渡邉宏美(近畿大学経営学部専任講師)
【編集部より】
話題になっている経済ニュースに関連する論点が、税理士試験・公認会計士試験などの国家試験で出題されることもあります。でも、受験勉強では会計の視点から経済ニュースを読み解く機会はなかなかありませんよね。
そこで、本企画では、新聞やテレビ等で取り上げられている最近の「経済ニュース」を、大学で教鞭を執る新進気鋭の学者に会計・財務の面から2回にわたり解説していただきます(執筆者はリレー形式・不定期連載)。会計が役立つことに改めて気づいたり、新しい発見があるかもしれません♪ ぜひ、肩の力を抜いて読んでください!
ポケモンやゴジラもB/Sには表れない
前回のコラムでは、企業が持つ経済的価値すべてが網羅的に貸借対照表に計上されているわけではないことを、サッカー選手の選手登録権やプロ野球選手の移籍金を例にみてきました。
企業によっては、その有する価値の氷山の一角しか、貸借対照表に計上されていない場合もあるわけです。
これと同じことは、知的財産(IP)についてもいえることです。
2024年2月28日付の日本経済新聞には「株最高値、エンタメも寄与 知財の競争力評価 47社平均PBR2.9倍、電機・小売り超え」という記事が大きく掲載されました。
「ポケットモンスター」や「ゴジラ」といったIPは、株式会社ポケモンや東宝に多額の将来キャッシュフローをもたらしますが、これらは日本基準では貸借対照表上、資産として計上されていません。
したがって、PBR、つまり株価を1株あたり純資産で除した値が高めに出るわけです。純資産に計上されていない価値が、投資家には見えているのかもしれません。
価額と価値の違いを考える
経済的な価値のみを見れば、IPという「果樹」から、キャッシュフローという「果実」が生まれることは明らかです。果実であるキャッシュフローは、損益計算書やキャッシュフロー計算書に認識されるのに対して、その果樹である資産は貸借対照表に計上されていないわけです。
では、有形の資産であれば、貸借対照表にその資産の「価値」が計上されているでしょうか? 答えは否です。そこに計上されている「価額」と、そのものの持つ実質的な「価値」は違います。事業資産は、それを企業が取得するのに要した支出額(「取得原価」)で原則として貸借対照表に計上されていますね。それは、その資産が将来生み出す経済的な「価値」とは異なります。「価値」は人によって大きく異なる主観的なものだからです。
甲子園の土の価値は、人によってさまざま
例えば、甲子園の土の「価値」はどれくらいでしょうか? 10代のほとんどを野球に捧げてきた高校球児にとって、甲子園のあの土は計り知れないほどの価値があるでしょう。それに対して、野球に全く興味のない方の目には、それは他の場所にある土と大差ないものに映るでしょう。
つまりモノの価値というものは、人によって異なります。企業の視点から言えば、事業資産はその経営者の手腕によってその価値は大きく異なるでしょう。そのため、「価値」を計上しようとしても、そこに客観性を持たせることは困難なわけです。
これに対して金融資産は、誰が持っていてもその価値は変わりません。有価証券は誰が売却しても、同じ時、同じ銘柄であれば同一の価値しか持ちませんので、時価で計上されています。
このように、貸借対照表や損益計算書に計上されるものは、企業の持つ経済的価値の全てを表すわけではありません。
有形資産か無形資産かによって、その捕捉範囲も異なりますし、有形資産であっても、またそれが計上されていたとしても、事業資産は原則として、その取得に要した支出額で計上されているわけであって、そのものの「価値」を表しているわけではありません。
感情とつなげた学びは、合格への近道
では、このような限界を持つ会計情報は役に立たないものでしょうか? 私はそうは思いません。会計情報が何を表しているのか、つまり、どのようなトリガーに引っ掛かると計上されるのか、またそれがどのようなルールのもと、いくらで計上されているのかを踏まえて財務諸表を見ることで、多くの情報をえることができます。
それはやはり会計を学んだ人だからこそ、見える景色だと思います。
読者の皆さんの好きなチームの会社や好きな商品を販売している企業はどこでしょうか? その会社の財務諸表を見たことがありますか? もしなければ、検索してみましょう。
有価証券報告書には「第5 経理の状況」(注記までぜひ!)だけでなく、それ以外にも興味深い情報が満載です。学んでいる知識を、ただの知識として終わらせずに、ご自身の「面白い」、「知らなかった!」という感情とつなげて、学びや発見を楽しんでください。
そうして感情とつなげた知識は忘れません。「勉強と感情とを結びつけることが、実は合格への近道」という私の経験知、皆さんも試してみてください。
<執筆者紹介>
渡邉宏美(わたなべ・ひろみ)
近畿大学経営学部専任講師。早稲田大学商学部在学中に日商簿記1級、公認会計士試験合格。
修了考査合格後も、会計士登録はしないまま現在に至る。早稲田大学大学院商学研究科総代、修士(早稲田大学、商学)、博士(立教大学、会計学)。著書に『企業会計における評価差額の認識: 純利益と包括利益の境界線』(単著、中央経済社)など。
「身近なものへの興味関心を出発点として、会計を学び楽しんでほしい」という思いから、制度会計の教育・研究に従事。
<前編はこちら>
「財務諸表に計上されることもある!? スポーツ選手の権利と移籍金」