対応として以下のようにアドバイスしている。
今年度の問題に左右されず、簿記論では次のことを覚えておいてほしい。
簿記論には、定まった出題形式はない。
基本的には、第一問が30分の総合問題、第二問が合計30分の個別問題の組み合わせ、第三問が60分の総合問題である。
事前にすることは、第一問・第二問・第三問の構成とボリュームを把握することである。
第一問は、こだわれば45分は時間を使うし、第二問も同様に45分の時間を使う。
そうなると第三問は、残り時間30分となる。
この時点で簿記論の解法としては「失敗」である。
受験生の知識を一定とすると、戦略で差がつくのが簿記論である。
その意味で、簿記論で一番難しいのは「時間配分」である。
第一問が途中でも、時間がきたら第二問へ移らなければならない。
第二問が途中でも、時間がきたら第三問へ移らなければならない。
では、いつ第一問から第二問へ、第二問から第三問へ移るべきなのか。
これには「完全な答えはない」が、それを知っておくことが対策なのかもしれない。
個人的には、第一問にかける最大時間は35分、第二問も35分、残り時間の50分を第三問に割り当てることを推奨している。
しかし、第三問は50分では解ききれないのは周知の事実である。
それなら、配点の一番大きい「第三問から解けばよい」と考えることもできる。
とはいえ、第三問は、90分またはそれ以上に時間をかけることができる「大きな問題」であることが多い。
解く順番を間違えると第一問・第二問は、白紙答案になる可能性もある。
そう考えると、簿記論は、順序よく第一問から解くべきであろう。
<執筆者紹介>
並木 秀明(なみき・ひであき)
千葉経済大学短期大学部教授
中央大学商学部会計学科卒業。千葉経済大学短期大学部教授。LEC東京リーガルマインド講師。企業研修講師((株)伊勢丹、(株)JTB、経済産業省など)。青山学院大学専門職大学院会計プロフェッション研究科元助手。主な著書に『はじめての会計基準〈第2版〉』、『日商簿記3級をゆっくりていねいに学ぶ本〈第2版〉』、『簿記論の集中講義30』、『財務諸表論の集中講義30』(いずれも中央経済社)、『世界一わかりやすい財務諸表の授業』(サンマーク出版) などがある。