藤井太郎
【前回まで】
第1話「所得税と筑前煮」
第2話「サンシャイン」
第3話「歌って踊れる税理士をめざして」
第4話「Dear Miss Lulu」
第5話「8年前の合格体験記」
第6話「食堂と税理士」
こどもとの関わりは舞台から教室に
税理士は、やっぱりこどもたちの憧れになるような職業であってほしい。
こどもたちに税について学んでもらう出前授業は、絶好の見せ場だ。年に数回やってくるその授業を、僕はいつも楽しみにしている。
僕はかつて役者として小・中学校を巡業し、6年間で延べ何十万人というこどもたちと舞台を通じて触れ合ってきた。だから、こどもたちと接する活動に携わりたいと望むことは、ごく自然な流れだった。
ただし役者時代とは、伝える内容もスタイルもぜんぜん違う。「夢」や「友情」を伝えてきた役者が、税理士として「税」について話すのである。「租税教育」というお堅い名前もついている。
さてどうしたものか……。 どんな授業をするものなのか気になって、税理士になりたての頃、税理士会に頼み込んで授業を見学させてもらった。そのときはじめて目にしたのが、多くの講師が教材に使用する「マリンとヤマト 不思議な日曜日」というアニメ動画である。
2000年に国税庁で企画・制作されて以来、20年以上視聴され続けている隠れたロングセラーだ。なんの予備知識もなく、所詮こども向けとたかをくくって見始めたのだけれど、かなり引き込まれた。
こどもの眼差しも真剣そのもの。事実、授業の最初に「税金って要ると思いますか?」という質問に対してパラパラと手が上がる程度だったのが、視聴後にもう一度同じ質問をすると全員の手が即座にあがる。なんともあっぱれな光景。なんか悔しい。
授業は準備からが勝負
それから7年間、僕は「租税教育」に関するさまざまな企画に携わることができた。小学生、中学生、高校生、そして大学生に対する出前授業、さらには大人向けのイベントまで(第1話参照)。
そのひとつひとつをどんな内容にするか、悩んだりひらめいたりするのは、本当にワクワクする作業だ。時間はあっという間に過ぎる。すばらしいけれど難しい書籍や論文を、本質だけ抜き出し、いかに簡潔に興味をひくように伝えていくか。
「おいおい、このエネルギーをクライアントのために使えば、もっと事務所の業績は上がるんとちゃうのか」と真夜中に何度も自分に突っ込む。気がつくとパワポマスターになっている。そのとおりにいくはずのないタイムテーブルや構成台本を作り込む。テンション上がりすぎて焼酎がないと寝つけなくなる。
そんな苦労は、こどもたちと生で対峙していると吹っ飛んでいく。かつて稽古の苦しさが、こどもたちの拍手や歓声やすすり泣きで吹き飛んでいったように。
心に響く授業を目指して
2020年1月。その日は何年かぶりの小学6年生の授業だ。
役者として当たり前にメイクや衣裳や立ち居振る舞いに気を配ったのと同じように、身だしなみや服装や姿勢に精一杯気を遣う。芝居でステージに姿を現すように、教室に一歩足を踏み入れた瞬間からいっさい気は抜けない。
黒板の上かなんかに「元気よい挨拶」と目標が掲げられているとしめたものだ。開口一番「おはようございま~す」とフレンドリーに切り出しても、探り探りの挨拶しか返ってこない。「このクラスの目標はなんだっけ? やりなおし~!」と呼びかけると、今度は隣の教室まで聞こえちゃうくらい威勢のいい挨拶が返ってくる。
いかに心に響く授業ができるか。45分1本勝負。毎回が真剣勝負である。
アテレコせんせい、登場
この日は、アニメ視聴後に“税のない世界”と“税のある世界”でどんな違いが起こったか、時間の許すかぎりこどもたちにとことん意見を挙げてもらい、なぜそうなるのか、ひとつひとつ丁寧に解説していく内容を考えていた。それが税の役割をより心に響かせる授業だと思ったから。
そのために数日前から、何度も何度も動画を見返しては、細かい違いを注意深く見つけ、「この違いを発見したらすごいよなぁ」とか「コレを答えてくれたら名解説しちゃうぞ」とか想像しては、期待と不安に震える夜を過ごしたのだ。
授業はまずまず順調に進む。ところが、アニメが始まってしばらくしてトラブルが発生する。音声が出なくなってしまったのだ。前日の打合せでは問題なかったのに。時間は刻々と過ぎていく……僕がとっさに取った行動は、アテレコすることだった。
何役ものキャラクターを、声音を変え、感情を入れて演じ分けた。同時に、必要に応じて状況説明も入れた。何を言ったかよく覚えていないけど、終わって自然と拍手が起こったので、たぶんなんとか乗り切ったんだろう。
こどもたちは積極的にたくさん意見を出してくれた。細かいところまで指摘があって、頼もしく映る。
たとえば“税のある世界”で「ぶり大根」だった朝食は、“税のない世界”では「コーンフレーク」に変わっている。優しかったおばあさんの口調は、ストレスと疲労が滲み出て嫌味に聞こえる。
僕は「税」の大切さと同じくらい、家庭や学校でのお手伝いや、きょうだい仲よくすることや、プロの声優の絶妙な表現力を熱く語る。ぜんぜん税金と関係ないじゃないか。
こどもたちの心に残る「せんせい」に
後日送られてきたアンケート。「せんせいが面白かった。」
……それでいいのだ。おとなになって、ふと「税」に関して立ち止まったときに「こんな授業があってね」と会話が弾むだけで本望である。たぶん何かの役には立っているのだ。税金と同じように。
僕は「せんせい」の依頼があるかぎり、どれだけ仕事を抱えていても、これからもずっと地の果てまで赴くだろう。近頃は「先生」とよばれることに抵抗を感じる「先生」も多いと聞くけれど、僕と同じように考える「せんせい」が少しでも増えることを、僕は願っているのである。
第8話へつづく
〈執筆者紹介〉
藤井 太郎(ふじい・たろう)
1977年三重県伊勢市生まれ。亜細亜大学法学部法律学科卒業。2015年藤井太郎税理士事務所開業。夢団株式会社会計参与(http://www.yumedan.jp/)。東海税理士会税務研究所研究員。