【経済ニュースを読み解く会計】財務諸表に計上されることもある!? スポーツ選手の権利と移籍金


渡邉宏美(近畿大学経営学部専任講師)

【編集部より】
話題になっている経済ニュースに関連する論点が、税理士試験・公認会計士試験などの国家試験で出題されることもあります。でも、受験勉強では会計の視点から経済ニュースを読み解く機会はなかなかありませんよね。
そこで、本企画では、新聞やテレビ等で取り上げられている最近の「経済ニュース」を、大学で教鞭を執る新進気鋭の学者に会計・財務の面から2回にわたり解説していただきます(執筆者はリレー形式・不定期連載)。会計が役立つことに改めて気づいたり、新しい発見があるかもしれません♪ ぜひ、肩の力を抜いて読んでください!

外から見えない「ヒト」の経済的価値

財務会計の授業では、貸借対照表という表を右と左に区分して、「その左側(借方)に、企業が有する「資産」が計上されます」、と習いますね。例として、物理的に形のある商品や備品、土地建物などに加えて、一部の無形資産も紹介されるでしょう。

では、そこに企業に所属する「ヒト」、特にサッカー選手や野球選手などの職業運動選手などが計上されないことを不思議に思ったことはないでしょうか? サッカークラブやプロ野球球団にとって、彼らこそが将来収入をもたらす重要な存在であることに異論はないでしょう。

結論からいえば、「ヒト」自体は貸借対照表に計上されませんが、「ヒト」に関する権利は無形資産として計上される場合がありますし、「ヒト」の移籍に伴う収入は損益計算書に表れることがあります。

貸借対照表に計上される「選手登録権」(資産)

2024年1月31日付の時事通信の記事「移籍金は最多1兆4200億円 FIFA」では、サッカー選手の「2023年の国際移籍に関する調査結果を発表し、男子の移籍金総額は過去最多の96億3000万ドル(約1兆4200億円)だった」とされています。

また、ネイマール選手がフランス1部リーグのパリ・サンジェルマンからサウジアラビア・プロリーグのアルヒラルに移籍する際の移籍金は9千万ユーロ(+出来高)という報道もありました(日本経済新聞、2023年8月16日「ネイマールのサウジ移籍発表 年俸239億円、2年契約」)。

株式上場している海外のサッカークラブの場合は、このような移籍金は無形資産「選手登録権」(Players’ registration rights)として計上され、減価償却や減損の対象となっています(これはあくまで権利が資産計上されているのであって、選手たる「ヒト」が計上されているわけではありません)。

根拠としては国際会計基準(International Accounting Standard No.38;IAS38号「Intangible Assets(無形資産)」があります。

なお、日本では無形資産に関する個別の会計基準は存在しませんし、会計上は繰延資産にもなりません(法人税法上は「法人が職業運動選手等との専属契約をするために支出する契約金等」は繰延資産に該当します(法人税法基本通達8-1-12))。

損益計算書に計上される「移籍金」(利益)

もう1つの例として、損益計算書に計上される移籍金を挙げたいと思います。

大谷翔平選手が、エンゼルスからドジャースに移籍したことは最近大きな話題となりましたが、エンゼルスに移る前は、北海道日本ハムファイターズに所属していたことは周知の通りです。日本ハム株式会社の2018年3月期の有価証券報告書をみると、大谷選手の移籍に伴う利益(「プロ野球選手移籍金」)が連結損益計算書に22.7億円計上されていることがわかります。

なお、2013年3月期の同社の有価証券報告書を見てみると、ダルビッシュ有選手がアメリカ大リーグのテキサス・レンジャーズに移籍したことに伴う移籍金、約40億円が連結損益計算書に計上されていました。

通常、私たちが習う会計の世界では、貸借対照表上で現金が資産に転換して、その資産が収益獲得に貢献して費用に落とされ、収益に費用を対応させて利益へ、そして現金に戻るという循環が想定されます。

しかし、この例ではそもそも、貸借対照表に「大谷選手」や「ダルビッシュ選手」はもちろん計上されていません。計上されていない人的資本から生まれた移籍に伴う利益が突然、損益計算書に現れることになります。

そうなると、資産と利益の効率性、投下資本利益率を計算する際に、他の場合に比べて利益率が高くなる、ということも留意が必要でしょう。

もっとも、業種によって平均利益率が大きく異なる、つまり、業界・業態によって計上されている資産の割合とそこから生み出される利益の比率が異なる、というのは肌感覚でみなさんが知っていることかもしれませんね。

B/S「資産」計上までのハードル

なぜ「ヒト」をはじめとする経済的価値は貸借対照表に認識されないのでしょうか。

まず、「資産」とは「過去の取引または事象の結果として、報告主体が支配している経済的資源」(財務会計の概念フレームワーク3章4項)と定義されています。この定義を満たし、かつ認識や測定に関する制約をクリアしたものだけが貸借対照表に載るわけです。

逆に言えば、この基準をクリアしない経済的価値は、実際に存在していたとしても貸借対照表には表れません。

もっとも、近年では人的資本の開示が金融庁から義務付けられています。そのため、有価証券報告書を見ると、企業によっては従業員の有給取得率から健診受診率、適正体重維持率、喫煙率などの様々な情報を(財務諸表の中ではありませんが)見ることができます。


次回のコラムでは、貸借対照表で計上される「価額」と「価値」の違いを見ていきます。

<執筆者紹介>
渡邉宏美(わたなべ・ひろみ)
近畿大学経営学部専任講師。早稲田大学商学部在学中に日商簿記1級、公認会計士試験合格。
修了考査合格後も、会計士登録はしないまま現在に至る。早稲田大学大学院商学研究科総代、修士(早稲田大学、商学)、博士(立教大学、会計学)。著書に『企業会計における評価差額の認識: 純利益と包括利益の境界線』(単著、中央経済社)など。
「身近なものへの興味関心を出発点として、会計を学び楽しんでほしい」という思いから、制度会計の教育・研究に従事。


 


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