井上慶太(東京経済大学経営学部准教授)
【編集部より】
話題になっている経済ニュースに関連する論点が、税理士試験・公認会計士試験などの国家試験で出題されることもあります。でも、受験勉強では会計の視点から経済ニュースを読み解く機会はなかなかありませんよね。
そこで、本企画では、新聞やテレビ等で取り上げられている最近の「経済ニュース」を、大学で教鞭を執る新進気鋭の学者に会計・財務の面から2回にわたり解説していただきます(執筆者はリレー形式・不定期連載)。会計が役立つことに改めて気づいたり、新しい発見があるかもしれません♪ ぜひ、肩の力を抜いて読んでください!
企業の業績を評価するのに役立つ情報とは?
みなさん、はじめまして。
本コラムを執筆する井上と言います。
いきなりですがクイズです。
学校の授業で、優良企業について調べるようにというレポートが出たとしましょう。あなたなら、優良企業を調べるためにどのような情報を参考にしますか?
まず思いつくのは財務情報ですが…
このように聞かれて多くの方が真っ先に思い浮かべるのは、売上高、利益、利益率などの貨幣を用いた数値、つまり財務情報でしょう。会計・財務について学習している方であれば、企業の業績(経営成績)を意味する情報の1つとして損益計算書の利益が重視されていることや、株主に帰属する当期純利益を可能な限り増やすことが企業に期待されていることなどはご存知だと思います。
一方で、顧客満足度、マーケットシェア、品質など、貨幣以外の数値である非財務情報を考えた方もいるかもしれません。一般的に、財務情報は、過去の取り組みによって得られた成果を評価するのに役立つことが多いものの、将来的な成長性や競争力を予測するのに十分ではありません。
近年のようにビジネスの環境が目まぐるしく変化する状況では、財務情報のみによる評価では限界があります。営利組織であれば、利益の獲得を目的としています。より多くの利益を獲得するためには、顧客の期待に応えて、できる限り多くの商品やサービスを購入してもらうことが必要です。
そこで、将来のことを予測するのに非財務情報をあわせてチェックしてみてはどうかという話になります。
非財務情報が注目される背景にあることとは?
非財務情報が注目されてきた背景を、もう少し考えてみましょう。
企業と社会との関係で見ると、中長期的な利益を求める投資家の増加、ESG(環境、社会、ガバナンス)をはじめ企業の社会的責任に関する要請が高まるなかで、ステークホルダー(利害関係者)も企業の非財務情報に大きな関心を持つようになってきていることがあります。
その要請に応えるために、株主など投資家の利便性を考えて非財務情報を開示する企業が年々増えています。例えば、有価証券報告書をはじめ法制度上の開示において非財務情報についても取り扱っている企業があります。
ただし、それだけでは情報開示として十分ではないとして、最近では、統合報告書とよばれる書類を別途作成して、企業が自主的に情報を開示するケースも話題になっています。これに関して日本IR協議会が上場企業を対象に行った「IR(投資家向け広報)活動の実態調査」によると、ESGなどの非財務情報の開示について、調査対象企業の74%が実施していると回答したそうです(2024年5月15日付の日本経済新聞記事より[1])。
統合報告書では、中長期的に企業価値を高めるため、企業が財務的な資本のみならず、研究開発の成果、人権、人材、自然環境、社会関係資本など、財務諸表では扱われていないものを含め、企業の価値創造に必要なものをどのように用いて、どのように価値を高めるのかに関する説明が行われています。
非財務情報を企業経営に活用する
非財務情報は、単に利害関係者に対する情報開示のために用いるだけではなく、企業内部の業績管理のためにも積極的に活用することが重要です。財務情報と非財務情報を併用して、多角的な業績管理を実施するため使用されるのが、バランスト・スコアカード(Balanced Scorecard: BSC)です。BSCは、ハーバード大学ビジネス・スクールのロバート・S・キャプランとコンサルタントのデビッド・P・ノートンが非財務情報と財務情報を体系的に管理できるツールとして開発したものです。
BSCでは、企業の戦略を基に評価のための指標を設定し、財務の視点、顧客の視点、内部プロセスの視点、学習と成長の視点という4つの視点によって管理します。
BSCは、企業が戦略を実行するために注意してほしい要因を経営管理者が従業員に伝達する役割を果たしており、そのために様々な評価指標を使用しています。例えば、売上高という財務指標を使うことで、事業を通じて得られた結果を把握することができます。ただし、冒頭でも述べたように、この情報はあくまで過去に行われた営業などの活動による結果を表しているにすぎません。結果が出てしまってから対応するのでは、手遅れになる可能性があります。
そこで、顧客満足度を調査することで顧客の期待に見合った商品やサービスの提供プロセスになっているかや、これらを効率良く運用できるようにスタッフの能力やスキルを高めるための研修が十分に行えているか、などを点検するため、非財務指標を使用することが、企業として早期に対応をとるためにも重要です。このように、財務情報と非財務情報をバランス良く使用することによって、短期的な目標を達成するだけにとどまらず、中長期的に見て企業の戦略を実現することを目指しているのです。
おわりに
今回は、BSCで推奨される財務情報と非財務情報を併用した業績管理が、今日の企業経営において不可欠であることを確認しました。資格試験でも、財務情報と非財務情報の活用に関する学習項目が定着してきています(例えば、平成26年公認会計士試験第Ⅰ回短答式試験ではBSCに関連する問題が出題されています)。
読者のなかには、BSCという用語は聞いたことがあっても、その内容は良く知らないという方もいらっしゃるかもしれません。そこで、次回の記事では、BSCの特徴を概観するとともに、BSCを使用することで企業にとってどのような効果が見込まれるかを考えてみたいと思います。
[1] 日本経済新聞「非財務情報の開示、7割が実施 対話は3割どまり」(閲覧日:2024年10月10日)。
<執筆者紹介>
井上慶太(いのうえ・けいた)
東京経済大学経営学部准教授。
一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。
成蹊大学助教、東京経済大学専任講師を経て現職。
専門は、管理会計と原価計算。主な著書には、『実務に活かす管理会計のエビデンス』(分担執筆、中央経済社)、『基礎から学ぶ企業会計』(分担執筆、中央経済社)などがある。