会計士だからこそできるAIエージェントの開発 ~バックオフィスの自動化


星野宇潮(ほしの・うしお)

【編集部より】
さまざまなジャンルでAIの業務活用が進む中、バックオフィス業務においてもどのように活用するかが注目されています。一方で、まだまだ危うさがあることも否めません。 そこで、自らAIエージェントを開発し、導入支援を行う著者に、会計士だからこその視点や資格が活きている点などを教えていただきました。

エンジニアには作れないものがある

前回の記事で、私が会計士でありながらコミュニティづくりを事業にしていることを書きました。今回はその続きです。数千人の場を回すために作った仕組みを、監査の現場へ持ち込んだらどうなったか。

先に結果から書きます。監査調書を自動で組み上げる仕組みを作ったところ、全科目の調書作成にかかる時間が、大幅に短くなりました。 ただし、これは開発者である私自身が自分の実務で測った変化で、第三者による検証ではありません。その前提で読んでください。

驚いたのは、時間ではありませんでした。これを作れたのが、エンジニアではなく私だったことです。

コードが書けることは、もう参入条件ではない

少し前まで、AIエージェントの開発はエンジニアの領域でした。いまは自然言語で開発できます。私は理系出身ではありませんし、情報系の教育も受けていません。

そうなると何が起きるか。コードが書けることが参入条件でなくなり、代わりに「あるべき姿を知っていること」が参入条件になりました。

たとえば「増減分析をやって」と指示しても、AIエージェントは動きません。何をもって異常とするのか。 前期比何パーセントで拾うのか、金額の絶対値で拾うのか、両方か。売上原価が増えているとき、売上の増加で説明がつくならそれは異常ではない——この判断の型を、言葉にして渡さなければなりません。

これは、監査の実務をやったことがない人には書けない仕様です。手順書を読んで書けるものでもありません。なぜその手続が置かれているのかを知らないと、どこまで機械に任せてよいかの線が引けないからです。

エンジニアが会計を勉強するより、会計士が自然言語で開発するほうが、いまは近道になっている。私はそう感じています。

渡すもの、渡さないもの

作るうえでいちばん時間をかけたのは、コードではなく線引きでした。

機械に渡したのは、会社が変わっても手順が変わらないものです。増減分析、固定資産の減価償却の再計算、証憑突合。このあたりは、正直に言えば、人がやっても学びになりにくい作業です。スタッフ一人あたりの時間単価を考えれば、その時間はもっと検討の要る論点に充てたほうがいい。

渡さなかったのは、その会社に固有の取引、たとえばデリバティブのような個別性の高いもの。そして、すべての最終判断です。

作業の大半を機械が処理し、最後のところを人が確かめる。この形にしたのは、性能の問題ではありません。誤っていたときに、誰の判断だったのかが分からなくなるからです。 出力が正しいかどうかより、その出力を誰が引き受けたのかを説明できるかどうか。私はここを動かさないことにしました。

データがどこへ行くのかを、一度確かめてみる

もうひとつ、避けて通れないのがセキュリティです。

汎用の生成AIサービスの上位プランを契約すれば、帳簿の作成を含めて相当なことができます。ただ、そのとき企業の情報はそのまま外部へ渡っています。バックオフィスの業務は、扱っている情報の性質上、ここを曖昧にしたままでは導入できません。

私はいま、外部へデータを送らず、端末の中だけで完結して動くAIを試しています。実際に動いています。専門としてやっているというより、個人的な関心から情報を集め続けてきた結果です。

読者の方にお願いしたいのは、こう考えることを難しく捉えないでほしい、ということです。使っている道具について、入力した情報がどこへ行くのかを一度だけ確かめてみる。 それだけで、判断の質がかなり変わります。多くの方にとって、そこは単に「まだ見ていないところ」なのだと思います。見れば分かります。

監査から始めたのは、そこがいちばん重いからです

監査は、間違えたときに社会へ及ぶ影響がいちばん大きい領域です。だからここから手をつけました。ただ、構造そのものは経理でも税務でも変わりません。

定型と判断の境界を引き、定型の側を機械に渡す。 バックオフィスの自動化とは、突き詰めればこの作業です。難しいのは技術ではなく、境界を引くこと。そしてその境界は、実務をやった人にしか引けません。

公認会計士試験で学んだ広さが、いま効いている

最後に、この仕事に公認会計士の資格がどう効いているかを書きます。

私が会計士を志したのは、体系的に学べるからでした。 多くの資格は、問われる領域が定まっています。公認会計士は、企業法も会計学も税務も監査論も、ビジネスを一周して学びます。一度すべてを見ておきたい、という動機でした。

いま、それがそのまま効いています。

新しい領域の仕事をしていると、会計処理の方法がまだ決まっていないものに出会います。この資産に換金性があるのか、金融商品取引法上どこに当たるのか。調べても答えが出てこないので、ゼロベースで検討して、自分で決めて、周りに説明することになります。法律も、資金の仕組みも、会計処理も、同時に分かっていないと前に進みません。

現場には、各分野の専門家はいます。全体を見渡せる人が、あまりいません。これまでは専門を深めることが評価される時代でしたから、当然のことだと思います。

ただ、深い専門ほど、AIに引き取られやすい。 逆に、分野をまたいで話をつなぐ仕事は残ります。その横断を試験で一度経験していることが、公認会計士の強みです。

「AIで会計士の仕事がなくなるのでは」と聞かれます。私の実感は逆で、仕事はむしろ増えています。理由はいま書いたとおりだと考えています。

受験生の方に伝えたいのは、いま覚えている範囲の広さは、あとで効いてくるということです。試験科目が多いことを、私も当時は恨みました。いまは、あれがいちばんの資産だったと思っています。

【プロフィール】

星野宇潮(ほしの・うしお)

公認会計士・税理士
株式会社インベーダーズ創業者・取締役CFO
立教大学在学中に公認会計士試験に合格し、有限責任監査法人トーマツへ。金融部門を経て、税理士資格を取得して独立し、IPO支援に特化したコンサルティングファームを創業。多数の上場に携わる。次世代の組織のかたちであるDAOに着目。企業・自治体・教育機関のオンラインコミュニティを構想から運用まで支える「コミュニティ伴走支援」を主力に展開。在京キー局や大手鉄道会社と連携し、延べ数万人規模のバーチャルイベントを手がけてきた。監査支援AI「右筆」など、会計・監査の実務で使うAIエージェントを自ら開発している。一貫して掲げるのは「未来の居場所づくり」
公式プロフィール:https://invaders.co.jp/members/hoshino-ushio.html


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