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金 誠智(公認会計士)
はじめに
皆さん、こんにちは。
アイスリー株式会社 代表取締役社長/公認会計士の金 誠智(キム ソンジ)です。
今回は「IPO分野で活躍できる人の特徴・マインドセット」について、私自身の体験を交えながら紹介します。
IPO分野で活躍できる人のマインドセット・特徴
経営者視点で考えられる
IPO準備は会社経営の大きな意思決定であり、今後の成長を左右するプロジェクトです。
「株式上場」であるからこそ、「株式」にまつわるさまざまな資本政策のメリット・デメリットを踏まえ、経営者に寄り添いながら判断材料を探る力が重要です。
例えば、優秀な役職員のモチベーションを上げるためにストックオプションを付与する場合でも、自らの金銭的欲求を最優先にするのではなく、「会社の一大プロジェクトを成功させる」というゴールを念頭に、経営者視点で取り組むマインドセットが必要です。
組織の一員として成長に貢献するマインド
「自分のスキル・キャリアアップ」だけを目的にしてしまうと、自分が望む業務、経験がある得意な業務、関心のある業務以外には手を出さないというマインドになるケースがあります。
しかし、ベンチャー企業などでは人材が不足しているため、管理部門担当者であっても、事業部門を担当する可能性さえあります。
私自身も、次年度の予算で利益が足りないとわかった際には、事業の新規の業務フローを構築し、結果的に数億円単位の利益を生み出す仕組みづくりに貢献した経験があります。
「組織が成長するために何をすべきか」を主体的に考える姿勢が大切です。
新しい知識を学ぶ成長意欲
管理部門の機能を強化するには、会計や税務だけでなく、法務・労務・ITセキュリティなど多岐にわたる知識が求められます。
未知の領域でも自分で調べ、前向きにチャレンジする姿勢が大切です。
私自身、公認会計士として監査経験があったのでIPO準備を問題なく進められると思い込んでいました。実際には、証券審査に関連する領域の知識が不足していました。
加えて、監査法人時代は「資料依頼すれば資料が出てくる」という環境でしたが、作り手になると「何を作ればいいのかわからない」という苦悩がありました。
書籍やセミナーなどで学習したり、トーマツ時代の上司や同僚に相談したりしながら、IPO準備に対応しました。
変化への適応力とストレス耐性
IPO準備では、予期せぬ経営トップの方針転換や組織改編が発生します。
また、証券会社・監査法人からの指摘により日常的にルール変更が発生します。
こうした環境下でも、「ベンチャー企業が成長する過程では変化が当然ある」「いつも違うテーマに取り組めて面白い」とポジティブにとらえられる柔軟性と、「IPO準備企業は大変なことのほうが多い」という割り切りを持てるストレス耐性が必要です。
私がメンバーに迷惑をかけた事例は数え切れません。
私が作ったルールや業務フローを証券会社に指摘されて変更しましたし、問題ないと指示していた会計処理を監査法人の指摘で変更することが幾度となくありました。
その都度、社員に負荷を掛けることになっていましたが、「金さんが交渉してダメだったなら仕方がない」と言って対応してくれたメンバーに支えられていたと感じています。
ハードワークする胆力
経営者は最短でのIPOを目指す傾向が強く、課題解決の期限は短く設定されがちです。
それに加えて、リソース不足、資金繰り問題、従業員の退職、法令の改正対応、現場トラブルなど想定外の出来事が次々と起きます。
私自身も、リプライス入社後、「N-3期」を想定していたはずが急遽「N-2期」で上場を目指すことが決まりました。
そして、いざ準備に取り掛かろうとした矢先、税務調査が入り、思うように作業が進みませんでした。
それでも、日々のハードワークとメンバーの協力により、IPO準備のスケジュールはズレることなく、なんとかスケジュールどおり証券会社の中間審査にこぎつけました。
こうした状況に対応するために、ハードワークに耐える胆力が不可欠だと感じています。
コミュニケーション能力とチームワーク
IPO準備において、プロジェクト担当者1人でできることは限られています。
社内の経営陣や従業員だけでなく、複数の外部ステークホルダーと連携した「チーム戦」です。
互いの立場や専門領域を理解し、合意形成を図るコミュニケーション力が求められます。
特に、IPOという大きな目標に向けたプロジェクトを実現するためには、社員の協力は不可欠です。
そのため私は、入社後3か月でIPOキックオフを開催し、全国から社員を集めてIPOの意義や難しさを説明しました。
また、社内ブログ「上場ってなんだ?を解決!」を週1回発信したり、部門を越えて飲みにケーションで交流する場を作ったりして協力体制を築きました。
こんな人はIPO分野に向いていないかもしれない
マインドセットは、もちろん最初から完全に備わっている必要はありません。
私自身も、転職当初は充分に成熟しておらず、むしろスタンスは悪い方でした。
キャリア志向が強く、「IPOさえ実現できれば良い」とさえ思っていました。
幸いにして、カチタス、リプライスの事業の社会的意義や一緒に働く魅力的な仲間たちにより、IPOを通過点にして「この仲間たちとこの素晴らしいビジネスをもっと多くの人に普及して世の中を良くしたい」と思えるようになりました。
マインドセットやスタンスは、一定に変えることはできます。
ただ、そもそも「決まったルーティンワークを正確にこなしたい」「定時で帰って趣味に打ち込みたい」「人とコミュニケーションしたくない」という方だと、IPO準備の現場にストレスを感じる可能性が高いでしょう。
IPO準備企業は、人も仕組みも整っていないため、手探りで進めることがほとんどです。
ある程度の混乱や曖昧さを許容しながら、新たな仕組みを考え、実行するプロセスにワクワクできる方が、向いていると思います。
まとめ:キャリアの大きな可能性を秘めた「IPO」という領域
IPO分野で活躍するために必要なのは、特定の専門分野の知識だけではありません。
経営者に寄り添い、仲間とともにビジネスを成長させ、未知の領域を学び続けるマインド、そして多様なステークホルダーを巻き込むコミュニケーション能力です。
楽な仕事ではありませんが、その分やりがいも大きく、成長機会にあふれた領域でもあります。
IPO準備企業での経験は、将来的にリーダーシップを発揮したり、ジェネラルな知識を習得したりするうえで大いに役立つでしょう。
次回(第3回)は、より具体的に「IPO分野で活躍するために必要なスキル」について掘り下げます。ぜひご覧いただき、ご自身のキャリア形成の参考にしていただければ嬉しく思います。
<プロフィール>
金 誠智(キム・ソンジ)
アイスリー株式会社 代表取締役社長
2009年有限責任監査法人トーマツ 長野事務所に入所し会計監査業務に従事。2012年トーマツベンチャーサポート株式会社 長野リーダーを兼務しベンチャー支援に携わる
2014年株式会社リプライス 経営企画室長に転職し、IPO準備を開始、2016年リプライスの株式100%を株式会社カチタスに譲渡し、経営統合。M&A後のPMI業務を担当。2017年カチタス IPO準備室長 兼 内部監査室長として、グループのIPO準備を統括。
2017年カチタスの株式34%をニトリHDに譲渡する際のDDの対応もIPO準備と並行して担当、2017年カチタス東証一部上場。グローバルオファリングとして海外投資家にも募集する形で上場。2018年カチタス 経営企画室長 兼 内部監査室長として、主に、国内・海外の機関投資家向けのIRを担当、同時にリプライス 管理部長 兼 経営企画室長として、経営メンバーとして予算策定と管理部門を管掌。
2020年アイスリー株式会社設立、代表取締役社長就任。IPO・IRのコンサルタントとして従事しつつ、IPO準備支援ツール「はじめのIPO」を開発。
会社ホームページ: https://i-3.co.jp/
サービスホームページ: https://i-3.co.jp/hajimeno-ipo/
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