社労士事務所のAI活用ガイド~第3回:まずはここから:最小導入ステップ


林雄次(デジタル士業®・資格ソムリエ®)

【編集部より】
生成AIの発達が目まぐるしい現在。社労士事務所ではどう活用できる?本連載では、『社労士事務所のDXマニュアル』(中央経済社)著者で、デジタル士業®×資格ソムリエ®の林雄次先生にやさしく教えていただきます。

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はじめに

生成AIを事務所に入れるときにいちばん失敗しやすいのは、「とりあえず聞いてみる」「なんとなく使ってみる」という段階で終わってしまい、業務の段階にまで進まないことです。

逆に言うと、最初に“これだけやればAIが社労士の仕事の一部として成立する”という最小限の流れを一本決めてしまえば、あとは応用がいくらでも利きます。

今回、その最小ステップを「目的を決める」「指示をかける」「人間が検品する」「所内に残す」という四つの動きに整理して、なぜその順番なのか、どこで手を抜くと危ないのかといったことについてご説明します。

1. 目的を決める──ここをあいまいにすると全部がにごる

最初にやることは驚くほどシンプルです。

AIに向かって「○○について教えて」ではなく、「何のために」「誰向けに」「どのくらいの分量で」書かせるのかを一文で決めることです。

たとえば「2025年の育児・介護休業法の改正内容を、製造業の管理職に配るA4一枚の説明資料としてまとめる」と書ければ、それだけでAIは対象読者も目的も分量も判断できますし、人間側も「この出力はこの目的に対してどうか」と評価しやすくなります。

逆に目的が「改正内容をまとめて」だけだと、AIは一般向けのやわらかい説明を出すこともあれば、専門家同士の議論のような長文を出すこともあり、毎回トーンや粒度が変わってしまいます。

社労士をはじめとした士業の実務は、受け手によって説明の深さがまったく違う世界です。

経営者に伝えるときと現場リーダーに伝えるとき、従業員説明会で使うときと社内決裁の稟議で使うときでは、同じ改正でもまとめ方が変わってくるもの。
だからこそ、最初の一行で「誰に見せるか」「どう使うか」を言い切ることが、実はAI活用の核心になります。

2. プロンプト雛形に当てはめて入力する──都度考えない仕組みにしておく

目的が一文で定まったら、それをプロンプトの雛形に埋め込みます。

ここを「今日はこんな聞き方で」「明日はこう聞こう」と毎回試行錯誤していると、事務所全体での品質が安定せず、結局“慣れた人しか使えないツール”になってしまいます。

ですから、最初に用意しておくべきは、社労士業務に合わせた固定の枠です。
たとえば次のような構成です。「あなたは日本の社会保険労務士のアシスタントです」という役割指定から始まり、「対象は従業員300名の製造業で管理職向けです」という読者の指定を続け、「2025年○月施行の○○改正の内容をA4一枚程度に収まるよう1000字ほどで説明し、影響と初期対応を明確にしてください」という目的を埋めます。

続けて、「断定は避け、最終判断は専門家が行うと明記してください」「根拠となる条文名・通達名を最後に列挙してください」「見出し→要点→影響→初期対応→注意事項の順でまとめてください」と制約と出力形式を入れます。
たったこれだけのことですが、毎回これに沿って入力するだけで、出てくる文章は“社労士っぽさ”が保たれ、後から別の職員が読んでも説得力のある構造になります。

ここで大事なのは、プロンプトの中に「社外に出す前に人が確認する前提である」ことも書いておくことです。
AIは自分で「この内容は危険なのでやめます」と判断してくれるわけではありません。
ですから、「この出力は下書きです。実際の運用に用いる前に専門家が最新の法令・通達を確認してください」といった一文をあらかじめ入れておくことで、使うたびに安全サイドに寄せることができます。

こうして“都度考えない”“毎回同じ器に情報を流し込む”仕組みをつくると、AIの出力のばらつきが一気に減ります。

3. 出力を“実務の目”でレビューする──AIに書かせたままは使わない

AIが出してきた文章は、ほとんどの場合、そのまま顧問先に送れる完成品ではありません。

ここで人間がやるべき仕事は二つです。

一つは、実務的な正しさの点検です。
「施行日が正しいか」「対象者の範囲にズレがないか」「就業規則の改定手順がその会社の実情に合っているか」「通達番号や法令名の書き方が公式のものになっているか」といった細部は、必ず一次資料にあたって確認します。
生成AIは、非常にもっともらしい文章を書く反面、条文番号や年号といった“細かいが重要な情報”でポロッと間違えることがあります。ここを見逃すと、外部に出して見られたときの信頼性が一気に落ちてしまいます。

もう一つは、相手にとっての読みやすさの点検です。
AIは「どの会社にも通用するように」と考えて、やや抽象度の高い表現や遠回しな言い回しを選びがちです。しかし、実際に読むのは、ある特定の業種・規模・労使関係を持つ会社の担当者です。
そこで、人間の側で「この会社では“所定外労働時間”より“残業時間”の方がいい」「“法令上は〜だが”の言い方は避けよう」「“従業員への周知”より“管理職への説明会実施”の方が先に来る」といったローカルな知識を織り込んでいきます。AIが作った骨格を、社労士としての経験で現実に接続してあげるイメージです。ここを怠ると、「内容は合っているのに伝わらない」「机上の説明に見える」という評価になり、AI活用自体が否定されかねません。(また、「AIっぽい」文章のままになります。)

レビューの最後には、必ず「AIによる下書きを元に作成」「最終確認日:2025年○月○日」「確認者:□□」といった履歴情報を付けておきます。
これは、後から「この説明はどの資料に基づいていたのか」「当時の法令状況はどうだったのか」を追跡できるようにするための最低限のガバナンスです。AIを導入した直後から、出力の出どころをたどれるようにしておくと、のちのち“AIが勝手に書いた”という誤解を防げます。

4. 仕上げたものを所内テンプレとして残す──“一度で終わらせない”が最大の効率化

ワークフローの最後の一歩を省略してしまうと、「今日はうまくできたけど、次も同じようにできるかは分からない」という状態が続きます。

そうならないように、整え終わった文書を所内で共有できるフォルダやナレッジベースに保存し、日付とバージョンを付け、どのプロンプトを使ったかも一緒に残しておきます。
つまり、「2025-11-02_育介法改正_管理職向け説明_A4」「使用プロンプト:管理職向け1枚説明_v1.2」といった形で、文書と作り方をセットでアーカイブするイメージです。

次に似たような依頼が来たときには、このテンプレを開き、日付や数値、会社固有の事情だけを差し替えれば、ほぼ同じクオリティのものが数分でできあがります。
AIの真価は、「毎回ゼロから考えなくてよくなること」にありますが、そのためには人間が“よかった出力”を拾っておく運用が不可欠です。

ここで一歩進んで、テンプレの中に「この文書はAIで作成し、人がレビューした」「この文書では個別労使紛争の判断はしていない」「この文書は顧問先○○社向けにカスタマイズした」といった注記をあらかじめ入れておくと、再利用のときに迷いませんし、職員が入れ替わっても安全な範囲が伝わります。
これを最初から“様式”にしておくと、AI導入が人に依存しなくなり、事務所としての知識が積み上がっていきます。

5. なぜこの順番なのか──入口と出口を人間が握るため

ここまでの流れを見ていただくとわかるとおり、この最小ステップは「AIにやらせる前の準備」と「AIにやらせた後の確認」に人間の時間を使う設計になっています。

これは、社労士の業務が相談者の人生や企業の労務リスクに直結しており、「うっかり間違えた」では済まない場面が多いからです。
AIの生成力そのものはどんどん高まっていますが、どれだけ賢くなっても、法令の最新状況や会社固有の事情、労使の過去の経緯といった“文脈の重さ”までは自動でくみ取れません。
だからこそ、入口で目的を絞り、出口で現実に合わせるという、人間にしかできない仕事を前後に置くのです。

そしてもう一つの理由は、“小さく始めて共有する”ことが組織導入のコツだからです。
高機能なAIシステムを一気に入れても、所員が「今日はどんな聞き方をしたらいいのか」「これは入力していい情報なのか」と迷っているうちは定着しません。

まずはこの4ステップ――目的を一文で定める、所内のプロンプトに当てはめる、実務の目でレビューする、テンプレとして残す――を数件回してみる。
そうすると、何が入力禁止なのか、どのくらい根拠を列挙させると便利なのか、どのくらいの長さが顧問先にちょうどいいのか、といった“その事務所らしさ”が自然と見えてきます。
それをガイドライン化すれば、より高度なRAGや自動配信の世界にも進んでいきやすくなるでしょう。

このように、最小限の導入ステップは難しい技術の話ではなく、実は「AIに書かせる前に何を決めておくか」「書かせた後にどう保管するか」を型にする話です。
ここが整っている事務所は、生成AIの導入が“たまたまうまくいった日”で終わらず、“毎月・毎案件で同じように成果が出る仕組み”になっていきます。

【プロフィール】
林雄次(はやし・ゆうじ)

はやし総合支援務所代表。IT関連企業に勤務後、「はやし総合支援事務所」開業。中小企業診断士、社労士、行政書士、情報処理安全確保支援士等として企業向け支援を行いつつ、「資格ソムリエⓇ」「デジタル士業Ⓡ」としてさまざまなメディアで活躍中。僧侶の資格も持つ。保有資格・検定は約600を超える。著書に『社労士事務所のDXマニュアル』(中央経済社)、『資格が教えてくれたこと 400の資格をもつ社労士がみつけた学び方・活かし方・選び方』(日本法令)、『かけ合わせとつながりで稼ぐ 資格のかけ算大全』(実務教育出版)など。


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