言葉を友人に持とう。書を持って、自宅にいよう。


杉本徳栄

愛読書があるわけでも、感性に共感するわけでもないが、どこか惹かれる言葉がある――言葉の錬金術師といわれた寺山修司(歌人、劇作家等)の琴線に触れる一言。たとえば、代表作の『書を捨てよ、町へ出よう』には、青春を扇動するかのようなニオイすらする。

惹かれる理由は、ひょっとすると小学生の頃にテレビアニメ「あしたのジョー」(漫画はちばてつや作画)に夢中になったからかもしれない。主題歌のオープニングテーマ曲の作詞は寺山修司だ。♬「あしたは きっとなにかある あしたは どっちだ」♪。

■コミュニケーション能力

若年層の「コミュニケーション能力」の低下をよく耳にする。教育界や会計業界だけでなく、企業や官庁などでも同じである。企業が新卒者を採用する際に最も重視している項目だからかもしれないが、「コミュニケーション能力」は評価基準としての高さが増すばかりだ。

公認会計士や税理士として活躍することを目指している人、またすでに資格を取得して活躍している人にとっては、コミュニケーション能力は必須の「武器」である。能力の低下の指摘は、若者たちの不安を一層かきたてるが、この能力をどのようにして高めるか、その努力が問われる。

コミュニケーションは国語教育が関わっており、言葉が重要なツールとなる。

会話に限らず、文章力が基本である。

これまで試験やレポートの採点をはじめ、学位論文の指導などを通じて数多くの文章に接してきたが、たとえ日本で生まれ育った日本人が書いた文章でも、意味不明なものや難解なものが実に多い。論文指導では書き手との会話を通じて、それを添削しなければいけない。

文章は、書き手である自分のためにではなく、読み手に読んでもらい、伝えたいことを理解してもらうためのものだということを忘れてはいけない。主語と述語がきちんと結び付き、できる限り短文で、自分の考えを伝えること――文章力のポイントはこれに尽きる。文章にもいろいろあるが、少しストーリー性を持たせることができればなおよい。

そうそう、寺山修司の『ポケットに名言を』には次の言葉がある。

「言葉を友人に持ちたいと思うことがある」。

■文章力向上のためには読書を

文章力を高めるためには、つまり書くためには、読むことが必要である。 

専門書は取っつきにくくても、文芸書や新書であれば、読めば気になる言葉や惹かれる文章に必ず出くわす。とくに文学は言葉の宝庫だ。惹かれる都度どこかにそれをメモし、その言葉や文章を使って自分ならどう表現するかを試すとよい。

資格試験の受験勉強や仕事などに追われていても、できれば毎日1時間ほど決まって読書の時間を取れば、年間の読書時間は相当なものとなる。年間に読破する本の冊数も多くなり、知識だけでなく、気になる言葉や惹かれる文章も増える。話題にだってできる。優れた文章を数多く読めば、その読む量に比例するかのように、文章力はアップする。間違いない。優れた文章や文体が記憶に残り、基本になるからだ。

人は目指すものがあるからこそ努力できる。

ここにも寺山修司の言葉が思い浮かぶ――「ふりむくな、ふりむくな、後ろには夢はない」。

コミュニケーション能力を少しずつ高めるために、またいまだからこそ、『書を捨てよ、町へ出よう』ではなく、「書を持って、自宅にいよう」。

【執筆者紹介】
杉本徳栄(すぎもと・とくえい)
関西学院大学大学院経営戦略研究科教授、博士(経済学)東北大学。
神戸商科大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得退学、鹿児島経済大学専任講師・助教授、龍谷大学助教授・教授を経て現職。
文部科学省中央教育審議会専門委員、公認会計士試験試験委員、税理士試験試験委員、会計大学院協会理事長などを歴任し、現在、国際会計研究学会会長、会計教育研修機構運営委員会委員などを務める。
<主要著書>
『国際会計の実像-会計基準のコンバージェンスとIFRSsアドプション』(同文舘出版)、『アメリカSECの会計政策-高品質で国際的な会計基準の構築に向けて』(中央経済社)、『事例分析 韓国企業のIFRS導入』(編著・中央経済社)、『開城簿記法の論理』(森山書店)、『国際会計[改訂版]』(同文舘出版)、『ケーススタディでみるIFRS』(監修・金融財政事情研究会)、訳書に『会計の変革-財務報告のコンバージェンス、危機および複雑性に関する年代記』(共訳、同文舘出版)、『財務諸表分析と証券評価』(共訳、白桃書房)などがある。


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