森光高大(明治大学経営学部准教授)
【編集部より】
話題になっている経済ニュースに関連する論点が、税理士試験・公認会計士試験などの国家試験で出題されることもあります。でも、受験勉強では会計の視点から経済ニュースを読み解く機会はなかなかありませんよね。
そこで、本企画では、新聞やテレビ等で取り上げられている最近の「経済ニュース」を、大学で教鞭を執る新進気鋭の学者に会計・財務の面から2回にわたり解説していただきます(執筆者はリレー形式・不定期連載)。会計が役立つことに改めて気づいたり、新しい発見があるかもしれません♪ ぜひ、肩の力を抜いて読んでください!
はじめに
試験で原価計算の問題を解く場合、与えられた数字や設定をもとに正解の原価を計算していきます。この過程だけを考えると、原価計算は製造活動を客観的かつ正確に写像するものであり、誰かの意図というのは含まれていないように感じます。しかし、現実はどうでしょうか。
これから全2回にかけて、原価計算は時に誰かの恣意的な意図を含むかもしれないというお話をしたいと思います。
原価計算の目的について
わが国「原価計算基準」においては、原価計算の目的として「(一)財務諸表の作成、(二)価格計算、(三)原価管理、(四)予算編成ならびに予算統制、(五)経営の基本計画の設定」という5つの項目が挙げられています。
これら目的の多くが、「それはそうだろう」と、わりとすんなり理解できるものではないでしょうか。
しかし、(二)の価格計算については、少し違和感を抱く人もいるかもしれません。
例えば、大学の学祭にサークルで出店し、ラーメンを販売する状況を想像してみてください。この際、非常に食材や調理法にこだわった結果、一杯あたりの原価が1,500円もかかってしまったとします。
「原価が1,500円なので、2,000円で販売しよう」と思っても、学祭の価格相場から考えると、このラーメンを買ってくれる人はほとんどいないでしょう。
逆もまた然りで、原価は非常に安くできたとしても、一般的な相場がもっと高いのであれば、原価に不釣り合いなほど高値で販売される商品も世の中にはあります。
一般に、多くの製品や商品については、市場での競争や需要と供給のバランスによって価格が形成されており、市場価格の中で利益を出すという考え方が重要となります。
そのため、各種原価情報を参考にこそすれ、「原価計算の結果、製造するのにこれくらいかかったからこれくらいで売りたい」という製造者の論理で価格を決めることは難しいようにも感じられます。
社会において原価計算による価格決定が重要な分野とは?
ところが、社会のなかには、こうした「原価計算に基づく価格決定」が特に重要な役割を果たしている分野があります。
その1つが、防衛省およびその調達担当の外局である防衛装備庁によって実施される防衛調達です。
防衛省は国家安全保障を維持するために様々な物品(防衛装備品等)を必要とします。こうした物品には、大規模な艦船や航空機もあれば、小さなレトルトの糧食、そのほか災害救助時の簡易トイレといったものまであり、非常に多様なものが含まれます。
当然ながら、これらの物品を防衛省自身で製造することはできないため、外部の企業から購入することになります。この購入行為が防衛調達と呼ばれます。
この防衛調達における価格決定で原価計算が重要な役割を果たします。
糧食などのシンプルな製品であれば、複数の企業が製造可能であるため、競争によって価格を決めることが可能です。しかし、複雑な防衛装備品となると、技術や特許、法令等の制約により、「世界中で1社しか製造できない」というものも珍しくありません。
これらについては、競争市場も市場価格も存在しないために、適切な原価の積上げ(原価計算)によって価格が決定されることになるのです。
また、防衛調達は契約に基づく商取引であるため、価格決定の際には、製造に要した原価に一定割合の利益率を乗じることになっています。この利益率の計算は非常に複雑なため、ここでは細かくは説明しませんが、契約において妥当な利益率を細かく計算する仕組みになっています。
要するに、製造に100円を要して利益率が10%と計算されたなら、価格は110円になるという仕組みです。
原価計算による価格決定で生じる問題
市場価格が存在しない場合、原価を積み上げて、そこに妥当な利益率をかけるという価格決定構造は一見すると適切なものに感じられます。しかし、この価格決定構造はある問題点が指摘されています。
原価の積上げによって価格が決まるということは、基本的にはかかった(もしくはかかるであろう)製品原価が補償されることになります。
加えて、そこに利益率がかかるという仕組みによって、企業努力で原価を削減すると価格(および利益)が圧縮されてしまいます。つまり、原価管理のインセンティブが働かないのです。
例えば、利益率10%の条件で製品を100円で製造したら、価格は110円となり10円の利益が確保できるが、企業努力で原価を90円まで低減させると、価格は99円になり、利益が9円に減ってしまいます。
この仕組みでは企業は原価管理を行う積極的な理由がなくなるだけでなく、原価をあえて大きくするメリットが生まれてしまいます。
2021年12月24日付の朝日新聞デジタル「戦闘機部品、三菱重工下請けの商社が過大請求7.4億円 防衛省発表」などで報じられているように、防衛契約において過大請求事案が発生するのは、こうしたインセンティブの問題が背景にあります。
もちろん、防衛省もこうした問題点をしっかり認識しており、契約企業に原価管理を促すために多くの検討が重ねられています。
次回は、こうした問題のもとで生じた、ある仮説についてお話したいと思います。
(後編へつづく)
<執筆者紹介>
森光 高大(もりみつ・たかひろ)
明治大学経営学部教授 博士(商学)一橋大学
1985年生まれ。一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。一橋大学大学院特任講師、日本経済大学准教授、西南学院大学准教授・教授を経て現職。防衛装備庁特別研究官(2016-2017年度)を歴任。
主な著書・論文に、『防衛調達論』中央経済社、2022年(共著)、『全経簿記能力検定試験標準問題集 1級原価計算・管理会計』中央経済社、2024年(共著)、「水産経営における収益性分析についての一考察—漁業の収益性に関する文献レビューに基づいて」『西南学院大学商学論集』 69(3・4): pp. 227-245、2023年(単著)、”Cost-based Pricing in Government Procurement with Unobservable Cost-reducing Actions and Productivity.” Asia-Pacific Journal of Accounting & Economics 30(2): pp. 373-390、2023(共著)ほか多数。
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