ため氏に聞く! 日商簿記1級の社内評価と実務で期待すること


ため(プライム上場企業財務経理部長・公認会計士)

【編集部より】
きたる11月19日(日)に日商簿記検定統一試験が実施されます。11月検定試験では簿記1級も開催されるので、今まさに直前対策に力を入れている受験生も多いのではないでしょうか。
一方で、難易度や合格率などからハードルの高さを実感することもあるかもしれません。そこで、モチベーションアップのため、簿記1級がどのように評価されるのかについて、プライム上場企業財務経理部長であり、公認会計士のため氏にお聞きしました。

もし自分の部下が簿記1級を取得したら?

こんにちは、ためと申します。
とあるプライム上場企業で財務経理部長を勤めている公認会計士です。

日商簿記1級は2級と比べると試験範囲が広く難易度も高いため、勉強のモチベーションが下がっている人もいると思います。
そこで今回は、「もし自分の部下が日商簿記1級を取得したらどのように評価するか、どのような仕事を任せるか」をご紹介します。

日商簿記1級を取っただけでは評価は上がらない⁉︎

日商簿記1級に合格したら、その瞬間は評価に加点します。

ただし、合格したその時だけです。
また、日商簿記1級を持っているからといって即座に昇格させることもありえません。

資格手当と一時的に賞与が多少増えるかもしれませんが、それだけです。

では、日商簿記1級は取得する意味がないのでしょうか?

決してそうではありません。
日商簿記1級の真の価値や評価を上げるのは、「取得後」なのです。

日商簿記1級で得た知識を業務に活かす

日商簿記1級は取得しただけではそこまで意味がありません。
取得した知識を「業務に活かすこと」が重要です。

具体的な活かし方として、今回は2つについてご紹介します。

実務で必須だが、簿記2級ではカバーされていない範囲を業務に活かす

会計学による会計理論を活用する

実務で必須だが、簿記2級ではカバーされていない範囲を業務に活かす

連結会計に代表される「実務で必須な内容」が日商簿記2級の範囲に含まれてから数年が経過しました。しかし、依然として実務で必須にもかかわらず日商簿記1級のみの範囲となっている内容は少なくありません。

私の部下の中に日商簿記1級を持つ社員はいませんが、もし誰かが取得した場合、特に担ってほしい業務がいくつかあります。それは以下のとおりです。

キャッシュ・フロー計算書

キャッシュ・フロー計算書(以下CF計算書)は、BS、PLに続く財務三表の1つであり、上場会社では四半期ごとに開示が必要となる財務諸表です。

BSやPLと同じぐらい重要な財務諸表の1つですが、日商簿記でCF計算書を学ぶのは1級からです。

そのため経理の現場でCF計算書を作成できる人はとても貴重です。当社は部内のメンバーが私を入れて9人いますが、CF計算書を作成できるのは私ともう1人だけです。

日商簿記1級の知識を使ってCF計算書を作れるようになれば評価はもちろん、部内の大事な戦力になることは間違いありません。

連結税効果

単体の税効果は日商簿記2級の範囲に入っていますが、連結税効果は日商簿記1級の範囲です。簿記の試験では「税効果は考慮外とする」という問題をよく見かけますが、実務で税効果を考慮外にすることはできません。

連結会計は実務上必須の知識ですが、連結税効果ができなければ連結を締めることはできません。

しかし、連結税効果は日商簿記1級のみの試験範囲のため、実務で連結税効果の処理を行っている人もなんとなく過去の経緯から計上しているだけで、真の意味で連結税効果を理解して処理している人は多くありません。

連結税効果を理解して処理を行えるようになれば「あいつは連結がわかっているヤツだ」という社内評価を得る未来も近いでしょう。

繰延税金資産の回収可能性

税効果会計の重要な論点として「繰延税金資産の回収可能性」があります。

2003年にりそな銀行は繰延税金資産の回収可能性の判断を巡って、一歩間違えば倒産してしまうほどの大きな事件が起きました。それほどに重要な論点です。

そのため税効果会計の回収可能性を判断できる人は会社の命運を左右するほどの意思決定に関わることができると言っても過言ではありません。

しかし、繰延税金資産の回収可能性は会計的に高度な判断を伴い、監査法人や関係者に説明できる人は少数です。

当社では、私しかできない業務のため、「誰かに早く引き継ぎをしないといけない」と危機感を抱いている内容の1つです。

固定資産の減損

固定資産の減損は特に監査法人と議論になりやすい論点です。

会社の上層部から「減損なんてとんでもない」と言われ、監査法人から「減損しない根拠を出してほしい」と言われ板挟みになるのが経理の常です。

しかし、監査法人の言う「減損しない根拠」を揃えるためには、そもそも減損会計に関する知識がなければ何が必要かもわかりません。

また、減損会計は将来の事業計画等の見積が論点となるので、必然的に未公開の事業計画に触れることになります。

未公開の事業計画はインサイダー情報にもなるため、社内でも触れられる人間は限られます。そこまで重要な情報に触れられる社員は、それだけ重要なメンバーとして社内で認識されていることは間違いありません。

為替予約

本記事執筆時点の2023年10月は為替相場が不安定で、一時期1ドル150円を突破しました。

このため、為替変動リスクをヘッジするために為替予約をする会社が増えているのではないでしょうか。

為替予約は2級で基礎は学習するものの、実はヘッジ会計の適用要否や独立処理か振当処理か等の検討すべき論点が多く1級の知識がなければ実務では太刀打ちできません。

また為替予約などのデリバティブ関係は苦手とする人が多いため、為替予約の処理を確実に行える人は社内で一目置かれる存在になるでしょう。

管理会計関係(業務的意思決定、構造的意思決定)

原価計算で勉強する意思決定会計の知識は予算策定時や新規事業立ち上げ時の収支見込の試算を行う際に大いに役立ちます。

「経理が予算策定や新規事業立ち上げに関与するか?」と思われるかもしれませんが、私は実際に関与しています。

経理は社内でもっとも会計数値を理解しているプロフェッショナルですから、予算策定時にも大いに実力を発揮できるはずです。

また新規事業はどんな事業であれ会社の期待を背負っているはずですから、収支見込や費用の削減等の具体的な提案ができれば、経理部内だけでなく社内全体でできるやつという評価を得ることは容易でしょう。

会計学による会計理論を活用する

経理の仕事の醍醐味の1つに「新規取引の会計処理の検討」と「新規の会計基準を自社に当てはめたときの検討」があります。

簿記の問題と違って模範解答集はありませんので、取引の実態を把握し基準に当てはめてどのような仕訳を切るのか、また最終的に自社の業績にどのような影響を与えるのかは非常に重要な仕事です。

しかし、このような仕事をこなせる経理部員は多くないように思います。

その最大の理由は、会計基準そのものを読んだり触れたりしたことがなく、どの基準を確認すればよいのか、基準をどのように読めばよいのかわからないことが原因です。

特に上場会社ですと監査法人との交渉が必須になりますが、監査法人を説得するための理論武装をするために会計基準の読み込みは必要不可欠です。

一方で、日商簿記1級と2級の大きな違いに会計学による理論問題の有無があります。

日商簿記1級の勉強をして初めて会計基準を読んだという人も多いのではないでしょうか。

つまり、日商簿記1級を取得している人は会計基準を読んだことのある人であり、「新規取引の会計処理の検討」と「新規の会計基準を自社に当てはめたときの検討」という経理の醍醐味である2つの仕事を安心して任せられる人となります。

もちろん、日商簿記1級を取得しただけで基準を完全に読み解くことは難しいですし、新規取引の仕訳を完璧に仕上げられるわけではありません。

それでも日商簿記1級を持っている人とそうでない人では、検討結果に天と地ほどの差が出ることは間違いないでしょう。

まとめ:日商簿記1級で得た知識を使いこなすことが重要!

繰り返しになりますが、日商簿記1級を取得しただけではそこまで社内の評価は上がりません。また、勉強した内容の実務をすぐにこなせるようにはなりません。

しかし、日商簿記1級の取得を社内でアピールすれば、自ずといろいろな仕事を任せてもらえるようになります。

ですので、日商簿記1級の知識を使える仕事に積極的に手を上げてください。そして、成果を出せば社内の評価は勝手についてきます。

勉強している皆様の日商簿記1級の合格と、合格した暁には経理実務の世界で大いに活躍されることをお祈りしています。

<執筆者紹介>

ため

公認会計士・宅建士
プライム上場企業の財務経理部長
横浜市立横浜商業高校(Y校)卒業後、大学には進学せず大原簿記学校にて公認会計士の勉強を開始。当時最年少(20歳)、会計学トップの成績で公認会計士試験に合格し、大手監査法人に就職。現在の会社へ転職後は財務経理部長として資金管理や経理決算関係全般の業務に従事。
自身の勉強経験を活かし、日商簿記、公認会計士試験、宅建士の受験生を応援するサイトを運営中。
X(@kaitakushi_tame
ブログ「会宅士ノート


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