マネーフォワード経理本部が挑む!新リース会計基準の早期適用~第7回:【実践】意思決定の加速とリース期間の決定方針


松岡俊(株式会社マネーフォワード執行役員 グループCAO)

【編集部より】
2027年から新リース会計基準が強制適用となります。対応に追われている企業は多いのではないでしょうか? 本連載では、新リース会計基準を早期適用したマネーフォワード経理本部の実例を解説していただきます。

第1回:改正の概要と早期適用をした理由
第2回:リースの範囲はどこまで?
第3回:新リース会計基準の導入が困難な理由
第4回:IFRS第16号導入プロジェクトの教訓
第5回:【実践】プロジェクトの可視化
第6回:【実践】知識のインプット
第7回:【実践】意思決定の加速とリース期間の決定方針
第8回:【実践】契約書の網羅的な洗い出し
第9回:【実践】全社連携と監査法人との協議
第10回:【実践】システム対応とその他の影響の考慮

複数の選択肢と意思決定

新リース会計基準への対応は、単に新しいルールに従って計算を行うだけの作業ではありません。

その過程には、企業の会計方針として定めなければならない「選択肢」が数多く存在します 。
これらの意思決定は、その後の会計処理の複雑さ、財務諸表の見え方、そして業務プロセス全体に大きな影響を及ぼすため、戦略的に進める必要があります 。  

第4回で解説したように、過去のIFRS第16号プロジェクトでは、これらの意思決定に必要以上の時間を費やしてしまい、プロジェクト全体の遅延を招いたという反省がありました。
その反省を生かし、今回の「新リースプロジェクト」(以下、プロジェクト)においてはどの選択肢が自社にとって最適かを延々と議論するのではなく、あらかじめ判断の「軸」を定め、それに沿って迅速に方針を決定していきました。

具体的な判断要素

具体的には以下のような判断要素があります。

  • 使用権資産の表示方法:B/S上で、使用権資産を、対応する資産(例えば、建物や車両など)が含まれる科目に合算して表示するのか、あるいは「使用権資産」として独立した科目で表示するのかを選択できます 。  
  • リース負債の表示方法:B/S上で、リース負債を独立した科目として表示するか、他の負債と合算して注記で内訳を示すかを選択できます 。  
  • 利息費用の表示方法:P/L(損益計算書)上で、リース負債に係る支払利息を「支払利息」などの科目に含めて表示するのか、あるいは独立した科目として表示するのかを選択できます 。  
  • 無形資産のリースの扱い:ソフトウェアのライセンス契約など、無形資産のリースについては、新基準の適用対象外とすることができます 。
  • リース構成部分と非構成部分の区分:一つの契約に、資産の利用(リース部分)と、保守などのサービス(非リース部分)が含まれる場合、原則としては両者を分けて会計処理します。しかし、例外として、両者を分けずに全体を一つのリース契約として処理することも可能です 。  
  • 短期リースの適用範囲:リース期間が12ヶ月以内の短期リースは、B/Sに計上しない簡便的な処理が認められています。この簡便法を、どの資産グループ(例えば、車両は適用するが、不動産は適用しないなど)に適用するかを選択できます 。  
  • 少額リースの判定基準:少額なリースについてもB/Sへの計上を省略できますが、その「少額」の判断基準として、「リース契約1件あたり」といった基準を用いるか、あるいは「新品時の原資産の価値」の基準を使うか、選択可能です。
  • 経過措置:適用初年度においては過去の期間全てに新基準を遡及適用するのが原則ですが、実務負担を考慮し、いくつか経過措置が定められています。

これらの多様な選択肢を前にして、すべての可能性をゼロベースで検討し始めると、議論が発散し、方針決定が大幅に遅れるリスクがあります 。

自社が何を優先するのかを明確にする

重要なのは、自社が何を優先するのか、という「判断の軸」をプロジェクトの初期段階で明確に定めることです。

  • 「プロセス・シンプル化」軸:会計処理やその後の管理業務が最も単純になる選択肢を優先する。
  • 「財務インパクト最小化」軸:リース負債の計上額をできるだけ小さくすることを優先する。
  • 「IFRS整合」軸:純粋IFRSに規程された処理と整合することを優先する。

どの軸を選択するかは企業の経営戦略や管理体制によって異なりますが、一度軸を定めたら、それに沿って各論点をスピーディーに決定していくことが、プロジェクトを円滑に進める上で極めて重要です。

例えば、リース部分と非リース部分を分けずに一体で処理する方法などは大きな判断となりますが、当社のプロジェクトでは、「シンプル化」を基本方針とし、実務的な運用負荷を可能な限り低減することに主眼を置いて一体で処理する方法を選択しました。

「リース期間」の決定方針

そして、プロジェクトの成否を左右しかねないほど重要かつ複雑な論点が「リース期間」の決定です。

リース負債の金額は、将来のリース料総額を現在価値に割り引いて計算されるため、リース期間を何年と見積もるかによって、B/Sに計上される負債額が劇的に変動します。
この論点は、私が過去経験したIFRS導入プロジェクトにおいても議論が紛糾し、プロジェクトが遅延する大きな原因となりました。

新リース会計基準上のリース期間

新リース会計基準では、リース期間を単なる契約書上の期間ではなく、経済的実態を反映して決定することを求めています。具体的には、以下の要素を合計した期間と定義されています 。 

  1. 解約不能期間
  2. 借手が行使することが合理的に確実である延長オプションの対象期間
  3. 借手が行使しないことが合理的に確実である解約オプションの対象期間

リース期間の決定において最も困難な点は、「合理的に確実」という要件の解釈です。
IFRSにおいても「蓋然性が相当程度高い」ことを意味するとされ、単なる可能性ではなく、極めて高い確実性が求められます。

多くのオフィス賃貸借契約には自動更新条項がありますが、例えば、更新期間を含めてリース期間を7年とするか、当初契約の2年とするかで、B/S上の負債額に数倍の差が生じるといった、重大な判断を要する課題に直面します。

過去のIFRSプロジェクトでは「資産除去債務の考え方と整合させるべき」「自社で利用する固定資産の償却期間と合わせるべき」など様々な意見があり、方針決定に時間を要しました。

早期に監査法人と協議することが有効

今回のプロジェクトでは、この反省を踏まえ、早期に監査法人と協議を行いました。
その結果、一般的なオフィス賃貸借契約で、特別な造作や設備投資がなく、移転が比較的容易な場合、「契約期間を超えてまでその場所を使い続ける強い経済的インセンティブは存在しない」という整理文書を資産化対象となる契約ごとに作成し、リース期間について合意形成を図りました。

プロジェクトの初期段階で財務インパクトの大きい論点の不確実性を解消することで、その後の具体的な計算作業やシステム対応に安心して進むことができます。

このため、リース期間の算定方針については、事業形態に応じてできるだけ早い段階で監査法人と協議することをおすすめします。

【著者プロフィール】
松岡 俊(まつおか・しゅん)

株式会社マネーフォワード
執行役員 グループCAO 
1998 年ソニー株式会社入社。各種会計業務に従事し、決算早期化、基幹システム、新会計基準対応 PJ 等に携わる。英国において約 5 年間にわたる海外勤務経験をもつ。2019 年 4 月より株式会社マネーフォワードに参画。『マネーフォワード クラウド』を活用した「月次決算早期化プロジェクト」を立ち上げや、コロナ禍の「完全リモートワークでの決算」など、各種業務改善を実行。中小企業診断士、税理士、ITストラテジスト及び公認会計士試験 (2020 年登録)に合格。


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