【連載】経理のための実践的勉強法~⑯まともな引継ぎがない場合の経理実務キャッチアップ方法 (後編)
- 2025/12/22
- 仕事術

葛西一成@元上場企業経理部長(経理部IS)
【編集部より】
経理部に配属され、会計のことを勉強しないといけなくなったけど、仕事に直結する勉強法ってどうすればよいの? 担当することになった業務について知りたいとき、どのようにアプローチして、どんな本を読めばいい? そんな悩みを抱えている人もいるのではないでしょうか。
そこで、複数の上場企業で経理の実務経験のある、経理部ISこと葛西一成氏に、経理のための実践的な勉強法についてアドバイスをいただきます。ぜひ、スキルアップにお役立てください!(隔月掲載予定)
はじめに
経理部門に配属されたものの、「口頭で簡単に説明されただけ」「マニュアルが存在しない」「前任者がすでに退職していて質問もできない」。こうしたまともな引継ぎを受けることができない場合があります。
このような状況で業務を任されると、何から手をつければよいのか途方に暮れてしまうものです。
引継ぎ資料もなく、質問できる相手もいない中で業務を理解していくことは、想像以上に大変で孤独な作業です。
今回は、前2回の記事に引き続き、こうした状況下でどのように実務を整理したらよいかについて解説します(前編・中編・後編の後編となります)。
そして、こうした引継ぎがない状態での苦労を、次の担当者に味わせないために何をすべきか、具体的な対策についてお伝えします。
前回までの振り返り
前回までの記事では、引継ぎがない場合の経理実務キャッチアップ方法として、次の3つ段階で対応することを提示しました。
3つの段階を踏んで経理実務をキャッチアップする!
(1)緊急対応の段階(初めて業務を担当するとき
(2)業務理解の段階(2回目以降業務を行うとき)
(3)業務最適化を行う段階
前編は、まともな引継ぎがない場合に行う緊急対応のしかた、中編ではなんとか業務をこなした後に実施する、業務理解の方法について取り上げました。
そして今回の後編では、業務を見直し、次の担当者が戸惑わないように業務全体を最適化する方法を解説します。
まともな引継ぎがない状況からしっかり経理実務をキャッチアップし、さらに業務改善まで実行できる経理人材を目指していきましょう。
【参考】 前回までの記事
(1)緊急対応の段階(初めて業務を担当するとき)
前編をご確認ください。https://kaikeijin-course.jp/2025/08/25/69090/
(2)業務理解の段階(2回目以降業務を行うとき)
中編をご確認ください。https://kaikeijin-course.jp/2025/10/03/69476/
業務最適化を行う 改善と再発防止
業務が安定的に遂行できるようになってきたら、今度は業務を「維持する」だけでなく、「改善する」段階に移ります。
今回の引継ぎがない状況において苦労した経験を活かし、同じような問題が起こらない仕組みを構築すること、さらに複数回業務を経験したことで気づいた課題を解決することが、このフェーズの目的です。
業務プロセスの標準化と改善
このフェーズでは、中編で業務を把握するために作成した「自分用のフロー図」をベースに、非効率な作業やリスクの高い部分を課題として特定し、改善を実施します。
実際に、数回業務を経験していると、「明らかにここの作業効率が悪い」、「整理されていない資料が多すぎる」、「業務で使うファイル名や保存場所が、担当者以外には絶対にわからないだろう」といった課題が見えているのではないでしょうか。
引継ぎがない業務は、そもそも作業マニュアルが用意されていないがゆえに、作業自体が属人化し、非効率で煩雑であることがほとんどです(業務が整理されていれば、マニュアルにもしっかり落とし込めているはずです)。
こうした課題は、実際に作業をしているなかで気づいたことをメモしておき(「改善予定表」などを作成するのがオススメです)、いつでも着手できるように準備しておきます。
そして、一定程度の課題が特定できたら、たとえば以下のような改善をできるところから順に実行していきます。
改善の実行例
| ・資料の改修 Excel資料の手入力箇所を減らし、関数や参照式で自動集計できるようにする。シート構成をわかりやすく整理する。エラーチェック機能(入力規則や条件付き書式など)を組み込む。 ・作業で使用するファイルの整理 作業で使用するファイルを「(日付)(業務名)(担当者名)」など、ひと目でわかるように命名規則を統一する。フォルダに散在している複数のファイルを整理し、作業しやすい環境を構築する。 ・システムの機能活用 会計システムなどに標準搭載されている機能(CSVインポート、レポート機能など)の活用方法を研究し、手作業で煩雑な集計プロセスを改善する。これにより、Excelでの手作業を減らし、工数削減を進める。 ・運用の改善 例えば、他部署から業務に必要な情報を入手する際、不要な情報まで含まれているために時間がかかったり、他部署の作業負荷が大きかったりする課題がある。このようなとき、必要な情報だけに限定して入手するといった、ちょっとした運用改善を実施することで、情報入手までの時間が短縮でき、業務全体の効率アップにも貢献する。 |
こうした取組みにより、これまで以上に業務プロセスが整理され、標準化が進みます。そして、これが将来他のメンバーへ業務を引き継ぐ際に、誰も苦労せずにスムーズに対応できる基盤となります。
なお、標準化や改善を進めるにあたり、今までとは全く別の資料が作成されることになったり、作業手順や運用が大きく異なってしまう場合は、上司や関係部署へ事前に相談をしておきましょう。変更前の資料を上司が閲覧していたり、他の業務で使用していることもあり得ます。そうした中で独断で大きな変更をしてしまうと、周囲のメンバーが戸惑い、場合によっては「業務に支障をきたすから元に戻してくれ」と言われてしまうこともありますので、その点においては注意してください。
組織の資産としてのナレッジ共有・引継ぎ用マニュアルの整備
中編で作成した「自分用のフロー図」や「作業手順書」は、それだけではまだ「個人のメモ」に過ぎません。この段階で重要なことは、これらを「組織のナレッジ」としてブラッシュアップしていくことです。あなたが苦労してキャッチアップした業務知識を、再び失わせてはなりません。
そのためには、単なる作業手順だけでなく、業務の全体像と詳細な作業手順を網羅した、理想的な「引継ぎパッケージ」を作成することを目指します。
具体的には、次の2つの側面からマニュアルを整備していきます。
●「業務概要」マニュアル ー 業務の”森”(目的と全体像)を共有する
まずは、業務の全体像を把握するための「概要書」を作成します。これがなければ、後任者は「何のためにこの作業をしているのか」を理解できず、応用が利きません。
業務概要書に記載すべき項目は以下のとおりです。
・業務の目的
なぜこの業務が必要なのか、基準や法令、社内規程の根拠は何かを明示する
・年間スケジュール
いつ、何を行うのか。月次・四半期・年次決算別に実施する内容を明示する
・関係者リスト
業務に関わる社内の他部署、子会社、社外の連絡先、相談先などを明示する
・使用するシステムと主要ファイル
業務で使用する各種システム、資料保存場所のリンクやアクセス方法を明示する
・業務の全体フロー図
準備から作業、承認までの一連の業務の流れを大まかにつかむためのフロー概要図を作成する
【参考】業務概要書 事例

●「作業の詳細」マニュアル ー 業務の”木”(具体的な手順)を整備する
次に、概要書と紐づける形で、具体的な「作業手順書」を整備します。ここでの目標は、「初めてその業務に触れる人でも、マニュアルだけを見て作業が完結できる」レベルです。
作業の詳細マニュアルに記載すべき項目は以下のとおりです。
・システム操作手順
中編で解説したように、スクリーンショットを多用し、「どのメニューから入り、どこをクリックし、何を入力するか」を具体的に示す
・Excel集計手順
どのシートのどのセルを参照し、どのような関数やVLOOKUPを使っているか、ピボットテーブルの作成手順などを示す
・仕訳起票のルール
勘定科目、補助科目、摘要欄の記載ルールを示す
・よくあるエラーと対処法
過去に起きたトラブルと解決策を一覧表にまとめる
・作業詳細フロー
例えば、複数のExcel資料を作成して処理を実行する場合、作成する資料の順番を示すためのフロー図を作成する。またExcel資料とシステムを行き来するような作業においても、いつどのタイミングでExcel資料を作成するのか、システムはどのプロセスで使用するのかをフロー図にまとめておくと、作業の流れがわかりやすくなる
このマニュアルは、実際に作業をしているときの画面をスクリーンショットで撮影し、その画面に「ここをクリックする」「このセルに数式を入れる」といったコメントを付けるだけでも十分に役立ちます。
中編でも解説したように、現在は、作業をしているところを動画として保存し、それをAIに読み込ませて作業マニュアルやフロー図を自動で作成することも可能となりました。AIもうまく活用しながら、効率良く詳細マニュアルの作成を進めていくのがよいでしょう。
マニュアルを組織のナレッジとするために
これらのマニュアルを完成させ、社内の共有フォルダやナレッジ共有の社内サイトなど、誰もがアクセスできる場所に保管します。
そして何より大切なのは、「業務プロセスが変更された際には、必ずマニュアルも更新する」という文化をチームに根付かせることです。マニュアルが古い情報のままでは、かえって混乱を招いてしまいます。業務の変更があったら、その都度マニュアルも更新し、常に最新の状態を保つようにします。
これにより、業務の属人化を排除し、あなたが経験した「引継ぎがない」という困難な状況であっても、これらのマニュアルを確認すれば業務を実行できるようになります。
まとめ
これまで、引継ぎがない場合の経理実務キャッチアップ方法について、前編、中編、後編に分けて対応すべきことを段階的に解説してきました。
前編:緊急対応時 ― 重要業務の特定と継続、情報収集、関係者との連携
中編:業務理解時 ― 業務全体の把握と可視化、プロセスの再構築、自分用マニュアル作成
後編:業務最適化時 ― 業務改善と標準化、ナレッジ共有、再発防止策の構築
これらのステップを着実に実行することで、まともな引継ぎがないという混乱した状況を乗り越え、煩雑な経理業務をより効率的に整備することができます。
困難を成長の機会に変える
まともな引継ぎがない状況での経理実務キャッチアップは、確かに大変な困難を伴います。業務をまったく理解していない状況から始まり、それを真剣に調査し、さらにその業務の課題を見つけて改善まで行うということは、相当な労力を要します。
しかし、この経験を通じて得られるスキルと知識は、経理パーソンとしてのあなたの市場価値を大きく高めてくれるという側面もあります。
曖昧な状況での判断力、高度な問題解決能力、業務プロセスの設計・構築能力など、いまの経理に求められる能力を、まさに実践の場で身につけることができると言えるでしょう。また、職務経歴書には「引継ぎ資料がない状況で経理機能を再構築し、月次決算プロセスを○日短縮した」といった、具体的な成果として記載することもできるはずです。
そういった点において、まともな引継ぎがない場合は非常にツライ状況であることは間違いありませんが、ぜひこれを「自分自身を大きく成長させるチャンス」と前向きにとらえ、諦めずに頑張って欲しいと思います。
<執筆者紹介>
株式会社IS経理事務所代表
葛西一成(元上場企業経理部長)
東証プライム・グロース上場企業2社で経理部長を経験した後、独立開業。
現在は上場企業の決算業務支援や会計関連システム開発・導入のアドバイザーを行うとともに、経理実務セミナーの講師としても活動中。
著書に『経理のExcelベーシックスキル』(中央経済社)がある。
Xアカウント(経理部IS) https://x.com/keiri_IS
株式会社IS経理事務所 https://www.is-keiri.com/










