将来的に大きな武器になる会計・監査等の制度への「本質的な理解」と「考える力」を身につけるには?―『経済学で考える制度会計』著者、上枝正幸先生にきく
2022年3月、上枝正幸先生著『経済学で考える制度会計』が刊行されました。
本書は、帯に「実証的なアプローチから会計や諸制度の本質を考えるテキスト」とあるように、資格試験を含め従来の会計のテキストとは大きく異なる内容となっています。
なぜそのようなテキストをつくったのか?そしてそこから何が学べるのか?著者の上枝先生にお話を伺いました。(編集部)
会計を「経済学」で考える???
――なぜ会計を「経済学で考える」必要があるのでしょうか?
上枝 本書のアプローチは、実証的、あるいは事実解明的なものです。
これとは反対に、規範的なアプローチというのがありますよね。物事のあるべき基準としての規範を扱うものです。
これに対して、実証的、あるいは事実解明的なアプローチでは、事実や真理を「どうにかこうにか」して探求しようとします。この「どうにかこうにか」するさいの分析の道具、あるいは物事の見方の1つが経済学です。経済学によれば、善悪・良否の判断はひとまず措いて、会計関連の諸制度の背後にあるメカニズムや現在ないし今後に考えうる経済的帰結に関して、余分なものを削ぎ落した簡潔なモデルで捉えられますし、また個別の企業・経営者の利得だけではなく、社会・経済全体の厚生や経済効率性も考えることができます。
制度会計を考える切り口は、経済学の他にもあるでしょう。しかし、社会・経済における会計制度・基準の本質を考えるうえでは、「経済学で考える」のがベストであると考えています。
なぜ「制度会計」?
――書名に「制度会計」とありますが、「財務会計」ではないのですか?
上枝 言ってしまうと元も子もないですが、「制度会計論」という科目の講義経験から本書が生まれたというのは大きいですね(笑)。現に「財務会計論」という科目も大学では開講されており、今(2022)年度からわたしも担当するようになりました。
とはいえ、確かに、両者の間には大きな差異がないのも事実です。
「制度会計」というのは、一般に、会計がその役割・機能を有効かつ適切に遂行しうるように存在する、いわゆる会計規範とよばれる社会的ルールのうち、法制度ないし法規制の枠組みに組み込まれ、よっていわゆるハード・ローにより強制的になされる会計をいいます。
これに対して、「財務会計」は、誰のために会計情報が作成されるか、というその報告対象による会計の分類方法であり、企業からみて「外部の」利害関係者に対して、その経済活動や関連する経済事象を報告する会計をいいます。よって、企業「内部の」利害関係者に対する情報提供を意図し、よって自社の都合・便宜にしたがい比較的に自由に会計システムを設計できる「管理会計」とは異なって、一般に、規制目的に沿い、社会的選択を経て決定した制度により、法的に規制されることになります。つまり、「制度会計」と「財務会計」は、重複する部分が多いといえるでしょう。
このため、わたしが「制度会計論」という講義科目を引き継いで担当することになった10年以上前に調べたところ、前任の先生は「財務会計」の論点を扱っておられましたし、また「制度会計」(や会計制度など)が表題に入る他の相当数の大学のシラバスを調べても、実質的には「財務会計」の制度や基準を取り扱っているのが一般的であったという印象をもっています。また、自身も、「制度会計論」を担当して数年間は、「財務会計」制度や基準の概説をやっていた時期もあります。もっというと、本書のカバー(表紙)を作製するさい、英語のタイトルを付けてくださいと依頼され、迷ったのですが、「The Economics of Financial Accounting」(「財務会計」の経済学)としたという経緯もあります。
とはいえ、「制度会計」とした積極的な理由ももちろんあります。
1990年代後半からの制度改革、いわゆる会計ビッグバン以降、現実世界に存在する会計制度・基準は、大量かつ複雑なものとなっていますし、そうした動きはいまだに歩みを止めていません。これに伴う会計制度・基準の制改訂の速さは、実務上の細かな知識を素早い時の流れで古くて使えないものとします。このとき、教壇に立って授業をするなか、制度・基準の詳細は日進月歩であり不断に変わりゆくとしても、その「基本的な構造」、「会計の世界の本質」、さらに言い換えると、会計の「経済的な大元の仕組み」はそうそう変わるものではないという事実に気が付いたのです。こうしたことについてお話すればいいのだと。
少し長くなりましたが、ここでの「制度会計」ということばには、会計の制度・法規制の根本的なところを議論したいという意味合いもあるのです。もっとも、確かに一般には、なぜ「財務会計」ではなくて「制度会計」なのだろうと思われるかもしれませんね。
資格試験との勉強との違いは?
――本書の内容と資格試験の勉強との違いは何でしょうか?
上枝 わたし自身も、1990年代半ば、すなわち約30年前に公認会計士を目指して学習していました。その時代、それから大学教員になってから各方面から聞き及んでいる限りでは、会計制度と会計基準の内容の詳細を理解して覚え、試験時間内に正確に記述することが第1に求められているように感じます。また、満点が取れるような問題ではありませんから、合格点を考え、解答する問題の取捨選択や他の受験生に劣後しない答案作成のテクニックを身につけることも必要でしょう。
これに対して、本書で取り扱ったような内容では、どうしてこのようになったのだろう(過去)、実際はどうなっているのだろう(現在)、および将来はどうなっていくのだろう(未来)ということに関して、自分自身で考えるということが第1になります。また、これもまたわたし自身の経験になりますが、公認会計士試験(旧2次試験)に合格して監査法人で業務補助に就いたさい、知識はあり、定型的な会計処理作業も素早くこなせる、でも会計の世界の本質についてはよく理解できていないなぁと感じさせられました。このとき、資格を取った後の会計専門職の世界の存立基盤を全体として眺めるというかたちで学ぶことにより、社会・経済のなかにおける立ち位置や使命が明確になるのではないでしょうか。
ご質問の意図に沿うようにまとめると、自分で主体的に考えること、大枠で捉えることの2点は、わたしのイメージにある資格試験の勉強とは違うのではないでしょうか。
本書をどう読めばいい?
――本書は、どのような方がどのように読むと有益でしょうか?
上枝 簿記・会計の基礎的な素養のある学生さんや社会人のかた、また会計専門職のかたであれば、どんなかたでも読み進められると思います。
わたしは、会計ビッグバンにより会計制度・基準の制改訂が盛んであった時期に、ある会社の経理部長のかたから「どうしてこのような情報の開示が必要なのか」、「開示したとして誰が読むのか」と問われ、返答に窮した経験があります。模範的には、「基準・規則があるから」と解答すべきなのでしょうが、それも味気がないですよね。また、これでは、明らかに、相手のかたが求めている解答になっていません。このような質問に適切に応えるには、制度・規制の根本から考え、あるいは会計関連の諸制度の社会・経済における成り立ちを知っておく必要があるでしょう。そのさい、「取っ掛かり」となるテキストとして手に取っていただけると嬉しいです。
また、読むさいには、最初から全部となるとそれなりに大部ですから、導入部の2つの章(第1章・第2章)を読んだあとは、制度・規制の必要性(第3章)、会計情報の有用性(第5章)、監査(第8章)、税務(第9章)、会計基準のコンバージェンス(第10章)など、関心のある所から始めていただければと思います。もちろん、「はじめに」と「あとがき」は、著者の思いを存分に込めたものですから、読んで欲しいところです。
さらに、本書の特徴の1つに、経済実験を幾つかの章に設けたことがあります。ある環境とルールのもとでは、どのようなことが起こり得るのかに関し、経済実験の参加者と実際になった気持ちになって読み進めていくような読み方も、筆者としては是非とも勧めたいところです。
(お話を伺った上枝先生のご紹介)
上枝 正幸(うええだ まさゆき)
青山学院大学経営学部教授 博士(経済学)(大阪大学)
1973年香川県高松市生まれ。1995年大阪大学経済学部経営学科卒業、2003年大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学、公認会計士第3次試験合格(公認会計士・第18207号)。名古屋商科大学総合経営学部・会計ファイナンス学部)専任講師、追手門学院大学経営学部専任講師・助(准)教授、青山学院大学経営学部准教授を経て2014年より現職。
<主要著作等>
『経済学で考える制度会計』中央経済社,2022年
『心理会計学—会計における判断と意思決定—』(サラ・E・ボナー著),中央経済社,2012年(共訳)
‘Voluntary disclosure with or without an antifraud rule: An experimental study’, 『管理会計学』, 第11巻第1号,2003年(共著)
「開示関連コストと経営者の情報開示—実験市場での検証—」,『現代ディスクロージャー研究』,第7号,2007年
「経営者の情報開示・開示規制と投融資決定—コーディネーション・ゲームを用いた分析—」,『現代ディスクロージャー研究』,第14号,2014年(共著),など