
松岡俊(株式会社マネーフォワード執行役員 グループCAO)
【編集部より】
国際的に活躍したいと思う経理パーソン向けに、海外子会社との上手な付き合い方について解説していただきます。
第1回:イントロダクション(6月30日(月))
第2回:日本と海外の経理実務差異~「ジョブ型」(7月2日(水)配信予定)
第3回:日本と海外の経理実務差異~残業・有休(7月7日(月)配信予定)
第4回:日本と海外の経理実務差異~コミュニケーション(7月9日(水)配信予定)
第5回:まとめ~異文化理解を深め、グローバルな協業を円滑に(7月14日(月)配信予定)
ソニー勤務時代、経理として英国に5年間赴任
株式会社マネーフォワードにて経理責任者を務めております、松岡俊と申します。
私はこれまでのキャリアを通じて、会計・税務を中心に経理実務を経験してきましたが、前職ソニー勤務時代に英国の販売会社へ約5年間赴任した経験があります。
赴任地は英国でしたが、欧州全域を管轄する拠点であったため、英国のみならず大陸ヨーロッパの経理業務にも携わることができました。
赴任から3年が経過した頃には約13名の多国籍な部下(英国、中国、韓国、ロシア、カザフスタン、バングラデシュ、南アフリカ、ジンバブエ、ポルトガル等。その背後にはインドのBPOメンバーも控えていました)を率いることとなり、協業する貴重な機会を得ました。
さらに、米国販売会社の経理メンバーのマネジメントも一部担当する機会にも恵まれました。
このような得がたい海外赴任の機会を与えてくださり、成長の礎を築いていただいた前職のソニーには、心より感謝しています。
純粋な企業経理専門職としての海外赴任体験談は比較的少ないように感じています。
そこで本稿では、その経験から得た気づきや、海外での実体験について共有させていただきます。
赴任時はウィンブルドンに住んでいました。
本稿の目的:海外経理の実態理解と円滑な連携を目指して
この記事の目的は、私の体験を通じて、欧米で働く経理担当者の実情や、日本の経理組織との慣習の違いなどについて具体的にお伝えすることです。
これから企業経理担当者として海外赴任をされる方はもちろん、日本企業の経理として海外グループ会社の経理担当者とやり取りをする際に、彼らの働き方や考え方に対する解像度を高め、より円滑な連携を築くための一助となれば幸いです。
もちろん、「海外」と一括りに言っても、その範囲は広大です。例えば、ヨーロッパ内でも国ごとに特色があり、英国内部ですら、地域によって特性が異なります。
したがって、本稿でお話しする内容はあくまで私個人の体験に基づくものであり、海外の全ての地域や組織に当てはまるものではないことをご承知おきください。
海外経理の働き方に対する「解像度」の重要性
日本の企業で経理業務に携わっていると、海外のグループ会社と連携・協業する場面が少なからず発生するかと思います。
連結決算業務では日常的に海外拠点とのやり取りが発生しますし、単体経理であっても、関係会社間取引や外国税額控除に関連して資料の提出を依頼するケースがあるかと存じます。
しかしながら、日本の経理実務の慣習に基づいた依頼方法が、海外の担当者にとっては意図が伝わりにくく、結果として思わぬミスコミュニケーションに繋がってしまうケースもあるのではないでしょうか。
私自身の経験をお話ししますと、単体経理部で外国税額控除に必要な資料を海外会社に依頼したり、連結経理部にて、各地域のグループ会社経理担当者から提出される連結パッケージのチェック、質疑応答、会計論点に関する相談などを担当したことがあります。
しかし当時は、後述するような働き方の違いをはじめとする様々な差異を十分に意識することなく業務を進めてしまい、結果として、円滑なコミュニケーションが取れていなかったのではないかと反省しています。
海外赴任経験
私は国際的に仕事ができるように成長したいという想いもあり、長年、海外赴任希望をしていましたが、当時上司にその希望を叶えていただき、英国にある販売会社へ経理担当として赴任することになりました。
せっかくの機会ということもあり、できるだけ早く業務範囲を広げようと、現地メンバーとの会議にも積極的に参加し、様々なプロジェクトにも関与していきました。
そうした中で感じた、日本と海外の経理実務における共通点と相違点について、以下でお話ししていきます。
日本と海外の経理実務:4つの共通点
本稿では主に日本と海外の経理実務の違いに焦点を当てていますが、その前に、多くの共通点も存在することをお伝えしたいと思います。
簿記は世界共通言語
国によって会計基準に差があっても、その根底にある簿記の原理原則は世界共通です。
赴任当初は、「本当に海外で経理の仕事ができるのだろうか」と不安を感じながら業務をスタートしましたが、まず私を支えてくれたのは簿記の知識でした。
様々な論点について現地スタッフと議論する際も、「仕訳で会話する」ことを意識すると、スムーズにコミュニケーションが取れることに気づき、その後もこの点を常に心がけるようにしました。
もちろん、細かな点では違いもありますが、簿記の基本的な枠組みはどの国でも大きく変わらず、世界共通のものです。
したがって、経理担当者同士であれば、長文の英語で説明するよりも、まずは仕訳を用いて共通認識を形成することが、円滑な意思疎通に繋がると実感しました。
表計算ソフトのスキルは万国共通
その他に共通していると感じたのは、表計算ソフトのスキルです。
経理業務にとって表計算ソフトは不可欠なツールであり、海外のバージョンでは多少の表示の違いなどはあったかもしれませんが、基本的な機能は同じです。
日本で習得した表計算スキルは、海外での業務においてもそのまま大きな力となりました。日本であろうが英国であろうが、例えばXLOOKUP関数はXLOOKUP関数であり、これもまた共通言語と言えるでしょう。
大量のデータを集計・分析するという作業は、日本でも海外でも同様に発生します。複雑な論点に直面した場合でも、まずは表計算ソフトで計算ロジックを組み、それを共有することで、長文の英語で説明するよりも迅速かつ正確に意図を伝えることができました。
ERPシステムの知識が役立つ場面も
私が赴任した英国の販売会社では、日本の親会社が使用していたERPシステムと同じベンダーのものを導入していました。そのため、画面のコードやトランザクションコードなどが共通しており、それらの知識を活かして現地スタッフとスムーズにコミュニケーションを取ることができました。
私は連結経理部に異動する前、単体経理部門でERPシステムの導入プロジェクトをリードした経験があり、そのERPシステムに関する知識を有していました。
この経験もまた、海外での業務において私を助けてくれる共通言語となりました。
ソフトスキルの重要性は不変
最後に挙げる共通点は、ソフトスキルです。
国籍や文化が異なり、人事制度や言語の違いはあっても、相手が感情を持った人間であることに変わりはありません。
したがって、傾聴力をはじめとするコミュニケーション能力やプレゼンテーションスキルといった、様々なソフトスキルが重要であることに変わりはないと感じました。
上記のように、多くの共通点が存在する一方で、もちろん日本と海外の経理実務には多くの相違点もあります。
第2回からは本稿の主題である、日本と海外の経理実務における差異について、具体的な体験を交えながらお話ししていきたいと思います。
【著者プロフィール】
松岡 俊(まつおか・しゅん)
株式会社マネーフォワード
執行役員 グループCAO
1998 年ソニー株式会社入社。各種会計業務に従事し、決算早期化、基幹システム、新会計基準対応 PJ 等に携わる。英国において約 5 年間にわたる海外勤務経験をもつ。2019 年 4 月より株式会社マネーフォワードに参画。『マネーフォワード クラウド』を活用した「月次決算早期化プロジェクト」を立ち上げや、コロナ禍の「完全リモートワークでの決算」など、各種業務改善を実行。中小企業診断士、税理士、ITストラテジスト及び公認会計士試験 (2020 年登録)に合格。