わたしの独立開業日誌 #司法書士・佐藤良基


【編集部から】
士業の魅力は、独立開業できることにもあります。「将来は独立」を目標に合格を目指している方も多いのではないでしょうか。
そこで、「わたしの独立開業日誌」では、独立した先輩方に事務所開業にまつわるエピソードをリレー形式でお話しいただきます(木曜日の隔週連載)。
登場していただくのは、税理士・会計士をはじめ、業務で連携することの多い士業として司法書士や社労士などの実務家も予定しています。
将来の働き方を考えるヒントがきっと見つかるはずです。

ひきこもり生活から司法書士の世界に

はじめまして、東京都新宿区で司法書士をしております佐藤良基と申します。

司法書士の資格に興味をお持ちの方や、すでに司法書士の資格を持ってはいるけど、どのように活用すればよいのか不安を感じている方に少しでもお役に立てる内容になれば幸いです。

まずは簡単に自己紹介をいたします。私は1981年2月生まれ、いわゆる松坂世代にあたります。出身は宮城県栗原市、狩野英孝さんの実家の神社がある町です。高校まで地元で過ごし、同志社大学経済学部を卒業しました。

学生時代は四年間ひきこもり生活。環境に馴染めず、自宅でひとり、ただテレビゲームをする毎日でした。お世辞にもリア充とは程遠い学生生活を過ごしました。

そんな当時の私でしたが、司法書士になったきっかけは、ひょんなことからです。何とか留年せずに大学を卒業できたものの、就職活動はまったくしていなかったことから将来に大きな不安を抱えながら実家で途方に暮れる日々でした。しかしある日、転機が訪れます。実家にいると母に突然、ご近所の方から連絡が入ります。

「千葉県で司法書士の先生が事務員探してるんだって、良基君どうかしら?」

私が司法書士業界に足を踏み入れることになる、はじめの一歩でした。

プロフィール写真

独立への決意と結婚

司法書士試験には2006年に合格します。はじめにお世話になった千葉県の司法書士事務所に勤めながらの試験勉強でした。所長は受験のことも実務のことも親身になって教えてくださいました。そのことは今でも感謝しています。お互い実務でわからないことがあれば連絡を取り合うこともしばしば。退職してから10年以上経っていますが、良好な関係を継続しています。

独立開業のきっかけは結婚です。

司法書士事務所の給与体系はまだまだ低いのが現状です。独立を前提とした国家資格ですからやむを得ません。独立して今より稼がないと、というのが一番の大きな理由です。

7年間勤めて実務を一通り経験したことも大きいです。それなら20代で独立しようと一念発起。29歳で独立開業することになります。

開業地は千葉県浦安市、2010年6月のことです。

千葉県浦安市での開業と入念な準備

独立しようと決めてからは様々な準備をしました。

まずは開業日を決めること。当たり前のようでやらない人も多いです。開業日を決めないと、開業がズルズル後ろ倒しになっていきます。開業日を決めて外部に発信することで覚悟が決まります。また、そうすることによって周囲から応援してもらえるようになります。覚悟を見ている人は本当に多いです。

開業地は千葉県浦安市。浦安市で開業しようと思ったのには大きな理由があります。

それは司法書士が少ないということです。
開業候補地としては船橋市や市川市など千葉県の西側エリアを検討していましたが、その中でも浦安市の司法書士が圧倒的に少なかったのです。ライバルは少ない方がいいに決まっていますから、迷う理由はありません。

浦安市で開業すると決めてからは浦安での人脈形成をはじめました。縁もゆかりもない地域で開業するのですから当然といえば当然です。

私がやったことで一番実を結んだのは、ファイナンシャルプランナー(FP)のグループに入会したことです。「開業後に活かせるはず」とFPの資格を保有していたのですが、それが功を奏すことに。FPにはSG(スタディグループ)という勉強会のような制度があり、各地域に存在しています。SGは浦安にもありましたので早速入会して参加しました。

私のようないわゆる“ヨソモノ”なのにみなさん優しく接してくださり、お仕事や講師の機会もいただきました。地方で開業するなら地域密着のコミュニティは欠かすことができません。

他士業との交流も積極的に行いました。前職での経験から、他士業から仕事を紹介してもらえることが多いのは実感していたからです。主に都内で開催される士業交流会には片っ端から参加しました。

「交流会は仕事が欲しい人の集まりだから意味がない」と否定的な意見もありますが、私が今でもお付き合いのある他士業の先生方は、このときに交流会で知り合った先生がほとんどです。きっかけはどこに転がっているかわからないものです。

行動せずに可能性を否定するのは非常にもったいないことだと思います。

認知、認知、とにかく認知

士業交流会などアナログの場所でも、SNSなどデジタルの場所でも一番大事なことは「自分の存在を認識してもらうこと」いわゆる認知です。自分がどんなに優秀な司法書士だったとしても、そこに存在していることを世の中に認識してもらわないと意味がありません。そのためには覚えてもらうための工夫が必要になります。

「司法書士の佐藤です、よろしくお願いいたします。」

では誰も覚えてくれません。世の中、司法書士はたくさんいますし、佐藤なんて言うまでもありません。

私は幸運なことに、一度聞いたら誰の記憶にも残る実績がありました。2008年に「パネルクイズアタック25に優勝して旅行を獲得したこと」です。

司法書士の試験に合格してからのことです。番組に出場することが幼少からの夢であり目標だったのですが、やっと達成することができました。

そのときは「自分の存在を覚えてもらうのに役に立つ実績」という考えは微塵もなかったのですが、結果的には将来の自分自身を救う実績になりました。

自己紹介で「アタック25で優勝した」と言うだけで「おおお」とどよめきが起こります。交流会では私から名刺交換に行かなくても相手から話を聞きに来てくれます。

一度聞いたら相手が忘れない実績や経験は大きな財産になると実感した瞬間です。他の人にはない経験は「宝」だと思いますので、出し惜しみせずに発信していきましょう。宝の持ち腐れは非常にもったいないです。

アタック25で優勝した瞬間

東日本大震災

2011年3月11日、忘れもしない一日です。

津波や原子力発電所の被害に焦点が当たることが多いですが、浦安では液状化の被害が甚大でした。お客様のご自宅におじゃましたのですが、家屋が傾いているので廊下を歩くと違和感を覚えるのです。断水も続き、普通の生活ができない日々が浦安では続きました。

当然、仕事にも影響します。生活が最優先、仕事どころではなくなりますから、私の仕事も激減しました。開業してまだ一年も経っていないため、売上も不安定。経済的にも精神的にも不安な日々を過ごすことになります。

震災の影響も少し落ち着いた2011年末のタイミング、士業交流会で知り合った税理士からある提案をいただきます。

「都内で事務所を借りて開業しようと思うのだけど、一緒にやらないか」と。

浦安で開業して二年目。地域との交流も実を結んできたタイミングでした。当時、長女がまだ3歳、妻のお腹には長男がいました。

妻の実家は東京です。妻とも相談し、都内に事務所を移転することに決めました。その後は事務所を何度か都内で移転し、現在は西新宿に事務所を借りています。その税理士とは今でも仕事のやり取りをするなど、とても懇意にしています。

税理士との連携

司法書士の場合、他士業との連携が非常に重要になります。その中でも特に税理士とは何度も連絡を取り合うことになります。司法書士の業務と税理士の業務は非常に親和性が高いのです。

前述の税理士が「私と一緒にやらないか」と提案したのもそれが理由です。

例えば、会社設立登記や変更登記。会社を設立すれば登記だけではなく税務署への届けが必要になります。確定申告をしている個人事業主が法人成りをする場合は会社設立の登記です。顧問先の会社が定款を変更する場合、登記が必要になります。

相続も同様です。遺産に不動産があれば相続登記が必要になります。不動産がある場合、必然的に相続税の申告が必要になるケースも多いです。

このように、司法書士と税理士の業務は切っても切れない関係性があります。司法書士として安定的に事務所を経営する場合、税理士の存在は欠かすことができません。

営業面でも同様です。会社登記を獲得しようと考えた場合、1社1社営業して獲得するのは骨が折れます。

100社獲得しようと1社1社営業していたら、どれくらいの時間と労力がかかるでしょう。獲得できる保証もなく、営業に不慣れな人は途方に暮れるはずです。しかし、顧問先が100社ある税理士事務所に営業する、と考えた場合はいかがでしょうか。グッと現実味が増すのではないでしょうか。

また、1社1社営業する場合、その会社が果たして自分と相性がいいのか、仕事の見返りに変な要求をされるのではないか、などの懸念は拭えません。

これが税理士事務所の紹介となるとどうでしょう。信頼できる税理士の紹介ですから、上記のような懸念は存在しないわけです。顧客のフィルタリングというと偉そうに聞こえますが、事務所経営という観点からは非常に重要です。

紹介で仕事を獲得するために心得ておくこと

数ある司法書士の中から選ばれ続け、仕事を獲得し続けることはやはり容易なことではありません。司法書士に関わらず士業の世界では毎年合格者を輩出し、毎年どこかしらで誰かが開業しています。隣のビルに明日、大手事務所が移転してくることだってあるわけです。そのような、競争が避けられない業界でも約13年間事務所経営を続けてこられたのは、もちろんお客様や紹介してくださった皆様のおかげであることは言うまでもないことですが、私が意識してやってきたことがあります。

それは、「即レスを心がける」、ということです。

「え、それだけ?」と思った方も多いでしょう。でもそれだけです。

誰よりも詳しい知識とか、誰もが安心する人当たりの良さとか、そういうものではありません。即レスです。

どうして断言できるのかと言いますと、聞いたからです。どうして私に紹介してくださるのか、いつもお仕事を紹介してくださる方に直接尋ねたからです。

興味深いことに、ほぼ全員が「佐藤先生、返事早いから」でした。即レスは誰でもできることです。例えば、難しい質問をもらったとしてもすぐに回答するのが即レスではありません。

「ご質問ありがとうございます、明日の午後までには回答いたします」と返信することが即レスです。まったくハードルが高くないことはご理解いただけたのではないでしょうか。

もうひとつ、心がけていることがあります。それは自分の時間単価を考えないということです。

よく「経営者は自分の時間単価を考えて、その単価より安い仕事はやるべきではない」と言われます。このことについて間違っているということを言いたいわけではありません。

ただ、機械的に時間単価で考えてしまうと、長い目で考えたときにもっと大きな利益を得られたかもしれないのに、得られない可能性も出てくるということです。

例えば、自分の時間単価を5万円と設定した場合、「すみません、報酬はお支払いできないのですが、このような活動をしておりまして…」という依頼があったときには当然お断りすることになります。しかし、公益的な活動などは予算が潤沢にあるわけではありません。すぐに事務所の利益になるようなお仕事ではないでしょう。とはいえ、公益的な活動は情報発信をすることで影響力が高まります。プロフィールに記載することで自分の価値を高めることにも繋がりますので、時間単価は度外視して考えたほうが場合によっては良いということになります。

自由とは選択肢が複数あること

ここまで、開業について、営業について、書いてきました。その中で、これまで大事にしてきたこと、これからも大事にしたいことがあります。

それは「常に選択肢を複数持つこと」です。人は選択肢を失ったとき、絶望します。「○○しかない」という状態は非常に精神を不安定にします。自由とは選択肢が複数あることだと私は考えます。

どこで司法書士をやるのか。どんな司法書士をやるのか、誰とやるのか、やらないのか。売上をひとつの取引先に依存すると、いざというときに正しい判断ができなくなります。売上の柱が複数あれば、ひとつの柱が倒れても他の柱で支えることができるのです。

万が一、司法書士という資格を失ったときにはどうするのか。考えたくはないですし、そうならないように努力していますが、可能性としてはゼロではありません。

司法書士の売上のみで生活していると「司法書士の資格を失ったらどうしよう」と不安になるわけですが、他の収入の柱を構築することで不安を緩和することができます。

出版して印税をもらう、講師をして講演料をもらう、コンサルティングをして報酬をもらう。選択肢はたくさんあります。私の場合は投資に力を入れています。

選択肢を増やし、漠然とした不安を解消することで、本業である司法書士業に集中することができるようになります。理不尽な値下げの要求やキックバックの要求があったとしても経済的に安定していれば迷わず一蹴することができるようになります。

選択肢が複数あるということは現代社会を生きていくうえでとても重要なことです。たった一度の人生、縛られずに生きていきたいものです。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

【プロフィール】
佐藤良基(さとうりょうき)
佐藤良基司法書士事務所 代表司法書士
1981年宮城県栗原市生まれ。同志社大学経済学部卒。
2010年に千葉県浦安市で独立開業。
2年後、東京都内に進出し、法人登記に特化した司法書士事務所にシフト。
これまでの法人設立登記件数は約700社以上。変更登記等も含めると約1,200社以上。
(令和5年2月現在)
過去には持ち前のリサーチ力とプレゼン力を活かし『パネルクイズアタック25』に出場し
、旅行獲得。
著書に『合同会社(LLC)設立&運営 完全ガイド―はじめてでも最短距離で登記・変更が
できる!』(技術評論社)『戦いたくない士業のためのストレスフリー仕事術: ジョーシキ
もしがらみも捨てる! シンプルに「資格」と「自分」を活かそう!』(Kindle)がある。

Twitter:@satoryoki

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