【カントクとよばれる税理士】第6話:食堂と税理士


藤井太郎

【前回まで】
第1話「所得税と筑前煮」
第2話「サンシャイン」
第3話「歌って踊れる税理士をめざして」
第4話「Dear Miss Lulu」
第5話「8年前の合格体験記」

ある食堂の2020年

国道沿いにあるその食堂は、古くからトラックドライバー憩いの場所である。広大な駐車場、手作りの温(ぬく)い飯、気取らない雰囲気。僕が脚本・演出として携わった『おとなの税金教室~劇場版~』(第1話参照)では、店内の写真を大事な回想シーンで使わせていただいた。僕の大切なクライアントのひとつだ。

2014年4月に消費税率が5%から8%に上がったとき、僕の値上げの提案は見送られた。2019年10月に8%から10%に上がったとき、苦渋の末にやっと気持ちばかりの値上げに踏みきった。それでも一番高いメニューはエビフライ定食980円。いくらフードロスを少なくしても、利益率は高くはならない。

そんな状況で、ヒステリックな2020年は過ぎていった。窓から見える国道の車は、かつてないほど減った。ある常連ドライバーは、店の写真を撮って帰ったそうだ。感染対策の一環で、どの店で食事をしたか会社に提出する必要があるためらしい。特別メニューの持ち帰り弁当の需要も増えた。食堂は、自粛要請や感染対策に対応しながら、日本各地の物流ドライバーと、地域社会にできるかぎり貢献した。

コロナ禍、税理士として思ったこと

2020年の売上は、前期と比べ大幅に減少したものの、月次ベースでかろうじて「半減」しなかった。半減というキーワードに、ピンとくる人もいるだろう……僕は顧問税理士として、一時休業などで1ヶ月の売上を前期の50%まで減らし、200万円の持続化給付金の申請を進言すべきだっただろうか? 納期限ギリギリに消費税の資金をかき集めなきゃいけないのは、お客から預かった消費税を運転資金に充てた食堂のせいだろうか? 僕は税のあり方に思い巡らさずにはいられない。

2020年、税理士はコロナ禍をめぐる支援策に多かれ少なかれ悩んだはずだ。とくに持続化給付金は、4月に受給要件や申請書類の詳細が発表されたときから、あとあと問題になることは容易に想像できた。案の定、ここ数ヶ月で新聞の社会面にやたらと出てくる「不正に税理士が関与」という記事を見ると、僕は朝からイヤな気分で出勤することになる。

本当に支援を必要とする人たちに、本当に必要な分だけ支援を行き渡らせることは、本当に本当に難しいことなのだ。

役者として、税理士として

芝居にのめり込んだ7年。役者の仕事は、人の「こころ」を守ることだった。

僕は何百回という本番で、芝居のもつ力を実感してきた。入団した当初、精神的にひどく落ち込でいた僕の「こころ」は、芝居の力によって少しずつ癒されていった。普段はアホな役者仲間たちが、いざ舞台に立つと、歌や踊りや芝居で大勢の人の「こころ」を打つ。僕が税理士試験に合格することができたのも、芝居と、出会ってきた仲間たちの存在が、どれだけ強く影響したかは計り知れない。

一方で、高い技術をもっていても、生活するためには役者に専念できない。その現実に対して、税理士として何か力になれることはないものか。それが僕の原点なのだ。

税理士として7年。税理士の仕事は、クライアントの「財産」を守ることだ。

節税の助言をしたとき、資産税の重い事案を解決したとき、バックオフィスのコストダウンと効率化に寄与したとき、税理士としてやりがいを感じる。自分の何気ない言葉の影響力を思い知ることもある。ただ、物足りなさや葛藤があるのも事実である。

税とは、何のためにあるのか?

「使い道がよくわからないし、無駄に高い。」

税に対する一般的なイメージは、いつの時代も変わらない。年中行事みたいな政治とカネの問題は、そのイメージを余計悪くする。僕たち税理士は「高い税金払うのがアホらしくなる」というクライアントたちの叫びをいつも間近で受け止める。

税理士はどう答えるべきだろう? 「わかります。税なんて誰かが自分たちの都合のいいように作ったり廃止したりするものです。正直に納めるなんてまともじゃない。ご安心ください。僕がとくべつに合法的な抜け道を教えて差し上げましょう。で手数料は……」とスマートに申し出るのが、税理士の仕事だろうか。

税なんて誰だって負担したくない。僕だってできれば少ないほうがいい。じゃあ税は何のためにある? 税は、いざというとき、困ったときに、コストをかけず助け合うお金を、みんなで出し合う互助会の会費のようなものだ。「困ったときはお互いさまだよ」と。コロナ禍をめぐるさまざまな支援に関わって思うのは、もしかすると税はいま、極端にいうと「困っている人が、困っていない人を助ける仕組み」になっていないだろうか。

自分の助言で守られたクライアントの「財産」が、もしそのおかしな仕組みの上に成り立っているとしたら。知らず知らずのうちに、困った人をより窮地に追い込む手助けをしていないか。僕はそんな風に考え込んでしまうのだ。

「税理士」として守りたいもの

『おとなの税金教室~劇場版~2018』食堂の回想シーン。

ときは1993年(平成5年)。近隣のコンビニの出現で、食堂は赤字に転落というベタな設定だ。食堂を創業した頑固オヤジは、税の還付が受けられますよと励ます税理士を、こう叱り飛ばす。

「あんた何を思い違いしとるんじゃ!悔しくてたまらん!税を納めて、社会に貢献してこそ一人前の会社じゃろう。……これからこの国は、子どもが少なくなって、年寄りが増えるんじゃろ。わしのような頑固オヤジの面倒を見るために、若いやつらにツケが回ってくるわけじゃ。みな生きるのに必死になったとき、よそ様のことまで考えられるかな? 自分だけが良ければいいとならないか? ラクを選びたがる今の若いもんが、本当に支えていけるかな?……税で救える命もある。わしは本気でそう思っとる。……先生みたいな頭のいい人たちが上等なスーツに身を包んでいるのは、そういうことを考えるためなんじゃないのか?」

税の力を信じ、何かを守るために大事なことを見失わないことも、税理士の仕事だと僕は思う。役者は税理士となり、ひとの「財産」と「こころ」を守りたいのだ。 税理士を志す、あなたの場合はどうだろう?

第7話へつづく

〈執筆者紹介〉
藤井 太郎(ふじい・たろう)
1977年三重県伊勢市生まれ。亜細亜大学法学部法律学科卒業。2015年藤井太郎税理士事務所開業。夢団株式会社会計参与(http://www.yumedan.jp/)。東海税理士会税務研究所研究員。


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