【編集部より】
読書の秋ですね。本を読むのにぴったりな季節、「何かオススメはないかな~」と探している人もいるのではないでしょうか。
そこで、本企画では、学者・実務家などの読書愛好家から、会計人コースWeb読者の皆さんにオススメする「読書の秋の課題図書」をご紹介いただきました(1日お一人の記事を順不同で掲載します・不定期)。
受験勉強はもちろん、仕事や人生において新しい気づきを与えてくれる書籍がたくさんラインナップされています。ぜひこの機会にお手にとってみてください!
今回の記事では、妹尾剛好先生(中央大学教授)に課題図書をお薦めいただきました!
管理会計を勉強していると、「マネジメント・コントロール」という言葉を目にすることがあるでしょう。この概念は正直やっかいなところもあるのですが(笑)、きちんと理解すれば、人や組織を動かすための視野を広げることができます。今回はマネジメント・コントロールを学ぶうえで必読の書籍を4冊紹介します。
オススメ書籍①『マネジメント・コントロール―8つのケースから考える人と企業経営の方向性』(横田 絵理・金子 晋也著、有斐閣)、『日本企業のマネジメント・コントロール―自律・信頼・イノベーション』(横田 絵理著、中央経済社)
最初は日本では珍しい、マネジメント・コントロールの「解説テキスト」を紹介したかったのですが、版元のHPをみると「在庫なし」(涙)とのことなので、入手可能になることを願いつつ簡潔に!
横田先生たちは、マネジメント・コントロールを「数値情報を中心とした情報を提供することにより、マネジャーの行動を組織目標(戦略)の達成に導くことを目的とした概念」(ⅰ頁)と定義しています。つまり、組織内のさまざまな人々が、情報の提供により、自発的に同じ目標に向かうようにするためのものです。「数値情報を中心とした情報」の提供は、もちろん管理会計と密接に関連します。
この本が素晴らしいのは、伝統的に重視されてきたマネジメント・コントロールを構成する4つの「プロセス」(①「目標の設定」、②「計画の策定」、③「業績評価」、④「インセンティブ・システムの設計」)など、マネジメント・コントロールに関する重要な論点について、各章一企業の詳細なケースを踏まえて、自分で考えることができるところです。ケースはみなさんが興味のある、カルビー、キリン、花王といった有名企業のものばかりです。
一見バラバラにみえる管理会計などの企業の実務が、マネジメント・コントロールというレンズを通してみれば、つながっていることがよくわかるはずです。そして、この本を発展させた研究書が、横田先生の『日本企業のマネジメント・コントロール』です。
この研究書でも第1章で、マネジメント・コントロールの「プロセス」に着目することの重要性が指摘されています。そのうえで、今後のマネジメント・コントロールを考えるために必要な要素が「自律性」と「信頼」であることを、文献調査やフィンランドの企業へのインタビュー調査などにより明らかにしています。昔よりも「自律」的に仕事をすることが求められ、「信頼」によって人や組織が動く場合があることは、みなさんの実感にも合うでしょう。
横田先生の指摘で興味深いのは、「信頼」の意味が組織によって異なることです。たとえば、自律性を重視する教育を受けているフィンランドの企業では、伝統的な日本企業のように丁寧なプロセス管理をする、モニタリングの頻度を高めるといった方法をとると、「信頼されていない」と感じさせるそうです。同じマネジメント・コントロールの仕組みで情報を提供しても、情報の受け手の違いによって、その意味づけが変わってしまうのです。 マネジメント・コントロールを考えるうえで、その対象となる人々がどのような価値観をもっているかなど、対象者がもつ「コンテクスト」も考慮する必要があると横田先生は主張します。この本を読めば、人や組織を動かすためには、その動かす対象の理解にまで視野を広げることの必要性が認識できるはずです。
オススメ書籍②『組織を創るマネジメント・コントロール』(伊藤 克容著、中央経済社)
と横田先生たちのテキストなどを読んで、「マネジメント・コントロールが分かった!」と思って勉強を続けると、「逆に分からなくなった!」となってしまうかもしれません(涙)
その大きな理由は、横田先生の研究書でも繰り返し指摘されているように、研究の進展や実務上の要請に従って、マネジメント・コントロールという概念が広がっていることにあります。伊藤先生の研究書は、なぜどのようにマネジメント・コントロール概念が変容したのか、分かりにくくなった理由を分かりやすく説明してくれます。
この本ではマネジメント・コントロールに期待される役割が変化したことに注目しています。目標を確実に「実行」することから、目標それ自体を問い直すといった「探索」も遂行すること。実行と探索という矛盾をはらむ役割を同時に果たすため、「管理会計≒マネジメント・コントロール」の時代から、組織文化などのさまざまな会計以外のコントロール手段も含めた「パッケージ」としてマネジメント・コントロールをとらえる、というような概念の変化が見事に描かれています。
では、マネジメント・コントロールにおける管理会計の重要性は低下したのでしょうか? 伊藤先生の答えは明確に「No」です。この本を読めば、実行と探索を同時に達成するため、複雑化した「パッケージとしてのマネジメント・コントロール」まで視野を広げることによってむしろ、企業会計情報を提供する管理会計固有の意義を再認識できるはずです。ただ、こちらも「品切れ中」(涙)とのことなので、入手可能になることを願います!
オススメ書籍③『組織間マネジメント・コントロール論―取引関係の構築・維持と管理会計』(坂口 順也著、中央経済社)
伊藤先生の本ではマネジメント・コントロールの対象が広がっていることも強調されています。すなわち、従来の企業内だけに限定された「組織内」マネジメント・コントロールだけでなく、戦略的提携やサプライチェーン・マネジメントなどへの注目に伴い、企業の枠を超えた取引相手との関係の管理を対象とした「組織間」マネジメント・コントロールも管理会計研究の主要なテーマとなっています。
坂口先生の本は、組織間マネジメント・コントロールについて多数の国際的な業績もあげている、日本の第一人者による待望の研究書です。といっても身構える必要は全くありません。他の書評で指摘されているように、この本は「研究の手本」となるものであり、分類や構成が「非常に美しい本」なので、実務家や学生のみなさんにとっても読みやすく理解しやすいです。
序章の卓越した研究動向の整理によれば、組織間マネジメント・コントロール研究の起点は、日本企業の組織間原価管理のような特徴的な管理会計実務の紹介にあるそうです。しかし、欧米ではその後、個々の実務にとらわれず、組織間における管理システムの設計と運用を、「マネジメント・コントロール」の問題として位置づけるようになります。この基盤のもと、欧米では取引や取引環境の要因が、組織間における管理システムの設計や運用にどのような影響を与えるのかという基本的な枠組みに基づき、さまざまな組織間マネジメント・コントロール研究が蓄積されていきます。
坂口先生がすごいのは、このような「欧米の研究のキャッチ・アップ」だけでなく、日本の研究も踏まえた「新たな視点の提供」も目的として、仮説を提示し定量的に実証していることです。研究テーマと対応するように、欧米と日本、会計と隣接領域の研究間の融合を目指しているようにも思えます。この本の内容はもちろん、目的にも着目して読めば、広い視野で会計実務を考えるためのヒントを得られるはずです。祝学会賞ダブル受賞!(2023年度日本管理会計学会学会賞(文献賞)&日本原価計算研究学会学会賞(著作賞))
<執筆者紹介>
妹尾 剛好(せのお・たけよし)
中央大学商学部教授
1981年生まれ。2011年慶應義塾大学大学院商学研究科後期博士課程単位取得退学。和歌山大学講師,准教授,中央大学准教授を経て2023年より現職。主な共著書に,吉田栄介・花王株式会社会計財務部門編『花王の経理パーソンになる』(2020年,中央経済社),吉田栄介編『日本的管理会計の変容』(2022年,中央経済社)など。