【編集部から】
士業の魅力は、独立開業できることにもあります。「将来は独立」を目標に合格を目指している方も多いのではないでしょうか。
そこで、「わたしの独立開業日誌」では、独立した先輩方に事務所開業にまつわるエピソードをリレー形式でお話しいただきます(木曜日の隔週連載)。
登場していただくのは、税理士・会計士をはじめ、業務で連携することの多い士業として司法書士や社労士などの実務家も予定しています。
将来の働き方を考えるヒントがきっと見つかるはずです。
「障害者の方の親なきあと」を支えるべく、行政書士として活動
はじめまして!
私は兵庫県伊丹市で「障害者の方の親なきあと」をテーマに活動している行政書士の幾谷栄司です。
30年間、企業で会社員として働いてきましたが、2022年、令和4年秋に52歳で専業の行政書士として独立しました。
現在54歳で、会社員の世界ならば高齢の部類ですが、行政書士の世界ではまだまだ若輩者の部類に入ると感じています。
ここでは、私の独立開業について書かせていただきます。
行政書士になったきっかけ
私が行政書士になったのは、「長男の存在」と「ある一冊の本」がきっかけでした。
「親なきあと」に不安を感じて
私の長男、友ちゃんは現在22歳で、染色体異常による重度の知的障害があります。
友ちゃんがまだ幼い頃、私は障害の現実を受け入れることができませんでした。
しかし、友ちゃんが3歳になり、ようやく現実を受け入れることができました。
その瞬間、「親なきあと」の不安が心をよぎりました。
その後、地元で将来を悲観した親子の無理心中事件が起こったことも、私にとって大きな衝撃でした。
「1冊の本」との出会い
そんな中で、クロネコヤマトの宅急便の小倉昌男元会長の著書『福祉を変える経営』(日経BP)に出会いました。この本は、障害者が自立して稼ぐための仕組みを作るという考え方を提唱していて、私にとって将来への大きなヒントを与えてくれました。
そして、この本との出会いが、私に「法律の勉強」を始めるきっかけを作ってくれたのでした。
遠かった「合格」までの道のり
私が最初に受験を考えた資格は、「司法書士試験」でした。
司法書士試験に挑戦し続けたものの、8回受験しても合格することはできませんでした。
しかし、この経験が私に勉強習慣を植え付け、最終的には「宅建士」や「行政書士」の資格を取得することに繋がりました。
2019年に行政書士試験に合格することができ、私はようやく「士業」の肩書きを手に入れることができたのでした。
合格~開業登録まで
合格。しかし「独立開業して、食っていけるのか?」と不安に
行政書士試験に合格したものの、独立して食べていけるかどうかは最大の不安でした。
会社員としてのキャリアしか持たない私にとって、行政書士としての生計を立てる自信が全くなく、「独立開業」という選択肢には迷いしかありませんでした。
人生を変える出会い
その後、行政書士の合格祝賀会で出会った織田先生(仮名)との出会いが、私の「独立開業」という考え方に大きな影響を与えました。
織田先生はすでに開業準備を進めていて、その意欲に圧倒されました。
この出会いが、私にとっては「独立」という言葉を現実のものとして意識させてくれました。
ブログ・SNSを始め、独立開業に向けて気持ちが高まる
織田先生の勧めで始めたブログやSNSが、私の人生に新たな視点をもたらしました。
ブログのアクセス数が増えることで、初めて自分自身の看板で勝負している感覚を得ることができ、次第に「独立開業」に向けた気持ちが高まっていくのでした。
行政書士開業登録も、兼業でのスタート
紆余曲折ありましたが、2020年、令和2年11月1日に「行政書士開業登録」が完了しました。
実務の知識も人脈もなく、依頼の当てもありません。
会社員として働きながら、行政書士としての実績を積むことができず、フラストレーションばかりがつのりました。
開業後
なかなか専業には踏み切れず…
開業登録をしたものの、行政書士としての実務経験がないため、全く自分の行政書士の仕事に自信を持つことができませんでした。
先輩たちが勤め先を辞めて専業として成功していく中で、私はその度胸がなく、自身の未熟さを痛感し、専業で独立する不安は増していくばかりでした。
「NHK 障害福祉賞優秀賞」を受賞
そんな中で、私は「NHK障害福祉賞優秀賞」※を受賞しました。
※障害のある人ご自身の貴重な体験記録や、障害児・障害者の教育や福祉の分野でのすぐれた実践記録などに対して贈られる賞。
この受賞が、私の人生に大きな変化をもたらし、知り合いや地元の方へも行政書士としての認知度を高めるきっかけとなったのでした。
さらに「NHK障害福祉賞」の受賞により、NHK・Eテレの番組「ハートネットTV」に出演する機会を得ました。
この経験は、独立への決意を後押しするものでした。
退職を決意して専業で勝負
2022年9月、私はついに会社を辞め、「完全専業」の行政書士としての道を選びました。
しかし、何をすべきかは具体的には何もわからず、とりあえずは初志である「親なきあと」というテーマに焦点を当てることにしました。
当初はブログやSNSを通じて障害者の親御さんからの相談がありました。
しかし、報酬を得ることが難しく、キャッシュポイントが理解できていませんでした。
そんな中、広島の行政書士の先輩から「下請け」の仕事をもらい、実務の世界に足を踏み入れましたが、それ以外に自身の受任による収入はなく、学生時代以来のアルバイトを始めることになるのでした。
ほぼフリーター状態の現実
完全専業を目指して会社員を辞めたものの、すぐに仕事が得られず、アルバイトで生計を立てる日々が始まりました。
選んだのは「障害者グループホーム」でのアルバイトで、これが後に貴重な経験となります。
夜勤を通じて、障害福祉サービスの現場を見ることで、行政書士としての視点が広がることに後々つながりました。
その他にも、外資系倉庫での夜間勤務や宅配バイク便の仕事も行い、月に25日ほどアルバイトをしていました。
フリーターと変わらない生活でしたが、「いつか転機が来る」と信じ続けていました。
忘年会での恩師との出会い
アルバイトに追われる日々を送りながらも、初めて行政書士会の忘年会に参加したことで、いよいよ転機が訪れました。
宝塚ホテルでの忘年会で、潮崎先生(実名)という行政書士の大ベテランと出会うのです。
潮崎先生は、偶然にも私の親戚とも関わりがあり、すぐに名刺交換をしてくれました。
先生が運営されていた合同事務所という事務所形態への興味を持つようになりました。
この出会いが、私の行政書士としての道に大きな影響を与えることになります。
行政書士合同事務所への移転
新年が明け、早々に潮崎先生が連絡をくれました。
トントン拍子に先生が紹介してくれた徳川先生(仮名)の合同事務所に移転することが決まったのです。
徳川先生は、公務員出身の大ベテランで、事務所のシェア代も格安でした。
私はすぐにその環境が気に入りました。
合同事務所に移ることで、孤独な自宅事務所とは違い、先輩行政書士から学びながら仕事を進められる環境が整いました。
売上ゼロの苦悩の日々
合同事務所に移転したものの、すぐに仕事が舞い込むわけではなく、売上ゼロの日々が続きました。
当初、受任を得やすいのではと短絡的な考えで「特殊車両通行許可」業務に特化しましたが、結果的に受任はゼロ。
理由は、自分が売上ばかりを追い求め、お客さんのお役に立つという基本的な姿勢が欠けていたからだと今はわかります。
そんな中、テレアポのお客さんから教えていただいた、大阪府寝屋川市の行政書士・豊臣先生(仮名)との出会いが新たな方向性を示してくれました。
マーケットを意識する重要性
豊臣先生からのアドバイスで、「建設業許可」業務のマーケットの大きさに改めて気づき、業務の見直しを図りました。
「建設業許可」業務に注力することで、初めての報酬を得ることができ、自信につながりました。
この経験から、マーケットの規模やトレンドを意識し、PDCAを迅速に行う重要性を学びました。
潮崎先生が合同事務所に合流
夏が終わる頃、恩師の潮崎先生が徳川先生の合同事務所に合流することが決まり、事務所の雰囲気も変わりました。
ちょうどその頃、私も現状の仕事に対する疑問を感じていました。
建設業許可業務や農地転用業務を進める中で、自分が本当にやりたかった仕事と現在の業務とのギャップに悩むようになりました。
潮崎先生の合流が、私にとってはまた新たな転機となるのでした。
障害福祉サービスの世界へ
ご家族に障害者を抱える行政書士との出会いに背中を押されて
色々と試行錯誤した結果、「障害福祉サービス事業所」の支援に力を入れることを決意しました。
ご家族に障害者を抱える行政書士の仲間達との出会いが、この決断を後押ししました。
彼らから学んだことを元に、まずは障害福祉サービス事業所支援のホームページを作成し、業務内容を一新しました。
これが新たな顧問契約というビジネスモデルにつながることで安定収入を生み出し、さらに業務に自信を持てるようになったのです。
初の顧問契約と上昇気流
障害福祉サービス事業所支援に注力した結果、初の顧問契約を得ることができました。
顧問契約は、毎月課金ですので、行政書士としての安定した収入源となり、経済的・精神的な安定ももたらしてくれました。
また、障害福祉サービスの支援を通じて、行政書士としてのやり甲斐を強く感じるようになりました
おわりに
人とのつながりの大切さ
潮崎先生の合流以降、人とのつながりが急速に広がりました。
合同事務所の強みを活かして、コミュニケーションが活発になり、他士業や他業種との連携が深まりました。
特に相続業務では、人脈の広がりは業務の成功に直結し、さらなる紹介によるお客様とのつながりが増えました。
行政書士で本当に良かった
行政書士としてのキャリアを振り返り、障害福祉に関わる仕事が自分には最適だったと感じています。
今後は、二本柱として障害福祉サービス支援と相続業務に力を入れ、行政書士としての道を極め、この資格を活かしていきたいと思います。
さらにお客さんのお悩みに深く関わり、より良いサービスを提供していくことを目指していきます。
私が今、「行政書士」をしていられるのは、きっかけを作ってくれた長男の友ちゃん、そして私を支えてくれる家族の存在があってこそです。
そして、数々のきっかけを作っていただいた、お世話になった方々のおかげです。
この場を借りてお礼を言わせてください。
最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございました。
<プロフィール>
幾谷 栄司(いくたに えいじ)
行政書士・宅地建物取引士
行政書士幾谷法務事務所(兵庫県伊丹市) 代表
特定非営利活動法人 阪神相続支援センター 理事
兵庫県宝塚市在住 産業能率大学経営情報学部(通信課程)卒業。大手流通業で10年間、電機部品メーカーで20年間の会社員経験。趣味は、草野球・プロ野球の観戦(オリックスバファローズの大ファン)。2020年11月行政書士登録、兵庫県宝塚市の自宅にて50歳で行政書士事務所を開業。2023年1月に事務所を現在の兵庫県伊丹市の合同事務所に移転。長男が重度知的障害者であり「親なきあと」の支援に尽力している。
第56回NHK障害福祉賞 優秀賞受賞
事務所ホームページ:https://www.hyogo-fukushi.co
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